第二十話『雨の多い村にて(再訪)・その③』
「メ、メイさーん! ちょっと来てくださーい!」
フィーリの声がした方を見ると、売店の前で、ミズリが倒れていた。
思わず駆け寄ると、顔色が真っ青。そしてぐったりしていた。揺すってみるも反応が薄い。これはまずいかも。
僅かな時間で事態を把握したあたしは次の瞬間、叫んでいた。
「誰か―――! お客様の中にお医者さんはいませんか―――!」
○ ○ ○
「ふーむ、これは過労ですなぁ」
あたしの叫び声で飛んできてくれた老医師が、そう診断を下す。
「つまるところ、働き過ぎですなぁ、あいたた」と、自分の腰を押さえながら言う。どうやらこの人、腰痛の湯治に来たらしい。
「特段、命に別状はないでしょう。しばらくゆっくり休ませることです」
ひとまず安心できる言葉を残して、老医師は野次馬の中へと戻っていった。
さすがに経営の素人たるあたしたちだけじゃ回していけないということで、この日は早々に店じまいをし、ミズリをベッドへと運び込んだ。
「ふーむ、最近無理をしているとは思っておったが、よもや倒れるとはのう」
立派なあご髭に手をやりながら言うのは、ミズリのおじいちゃん。この村の村長だ。孫娘が倒れたと聞いて、飛んできてくれたらしい。
「あの、メイさんのポーションで回復してあげれないんですか?」
「そりゃあ、使えば多少は回復するだろうけど、今のミズリはどっちかっていうとHPよりMPの方が減ってる気がするのよね」
大真面目にそう口にすると、フィーリは「えむ、ぴー……?」と、首を傾げていた。しまった、つい。
「とにかく、この場合はポーションより、もっと強力な薬が必要だと思うのよね。栄養ドリンク的なさ」
あたしは言いながら、レシピ本をめくる。「滋養強壮……肉体疲労時の栄養補給……あ、あった」
そして見つけたのは『栄養ドリンク・極』。至ってシンプルな名前だけど、それだけに効きそう。
「えーっと、必要素材は……世界樹の葉、ポーションEX、それに吸血鬼の牙?」
必要素材に目を通して、あたしは眉をしかめた。
世界樹の葉はエルフの村でゲットしてるし、ポーションEXはポーションの成分を圧縮したもの。これは素材も揃ってるし、すぐに作れる。
問題はこの『吸血鬼の牙』。聞いたことのない素材だけど、これって間違いなく、ヴァンパイアの牙ってことよね。そんなの、この世界にいるの?
「メイ様、いかがなさいましたか?」
レシピ本を片手に唸っているあたしを見て、村長が不安そうな顔をする。
「それがねー」と、ダメ元で吸血鬼の牙について尋ねてみると、「この村の北に滅んだ街があり、そこが吸血鬼の根城と化しているらしいのです。近くを通る旅人を襲い、その血を啜っているとか」なんて、タイムリーな情報を教えてくれた。
うっわー、本当にいるのね。吸血鬼。やっぱり、探しに行かなきゃ駄目かしら。
○ ○ ○
……というわけで、あたしはその日のうちに吸血鬼の街へ向かう準備に取りかかった。
相手は吸血鬼だし、「牙ください」なんて平和的な交渉ができるとは思えない。これはバトル必須だろうと、考えられる限りの吸血鬼対策をする。
具体的には、閃光弾や聖水。前者は太陽の代わりになるかもだし、後者は吸血鬼対策としてはド定番だ。レシピ本の説明にも、『ゴーストタイプに効果抜群!』って書いてるしさ。
一方で、なぜか十字架は作れなかった。宗教の違いかしら、ロザリオすらないなんて。
「後は……銀の銃弾でも調合しとく? でも、手持ちの銃は地上じゃ使えないし。うーん……」
……そんな感じに、考えられる限りの準備をしていたら、あっという間に夕方近くになった。
この時間から吸血鬼の巣窟に乗り込むのもどうかと思ったけど、今は少しの時間も惜しい。悩んだ結果、あたしは出発することにした。
「それじゃ、行ってくるわ。フィーリ、もし明日の夜になってもあたしが戻らなかったら、応援に来てね」
「ふぁい。ふぇいふぁん、気をふけてくだふぁいね」
「……ところでフィーリ、なんで鼻つまんでるの?」
「だって、くふぁいんです」
「臭い言わないの。全身にニンニクぶら下げてるんだから、仕方ないでしょ」
フィーリはあからさまにあたしから距離を取って鼻をつまみ、眉をしかめている。もっともポピュラーな吸血鬼対策としてニンニクをチョイスしたけど、失敗だったかしら。
「ふぇい様、おふぃをつふぇて」
「村長まで鼻つままないでよ! あたしだって臭い、気になるんだからね!」
あたしは叫んで、容量無限バッグから空飛ぶ絨毯を取り出して乗り込む。
この村の特産ニンニク、人間に対してこれだけ効くんだから、きっと吸血鬼にも効果抜群のはずよ! それじゃ、出発!
そんな謎の期待を胸に、あたしは吸血鬼の街へ向けて旅立ったのだった。
○ ○ ○
……空飛ぶ絨毯に乗り、北に向けてひた走ると、あれだけ降り続いていた雨はすぐに止んだ。
気がつけば、周囲には綺麗な夕焼けが広がっていた。長く雨雲の下にいたからか、これだけ綺麗な夕日は久しぶり。きれーねー。
「……っと、景色に見とれてる場合じゃない。万能地図によると、この辺で間違いないわよね」
あたしは空中で絨毯を止めて、眼下に広がる廃墟群を見やる。どこをどう見ても、人が住んでいる気配はない。
「確か、吸血鬼って夜行性よね」
太陽の光が苦手で、日中は洞窟や廃屋に身を潜める。少なくとも、元の世界での吸血鬼はそうだった。
……それなら、辛うじて太陽が出ている今のうちに、寝込みを襲うって戦法もアリかも。
そんな結論に至って、あたしはできるだけ物音を立てないように街の中心部に降り立つ。街と言っても本当に小さい。まして廃墟ばかりだし、日光が完全に遮られるような、大きな建物は限られる。
「たぶん……ここよね」
そしてあたしが目星をつけたのは、水の枯れた噴水近くにある建物。元は集会所として使われていたみたいで、立派な作り。
「よーし、いくわよー」
あたしは聖水を握りしめ、ゆっくりと建物内部へと足を踏み入れた。
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