第十九話『雨の多い村にて(再訪)・その②』
メイさん温泉に泊めてもらった次の日。昨日のサウナで体の悪いものが出たのか、結構遅い時間まで寝てしまっていた。うわ、もうお昼前じゃない。
「えーっと、フィーリ、どこ行ったのかしら」
隣のベッドを見るも、当然もぬけの殻。ひとまず顔を洗って、浴衣のままロビーへ出る。新しく来た人たちなのか、それなりにお客さんがいた。
「……とりあえず、なんか飲も」
あたしは背伸びをしつつ、売店へと向かう。錬金術で飲み物を作ってもいいのだけど、こういう場所ではその土地のものを口にしたい。錬金術で作る食べ物はどこでも作れて同じ味。いわば、コンビニご飯みたいなものだしさ。あくまで最後の手段。
「すみませーん、コーヒー牛乳くださーい」
「はーい! 50フォルです!」
無人の売店に声をかけると、奥から聞き覚えのある声が返ってきた。出てきた店員さんの顔を見ると、ミズリだった。売店の接客もしてるの? 大変ねぇ。
まだどこかすっきりしない頭でそんなことを考えつつ、代金を支払ってコーヒー牛乳を受け取る。
そのまま休憩スペースまで進んで、椅子に座りながらコーヒー牛乳を一口。むふー。お風呂上がりじゃないけど、格別だわ。
そして何の気なしに窓の外を見ると、これまたミズリが窓を拭いていた。
やがてコーヒー牛乳を飲み終えて、その空き瓶を売店に返しに行く。すると、そこではミズリが商品のチェックをしていた。
「……ちょっと待って。ミズリ、さっき窓の外にいた?」
「はい。いましたけど」
それが何か? みたいな感じで言われた。もしかして、今の間に売店と外を往復したの? あたしより早く?
とかなんとか考えているうちに、ミズリの姿が消えた。思わず周囲を見渡すと、今しがた入ってきたらしいお客さんに「いらっしゃいませー!」と、明るく挨拶をしていた。
うそでしょ。いつの間に移動したの? それ、なんてスキル?
「ミズリさん、すごいですよねぇ」
「おわあ!?」
いつの間にか売店のカウンターに立っていたフィーリから声をかけられ、妙な声が出た。
「す、すごいって何が?」
「この入浴施設の仕事、ほとんど一人でこなしてるらしいんですよ。どうやら今日、従業員が二人休んでしまったみたいで」
「えぇ、そうなの!?」
「はい! だから、わたしも手伝ってるんです! お土産のメイさんまんじゅう、いかがですか!?」
キラッキラの笑顔でまんじゅうの入った箱を差し出してくる。それ、あたしに売りつけるんかい!
思わずツッコミを入れると、「良いじゃないですかー。ある程度売らないと、時給増えないんですよー」なんて言う。フィーリの時給が増えても、あたしが損するじゃない! そんなの嫌よ!
「……って、こんなことしてる場合じゃないわ」
あたしは売店を離れて、いつの間にか床の掃き掃除をしていたミズリの元へと向かった。
「ミズリ、あたしも手伝うわよ」
「え? さすがにそれは悪いですよ」
心底申し訳なさそうに言うミズリだけど、どう見ても顔色が悪い。謎の瞬間移動は聖女のスキルなのか知らないけど、明らかに無理してるわ。いいから、ここはあたしたちに任せなさい!
○ ○ ○
「それでは、メイさんには客室とロビー、そしてお風呂場の掃除を、フィーリちゃんには売り子をお願いしますね」
「わかりました! 商品、売りまくります!」
それから二人がかりでミズリを説得し、あたしとフィーリで入浴施設の仕事を手伝うことになった。
そんな中で、あたしに割り振られたのは掃除の仕事。黙々とできそうだし、なんだかんだで楽そう……なわけあるかーーー!
あたしは心の中で叫んだ。とにもかくにも、広すぎる。客室はあたしたちが泊まっていたのも含めて4室と少なめだけど、お風呂がヤバイ。
お湯は簡易ボイラーで用意できるからメンテナンス不要とはいえ、広さが半端ない。学生時代のプール掃除とか思い出すレベル。
「これ、一人でやるのかぁ……」
『現在清掃中!』の札が掛けられた扉を抜け、浴室を見渡しながら、あたしはため息をつく。
だけど、ここまできたら乗り掛かった湯船……じゃない、乗り掛かった舟。あたしも自分のスキルをフル活用して、掃除してやろうじゃないの!
あたしはそう気合いを入れて、相棒のデッキブラシを握りしめたのだった。
○ ○ ○
「ふー、終わったぁー……」
営業開始までの時間制限もある中、あたしは持ちうるスキルをフル活用して、浴室の掃除を終わらせた。
つまるところ、錬金術で『勝手に掃除するデッキブラシ』を作った。それも複数。
それに加えて、『勝手に水を撒くホース』やら、『超強力石鹸』なんかも調合し、全力で掃除した。まったく、妖精石フル活用じゃないの。そろそろ補充しないと本気でヤバいわねぇ。
そんな事を考えながらロビーへと戻ると、「コーヒー牛乳いかがですかー。フルーツ牛乳もありますよー」なんて、フィーリが愛嬌を振りまきながら飲み物を売り歩いていた。
「フィーリちゃーん、フルーツ牛乳一つ―」
「はーい! ただいまー!」
あっちは楽そうねー、と一瞬羨ましく思ったけど、冷静に考えたら、とてもあんな笑顔振りまけない。あたしは掃除で十分よ。
「えーっと、客室の掃除は自律人形たちに任せたから、次はロビーの掃除ねー。いでよ! 錬金釜!」
あたしはロビーの隅に錬金釜を設置して、新たな道具を調合する。今から作るのは、勝手に掃除するほうき。
そろそろ本気で妖精石不足なので、役目を終えたデッキブラシやホースたちを素材分解して、妖精石を再利用した。容量無限バッグの素材分解機能、本当に便利よね。
○ ○ ○
「よーし、それいけーー!」
やがて完成した、5本からなる『勝手に掃除するほうき』部隊。
彼らに指示を出すと、行き交うお客さんの間を縦横無尽に動き回りながら床を掃いていく。
「何だアレ? 魔法か?」みたいな声が聞こえたから、「毎度お騒がせしております! 錬金術師です!」と、大きな声で宣伝しておいた。人の目に見える活動、これ大事。
「メ、メイさーん! ちょっと来てくださーい!」
全自動なロボット掃除機より早いし、何より正確よねー……なんて思っていた矢先、フィーリの声があたしの耳に飛び込んできた。え、どうしたの?
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