第十八話『雨の多い村にて(再訪)・その①』


「それじゃ、突っ込むわよー!」


 飛竜の群れを撃退して、小一時間が経過した頃。ルマちゃんが唐突に叫び、眼下の雲海へと飛び込んだ。


「はい、とうちゃーく!」


 強烈な重力がかかって思わず目をつぶると、次の瞬間には地面に着地していた。低い雨雲のせいで、距離感がおかしくなってたみたい。


「あ、あの村がそうなんですか?」


 そして着地地点から少し離れたところに、小さな村が見えた。あたしが慌てて雨ガッパを羽織る一方で、超・防水スプレーが効いているらしいフィーリはそのままの格好でルマちゃんの背中から降り立つ。


「そうよー。久しぶりねー」なんて答えつつ、遠巻きに村を見る。あれ? なんか見慣れない建物ができてない?


「何かしら。あの建物」


 誰にともなく呟いて、雨に霞む建物を見る。村の中心にそびえるそれは、さながら城のよう。正直、違和感しかない。


「あれが例のサウナじゃない? そんじゃ、アタシは帰るから」


 言って、ルマちゃんは雨水を払うかのように翼をはばたかせた後、雨雲の中へと消えていった。


 それを見送って、あたしとフィーリはその城のような建物に向かって歩き出した。近づけば近づくほど、違和感が強くなる。


 ○ ○ ○


「うっわぁ、なにこれ」


 その建物に足を踏み入れて、思わず声をあげる。広々としたロビーに、男女に分かれた入口。左右にはお土産物屋に、お食事処まである。どこよここ。なんとか温泉物語?


 つい、そんな考えが頭をよぎってしまうくらい、室内は和風だった。あたしが創設に携わった時は、まだまだ田舎の銭湯というレベルだったのに。この村、何があったの。


「お客様、いらっしゃいませー!」


 困惑していたその時、聞き覚えのある声が飛んできた。振り向くと、そこには綺麗な黒髪をした女の子の姿。


「えーっと、もしかしてミズリ?」


「あ、誰かと思ったら、メイさんじゃないですか。ようこそ、メイさん温泉へ!」


 とびっきりの笑顔で迎えて迎えてくれたこの子は、以前この村で知り合った女の子。ミズリという名前で、元々は『慈雨の聖女』という仕事をしていたはずだけど……。


「ミズリ、あんた、なにしてんの?」


「見ての通り、今は中居をしています!」


 言って、両手を広げる。薄い花柄の入った着物……じゃないけど、どこか和服っぽい衣装だった。というかここ、メイさん温泉で合ってたんだ。随分改築したわねぇ。


「えーっと、あたしの知ってるメイさん温泉は、こんな大規模じゃなかった気がするんだけど」


「よくぞ聞いてくれました! 実はメイさんが旅立たれて一週間ほどして、東の国から旅人さんがやってきてですね」


「ほう」


「その方から色々なアドバイスをいただいて、改装に改装を重ねた結果が、この通り!」


 じゃーん! とでも言いたげに、室内をぐるりと差し示す。この銭湯もいつの間にか三階建てになってるし、どこか和風っぽい。雨ばっかりの寒村に、よくこんなの作ったわね。


「メイさんのおかげで観光客もたくさん来てくれるようになって、資金的にも余裕ができましたので。おかげさまで従業員を雇えるほどになりました!」


 ミズリは笑顔を崩さずに言う。資金があったとはいえ、半年でよくここまで大きくしたわね。この子、商いの才能あるわ。


「あのー、ここにサウナがあるんですか?」


 あたしが感心していると、フィーリが一歩前に出て、尋ねていた。


「はい! サウナに足湯、うたせ湯もありますよ!」


 そう答えた後、ミズリが目を見開いた。そして、あたしとフィーリを交互に見る。


「……もしかしてこの子、メイさんの隠し子ですか!?」


「実はそうなんです!」


「ちっがーう!」


 なんか壮大な勘違いをされた気がして、あたしは全力で否定する。というか、フィーリも肯定しないの!


 あたしは二人の間に割って入って、改めてフィーリとの関係を説明。加えて、サウナに入りに来たことを伝えた。


 すると、「メイさんとそのお連れ様とあれば、喜んでご案内しますよ!」とのお言葉をもらえた。


 あたしとフィーリは声をハモらせてお礼を言い、その厚意に甘えさせてもらうことにした。


 ○ ○ ○


 脱衣所で湯あみ着に着替えたあたしたちは、水分補給と洗身を済ませて、ミズリの案内でサウナへと向かう。


 その道中、フル稼働する簡易ポンプが見えたけど、さすが究極の錬金釜で作った最高品質の品。全く壊れる気配はなかった。雨は相変わらず降り続いているから、水はたくさんある。本当にうまい商売よねぇ。


「サウナはこちらです。今の時間帯は誰も入っていませんので、貸し切り状態ですね」


 そして木製の扉の前に案内された。脇には水風呂もあるし、これは本格的ねー。


「こっちのお風呂はなんですか?」と首を傾げるフィーリに、「サウナの後に入るのよー」とだけ伝えて、その木製の扉を開ける。むわっとした、熱い空気があふれ出てきた。


「それでは、バッチリ整ってきてください!」と、ミズリに砂時計を渡されて、サウナ室へと足を踏み入れる。あー、この感じ、随分久しぶりな気がするぅ。




「……メイさん、なんか暑いんですけど」


 サウナでその暑さに耐えること数分。フィーリがしたたる汗をぬぐいながら言う。


「サウナはこういうものよー。砂時計の砂がなくなるまで、じっとしてなさい」


「むむむ……」


 新陳代謝が良いせいか、はては髪の量が多いせいか、フィーリはかなりの汗をかいていた。子どもはあまり長くサウナに入っちゃ駄目っていうけど、これだけ汗をかけばそろそろ良いかも。


 ……頃合いを見てサウナを出て、水風呂に足をつける。余程暑かったのか、フィーリは勢いよく水風呂に飛び込み、「つ、つめた――い!」と叫びながら飛び出してきた。あれ、そういえば水風呂だって伝えてなかったかしら。




「はふぅ~」


 サウナ→水風呂→外気浴。この流れを何度か繰り返しているうちに、何とも言えない心地よさがやってきた。これがいわゆる『整う』と呼ばれる状態。


 それはさておき、散々汗をかいては水風呂という流れを繰り返したからか、いつの間にかフィーリの防水スプレーの効果も薄れてきたみたい。体も綺麗になったし、当初の目的達成ね。


 ○ ○ ○


「あのー、この布、なんですか?」


「これはですね、『ユカタ』という、東の国の伝統衣装なんですよ!」


 サウナから上がると、脱衣所でミズリが待っていてくれ、フィーリにそう教えていた。っていうか、なっつかしー! 浴衣だー!


 あたしは浴衣を受け取ると、「この服、着るのに練習が必要なんですが……」なんて言うミズリをよそに、しゅしゅしゅっと袖を通し、帯を結ぶ。元日本人だし、これくらいはお手の物。


「……メイさん、着たことあるんですか? さすが、旅する錬金術師様ですね」


「まあねー」と笑顔で答えつつ、一人優越感に浸る。


「こうして、こうして、あれー?」


 一方のフィーリは見よう見まねで浴衣を着ようとするけど、帯に遊ばれていた。なんか微笑ましい。


「こうするのよ、貸してみなさい」


 くるくる回りながら四苦八苦しているフィーリから帯を受け取り、しっかりと結んであげる。「ぐえっ」なんて声が聞こえたけど、帯はしっかり結んどかないと、ほどけちゃうからね。


「そうです。この建物の二階に宿泊施設があるんですが、せっかくなので泊まっていってください」


 そんなこんなで浴衣に着替えた直後、ミズリがそんな提案をしてくれた。


 まさに渡りに船。あたしたちは即甘えることにした。まさかの温泉地(中味はただのお湯だけど)でのスローライフ、キタコレ。



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