第十七話『錬金術師、再び空を翔る』





「それでは、今日も遊びに行ってきます!」


 滝のある街、滞在三日目。初日でお小遣いをがっぽりと稼いだフィーリは、今日もスローライフを楽しんでいた。


 最近のブームはほうきで滝周辺を飛ぶことらしい。めちゃくちゃ目立ってるけど、久々に魔法使いらしいことしてる気がするし、何より本人が楽しんでるっぽいし、良いかな。


 一方、あたしは滝観光に目をつけ、空飛ぶ絨毯に観光客を乗せて滝の目の前まで行く『滝眼前ツアー』を開催。しっかりと旅費を稼いでいた。


 30分間の飛行で500フォルという、割かし高めの料金設定にもかかわらず、待合場所には長蛇の列ができていた。空飛ぶ絨毯の珍しさもあるだろうけど、さすが観光の街だけあって、お客さんの財布の紐も緩いみたい。


 ○ ○ ○


 ……そんなこんなで計10000フォルほど稼ぎ、そろそろ次の街へ行こうかしら……なんて考えた、滞在四日目の朝。


「フィーリ、ちょっとこっち来なさい」


「はい?」


 チェックアウト前に荷物整理をしていた際、近くを通ったフィーリの臭いが少し気になった。くんくん。


「……フィーリ、あんた、お風呂入ってる?」


「失礼な! ちゃんと入ってますよ!?」


 耳元で問いかけると、必死な形相で反論してきた。でもこの臭いは……。


「ははぁ、わかった。フィーリ、あの防水スプレー、ずっと使ってるでしょ?」


「はい。滝の周りをほうきで飛びまわると、いつの間にか服が濡れますし、毎朝欠かさず使ってます」


「それが原因よ。あれ、水を弾くわけだから、使いすぎると服から皮膚に浸透して、お風呂のお湯も弾いちゃうの。毎日は使わない方が良いわよ?」


「えぇー……なんですかその欠陥品」


 自分の肩口の臭いを嗅ぎながら、心底嫌そうな顔をする。欠陥品言わないの。こーいうのは用法容量を守って正しく使わないといけないんだから。


「今朝も使ってたし、明日まではくちゃーいフィーリのままなのね。可哀想に」


「くちゃーいって言わないでください! なんとかしてくださいよ!」


 自分の体を抱きながら、絶望の表情を見せる。なんとかしろって言われてもねぇ。自業自得だし。


「そうだ。汗をかけば体の方から水分が出るわけだし、一緒に汚れ成分も出ていくんじゃない?」


 そんな提案をすると、「むー、そんなこと言われても、この街は涼しいですし、汗をかくなんて無理ですよ」と、腰に手を当てながらジト目で見てくる。


「そーねー。じゃあ、今から汗をかくために砂漠にでも行く?」


 あたしがそう提案すると、フィーリは「遠すぎますし、そんなの無理ですよー」と、がっくり項垂れる。


 それを横目に、あたしは容量無限バッグからリンクストーンを取り出し、強く握りしめたのだった。


 ○ ○ ○


「というわけでよろしく、ルマちゃん」


 リンクストーンで呼び出したルマちゃんと、街近くの平原で合流する。彼女は人語を理解する怪鳥で、異世界転生者であり、あたしのビシネスパートナーでもある。


「てゆーか、わざわざ汗をかきに砂漠の町に行くの? それなら、サウナに行ったらよくない?」


 報酬のトリア鳥を先払いしながら、今回の移動目的を話していたら、呆れ顔でそう言われた。サウナ? それって、鉱山都市じゃないわよね? 男だらけのサウナは嫌よ。


 思わず問いかけると、「ここから遠いけど、雨の多い村に最近サウナができたって話よ」と、教えてくれた。


「ほほう」


 雨の多い村っていうと、随分前に立ち寄った場所よね。確か、大量の雨水を使って銭湯を始めたはずだけど。サウナもやってんの?


「あの、サウナってなんですか?」


 あの村でビニールハウス作ったの、懐かしいわねー……なんて思い出していたら、フィーリが首を傾げながら聞いてきた。


「サウナっていうのは、いわゆる蒸し風呂よ。水蒸気で体をあっためて汗をかいて、汚れを落とすの」


 そう説明してあげると、「今のわたしにピッタリです!」と歓喜の声を上げていた。


「本当ねー」と苦笑しつつ、あたしはルマちゃんに行き先変更を告げる。気になるし、久しぶりにあの村に行ってみましょ。


「了解ー、それじゃ、出発するわよ。しっかり背に掴まりなさい」


 ルマちゃんは言って、その身を屈める。フィーリを先頭にフカフカの体毛の中に飛び込むと、そのまま勢い良く舞い上がり、大空へと飛び立った。


 ○ ○ ○


「そういえばさ、ルマちゃん、どこかで田んぼ見たことない?」


 ある程度の高さまで上昇したのち、ルマちゃんの背で優雅に空の旅を楽しみながら、そんな質問をする。


「田んぼ? 急にどうしたのよ。錬金術師やめて、農家でもするの?」


「しないわよ。お米を探してるんだけど、知らないかなーって」


「見たことないわねー。この世界の主食、小麦でしょ? 米なんてないんじゃない?」


「そうだけど、地域限定素材としてどっかにないかなーって。やっぱ元日本人として、お米食べたいじゃない?」


「その気持ちはわからなくもないけどねぇ」


 呆れた声で言うルマちゃん。転生者同士の会話は余計な気を使わなくて済むし、楽だった。


 隣のフィーリはあたしたちの会話に全くついてこれてないけど、あえて質問してくることもなく、風景を楽しんでいた。彼女は彼女なりに、大人の会話だと割り切っているみたい。


「あのー。あそこを飛んでるの、なんですかね」


 そんな折、フィーリが左方向を指差した。つられて見ると、雲の隙間から大きな鳥のようなシルエットが見えた。それも、たくさん。


「何かしら。鳥の群れ?」


「あー、あれは飛竜の群れね」


 ちらりと顔を向けた後、ルマちゃんが言う。空飛んでてドラゴンの群れと遭遇するとか、さすがファンタジー世界ねー。


「……うん? あの飛竜たち、こっちに向かってきてない?」


「来てるわねー。もしかして、彼らの縄張りに入っちゃったかしら?」


 からからと笑い声が聞こえそうな口調でルマちゃんが言う。ちょっと待って。ドラゴンの群れが迫ってきてるのに、なんで動じないの? それこそ、総員! 戦闘配備ぃー!とか叫びそうだけど。


「数は多いけど、所詮は野生の竜よ。魔法警察を退けた二人なら楽勝でしょ」


 そんなあたしの心中を悟ったのか、ルマちゃんが落ち着いた口調で言う。


「そ、そう? だんだん鳴き声も聞こえ始めたけど、本当に大丈夫?」


「どのみち一度敵と認識した飛竜たちは、その縄張りから出てもどこまでも追ってくるわよー。開き直って戦いなさい」


 今度は少し強めの口調で言う。うーん、ルマちゃんがそこまで言うなら、全力でやってみようかしら。


 あたしは覚悟を決めて、見えない盾や爆弾を容量無限バッグから取り出す。ドラゴンとの戦いとか、久しぶりねー。


 ○ ○ ○


「群れのボス見つけた! 重力ボム発動! からの! ビリドラボム―――!」


 あたしはルマちゃんに指示を出しつつ立ち回り、重力ボムで彼らの動きを止めてから、特化爆弾で一網打尽にする。不思議なことに、ドラゴンの動きが手に取るように分かる。こ、これが成長するってこと!?


「煉獄より来たりて、以下省略! エクスプロージョン・ノヴァ!」


 フィーリもあたしの属性媒体を使って、超強力な広域炎魔法をぶっ放していた。片手には魔力ドリンクを持ち、魔力ブーストも完璧。しばらくは魔力切れの心配はなさそう。


「メイさん、まだ来てますよ!」


「懲りないわねー。それじゃあ今度は新作! 冷凍ボム!」


 気を良くしたあたしは、常夏の島で入手した氷を使った爆弾を試してみる。青い見た目の爆弾を群れの中へ放り込むと、圧縮されていた強烈な冷気が解き放たれ、飛竜たちをまとめて凍りつかせた。


「アンタたち、容赦ないわねー」


 重力操作からの雷、巨大な火球、氷の爆弾という、あたしとフィーリの波状攻撃を受けて、飛竜の群れは半壊。散り散りになって敗走を始めた。


 そんな飛竜たちを可哀想に見ながら、ルマちゃんが呆れた声を出す。


「思いのほか、あっけなかったわねー」


「はい! サウナへの道は邪魔はさせません!」


 そんな彼らの様子を見ながら、いえーい、とフィーリとハイタッチを交わす。空を飛んでるから貴重な竜素材を回収はできないのが惜しいけど、予想外の圧勝だった。


 転生したての頃は死ぬ思いをして戦っていたドラゴンが、今や敵じゃない。その事実はあたしにとって、大きな自信になったのだった。


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