第十六話『滝のある街にて・その④』



「いやー、獲ったわねー」


「獲りましたねー」


 それからたっぷり一時間。あたしたちは滝つぼで真珠貝を獲りまくった。正直、調子に乗ってかなりの数を乱獲しちゃった気がする。


 まぁ、捕まえるとすぐに容量無限バッグに放り込んで素材分解しちゃったから、具体的な数はわからないけどさ。


「たくさん運動してお腹空いたし、採りたての真珠貝、さっそく食べましょー」


 素材分解でセレム真珠は確保してるし、残った貝は新鮮なうちに食べるに限る。あたしはその場で鉄板を調合して、バーベキューを始めることにした。


「ほら、こっちはもう焼けたわよー」


 どうせ焼くのだからと、容量無限バッグに入っていた魚やイカ、エビも提供した。二人だと少し寂しいけど、滝の前で摂る食事はまた格別。


「……錬金術じゃないメイさんの料理、初めて見ます」


「鉄板で焼くだけだし、料理だなんて言わないわよー。ちなみに、フィーリにはデザートもあるから、お腹に余裕残しておきなさいよ」


 なんて言いながら、バッグからお土産の大瀑布クレープを取り出す。包みを見て、「クレープですか!?」と、目を輝かせていた。急に子どもっぽくなったわねー。微笑ましい。


 ○ ○ ○


「あっれー、これだけー?」


 海鮮バーベキューでお腹を満たして、改めて本日の収穫をチェックする。


 結構な数を獲ったはずだけど、出てきたセレム真珠は合計10個だけだった。うーん、もっとたくさん獲ったと思ったんだけどなぁ。


「……メイさん、もしかして真珠、ちょろまかしてたりしません?」


「ちょっと。真顔で何言ってんの。そんなわけないでしょ!」


 怪訝そうな顔をするフィーリにそう反論して、もう一度容量無限バッグに手を突っ込み、セレム真珠よ出てこい……と念じるも、結果は同じ。


 うーん、元の世界の真珠養殖でも、生育環境によっては真珠ができなかったりするって話だし。天然ものなら、なおさら。


「しょーがない。これを山分けしましょ」


 あたしはため息混じりに言って、できるだけ品質の良さそうなものを5個選び、フィーリに手渡したのだった。


 ○ ○ ○


 宿屋へと戻ったあたしは、部屋で調合作業を行っていた。作るのはもちろん、納品用の真珠の髪飾り……なんだけど……。


「あー、なんか体がだるーい……眠たーい……」


 かき混ぜ棒を兼ねた杖に体重を預けるようにしながら、必死に錬金釜をかき回す。これはあれだ、小学生の夏休みにプールで思いっきり遊んだ後の感覚に似てる。


 超・防水スプレーの効果で水そのものは弾いているけど、水の抵抗力というか、水圧は弾けないわけだし。確実に疲労が蓄積されてるわねコレ。


 ……ちなみにフィーリは冒険者ギルドに行ってる。彼女の受けた依頼はセレム真珠の納品だけだし、「さっさと報告してきます!」なんて言って、駆けだしていった。子どもは元気ねー。


「……にしても、ずいぶん遅いわね」


 あの子が出かけていったのは、今からちょうど30分前。


 冒険者ギルドはこの宿から近いし、たかが納品で、これだけ時間がかかるのはおかしい。


 ……もしかして、子どもだからって足元見られて、報酬交渉が難航してるとか?


 ふと、そんな考えが頭をよぎって、あたしはトークリングを起動させる。


「もしもーし、フィーリー? まだ遅くなるのー?」


 左腕の腕輪に向けて語りかけると、少しの間を置いて、「も、もう少ししたら戻ります!」なんて声が返ってきた。


 どうやら納品作業は無事終わってるっぽいけど、声が弾んでいたし、なんか走ってる感じがした。おおかた、増えたお小遣いで買い物でもしてるんでしょーねー。




 ……なーんて、当初こそ微笑ましい気持ちでいたけど、それから待てど暮らせど、フィーリは戻らず。


「えぇ……どうしたのかしら。あれからもう二時間近く経つわよ?」


 外を見ると、夕日が街並みの向こうに沈んでいくところだった。あたしの調合作業もとっくに終わってしまったし、お腹も空いた。


 夕飯を兼ねて迎えに行こうかとも思ったけど、行き違いになっても悪いし。というわけで、あたしは待ちぼうけを食らっていた。


 もちろん、ちょくちょくトークリングで連絡はしてる。だけど、「も、もうすぐ戻ります!」の一点張り。なーにしてんのかしらねー。


 その時、扉が開く僅かな音とともに、「た、ただ今戻りました……」と、申し訳なさそうな声が聞こえた。やーっと戻ってきたわねー。


「おっそーい! いつまで買い物してるの!?」


 フィーリの姿を見て安堵した一方、思わず語尾が強くなる。すると、彼女は本当に小さな声で、「ごめんなさい」と謝りながら、小さな箱を差し出した。


「え、これ、何?」


「その、プレゼントです。メイさんに」


「うぇ!? あたしに!?」


 その箱を受けとりながら、思わず変な声が出た。


 しばし視線を泳がせて、「あ、開けていい?」とだけ言葉を絞り出す。


 フィーリが頷くのを確認して、歪に結ばれたリボンを解いて、箱を開ける。中には真珠の髪飾りが入っていた。


「……あれ? この髪飾りって……」


 あたしはその髪飾りに見覚えがあった。確かこの街に着いてすぐ、露店で売っていた品だ。


「……ひょっとしてあんた、この髪飾りを探してて遅くなったの?」


「そ、そうです。お店の場所は覚えていたんですが、行ってみると、昼間とは違うお店になってまして……」


 ああ……その手の店は時間によって営業している場所を変えたりするわよね。リボンも適当に誂えた感が強いのも納得。あの男性店主、こういうの苦手そうだったもの。値札もついてるし、基本がなってないわね。


「メイさん、その髪飾りを気に入ってるみたいでしたし。日頃のお礼ということで、用意してみたんですけど」


 そこまで言って、フィーリは目を伏せる。遅くなった手前、気まずいのだろう。


 ……てっきり自分の買い物してるとばかり思ってたのに。まさか、あたしへのプレゼントを探してくれてただなんて。少し前まで腹を立てていた自分が恥ずかしい。


「あ、ありがとね。大事にするから」


 元からつけていた髪飾りと付け替えてみて、照れ隠しに「似合う?」とか聞いてみる。


「……値札、ついてますよ」


「わかってるわよ! わざとよ! わざと!」


 そんな言葉が飛んできて、あたしは値札を外しながら顔を赤くする。相変わらずの毒舌だった。


「でも、メイさんが喜んでくれて嬉しいです」


 フィーリはそう言って、ようやく笑った。あたしも嬉しくなる。


「そーだ。お返ししないとね」


「はい?」


 頭上に疑問符を浮かべるフィーリをよそに、あたしは錬金釜を取り出す。そこへ素材を投入し、素早く調合を始めた。


「ほい。完成。あげる」


 そしてできあがったのは、フィーリがくれたのとそっくりな髪飾り。唯一違うのは、留め具のところが金色という点だ。


 ……先のレインコートと同じく、レシピにあたしなりのアレンジを加えた、メイカスタム。


 元々のレシピを弄る場合、絶妙な調整が必要なんだけど、そこは究極の錬金釜。多少ゴリ押しが効くみたい。


 というわけで、この髪飾りの素材にしたのは鉄じゃなく、以前海底で拾った金塊の一部。だって鉄だと錆びるし、なによりフィーリの銀髪に映えないじゃない?


「綺麗です。これ、もらっちゃっていいんですか?」


「いいわよー。プレゼントのお礼。スローライフ仲間だし、お揃いの髪飾りってのも良いんじゃない?」


「はい! 嬉しいです!」


 加えて、「ありがとうございます」とお礼を言って、フィーリは髪飾りをつける。うんうん。良く似合ってるわ。


「えへへ、なんだかお腹が空きました。そろそろご飯に行きましょう!」


 さっきまで萎れてたのが嘘のように元気になったフィーリは、ぱたぱたと部屋を飛び出していった。


 あたしは部屋の鏡で髪飾りの位置をもう一度整えながら、せっかくだし、今日はちょっとお高めのレストランにでも連れて行ってあげようかしら……なんて考えるのだった。


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