第十五話『滝のある街にて・その③』



「ちょっとフィーリ! あんた、こんなところで何してんの!?」


 滝つぼから姿を現したフィーリに、あたしは思わず声をあげる。ぐっしょりと濡れて重くなった銀髪を引きずるように陸に上がる様子は、さながら妖怪のよう。


「うわー、下着姿で飛び込んだわけ? ほらほら身体拭いて。何してるのよもう」


 そのあまりの格好に、あたしは容量無限バッグからバスタオルを引っ張り出して手渡す。続いて「体温めなさい。風邪ひくわよ」と、温風機を引っ張り出して、電源を入れる。


 ちなみにこの温風機、素材は風車草と鉄、石炭。いわゆる扇風機の逆バージョンで、ドライヤーとハロゲンヒーターの間みたいな道具。衣服を着たまま乾かしながら、同時に濡れた体も温められる優れもの。


「あのー、乾かしてくれるのは嬉しいんですが、また潜るんですけど」なんて言いながら、フィーリはぎゅーっと髪を絞る。


 女の子なんだから、こんな場所で下着姿になっちゃだめよ。誰かが来たらどうするのよ、まったくもう。


「ところで、なんでフィーリが滝つぼに?」


「えーっとですね。これですよ。これ!」


 地面を這うように移動して、レインコートに包まれていた紙を見せてくる。なにかしら。


「……貴重なセレム真珠の納品。ひとつ800フォルより」


 フィーリが差し出したのは、冒険者ギルドの依頼書だった。あたしが見た時にはこんな依頼はなかったし、フィーリは一足早く来て、この依頼を受けたみたい。


 ははーん。さてはフィーリ、お小遣い欲しさにギルドの依頼に手を出したわねぇ。


「お小遣い欲しいなら、お店でのアルバイトくらいにしときなさい。滝つぼは危ないのよ」


「えー、でも、メイさんも今から滝つぼ、挑戦しようとしてますよね?」


「あ、あたしはいいのよ。錬金術の道具があるしさ」


 痛い所を突かれて、あたしはそう答えながら目を泳がせる。それをチャンスと見たのか、「その道具、わたしにも使わせてください! お願いします!」なんて言って拝んできた。うあ、そのうるうるした瞳反則。


「あー、うー、しょ、しょうがないわねー」


 あたしは再び視線を泳がせた後、渋々了承した。断ったらこの子、このまま無謀な滝つぼダイビングを続けそうだし。目的は同じっぽいから、この際、一緒に潜ろう。


 ○ ○ ○


「メイさん、服を着たまま潜るんですか?」


「そうよー。両手広げて、目もつぶっときなさい。ほい。ぷしーーっと」


 フィーリの体がしっかりと温まったのを確認してから、錬金術師的潜水術の準備に取りかかる。フィーリにもきちんと服を着てもらって、まずはその全身に超・防水スプレーをしっかりと吹きつける。


「今の、なんですか?」


「超・防水スプレー。これを使っとけば、水の中でも服や体が濡れないのよ」


「なら、これでムテキですね! もう一度潜ってきます!」


「フィーリ、ストップ!」


「ぐえぇ」


 言うが早いか、滝つぼに向かって駆けだしたフィーリを制止する。とっさに後ろ襟を掴んだせいか、首が締ってカエルのような声を出していた。


「人の話は最後まで聞きなさい。全然無敵じゃないわよ。これは水は弾くけど、水中で息ができるわけじゃないの」


「えー、なら、何の役にも立たないじゃないですか」


「だーかーら、話は最後まで聞きなさい。水中で息ができる道具もあるから」


 あたしは説明しながら、酸素ドロップを差し出す。フィーリは「アメですか?」と、訝しげな顔をした。


「これを舐めてる間は、水中でも息ができるの。酸素ボンベ……って言っても分かんないわよね。とにかくこのアメが空気を作ってくれるのよ」


 フィーリは「本当ですかー?」と、半信半疑のまま、酸素ドロップを口に含んで滝つぼへと歩みを進める。あたしも今一度装備を確認して、その後に続いた。


 ○ ○ ○


「すごいです! 本当に息ができます!」


 滝つぼに飛び込んだ直後、フィーリのはしゃぐ声が聞こえた。


「言ったでしょー。これで百人力。早く真珠貝を探すわよ」


 あたしは言って、水中で目を凝らす。滝つぼとはよく言ったもので、滝の真下は落下してきた石や水流に削られ、本当に壺のような形をしている。想像以上に水深があって、底が見えない。


「随分深いわねー。水の流れもすごいし、これは溺れる人も出るわけね」


 納得しながら、ゆっくりと底に着地する。真珠貝、この辺りに居そうなもんだけど。


「むー、ないですねー」


 同じように周囲を見渡していたフィーリが、あたしの胸の内を代弁する。周囲は白い砂ばかりで、それらしい貝の姿はない。


 不思議に思っていたら、「隠れてるんですかねぇ」とか言いながら、フィーリがその辺りの石をひっくり返す。同時に、何匹もの真っ白い貝が飛び出してきた。え、この貝、泳ぐの!?


「おわっ!?」


 たまたまあたしの前に泳いできた貝をキャッチすると、手の中でバタバタと暴れる。なにこれ、元気良すぎ。


「メイさん、またそっち行きました!」


 捕まえた貝を容量無限バッグに放り込んでいると、別の石をひっくり返したフィーリから声が飛ぶ。あたしは身構える。


「よーし、獲ったどー!」


 水中仕様の飛竜の靴のおかげで、水の中でもあたしの機動力は抜群。サッカーのゴールを守るキーパーの如く、泳いできた貝をがっちりキャッチする。


「さすがですね! どんどんいきましょう!」


 ……その後も、フィーリが真珠貝を探し出し、逃げてきた奴をあたしが捕まえる。この作業を繰り返した。


 最後の方はゲーム感覚で楽しんじゃってたけど、独特の流れがある滝つぼ深くに潜るだけでも大変だろうに、ようやく見つけた真珠貝が逃げ回るとか、確かに厄介だわ。時間制限なしで潜れる、あたしたちならではの収穫作業だった。


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