第十四話『滝のある街にて・その②』



「あれー? 依頼掲示板はいずこ……?」


 意気揚々と街へ繰り出したのはいいものの、歩けど歩けど依頼掲示板は見つからなかった。


「おかしい。いつもなら街の広場とか、目立つところにでーんと置かれてるものなのに」


 あたしは羽織った雨ガッパの水をはらい、ベンチに座る。ちょっと疲れたので、近くの露店で売っていた大瀑布クレープなる品物を買って糖分補給。


「あー、これ、おいしー」


 大瀑布とは、つまり滝のこと。この大量の生クリームが滝をイメージしてる……っぽいけど、正直具材はこのクリームだけ。美味しいけど、めっちゃ原価安そう。


 フィーリにもお土産にしてあげようと、同じものをもう一つ買い求めてからベンチから立ち上がる。むー、もうちょっと探してみよっと。


 ○ ○ ○


 ……結局、いくら探しても掲示板は見つからず。あたしは依頼の総元締めである冒険者ギルドで話を聞いてみることにした。


「あ」


 首を傾げながら冒険者ギルドに足を踏み入れると、目の前に依頼掲示板があった。え、なんで中にあるの?


「あのー、依頼掲示板ってこれですか?」


 少し離れた所にある受付に向けて、あたしは聞いてみる。すぐに「そうですよー」なんて、のんきな声が返ってきた。


 今考えれば、掲示板に貼られている依頼書は紙だ。常に雨ガッパが必要な街中に設置すれば、一瞬でびしょびしょになると思う。


「えーっと、どれどれ……」


 特に人もいなかったので、あたしは掲示板に貼られた依頼を舐めるように見る。


 『笑顔で接客できる方! まかない付き宿屋バイト!』 とか、『飲食店の短期アルバイト募集!』みたいな、いかにも観光地っぽい依頼の中に、いくつか気になるものを見つけた。



『滝つぼマッサージの施術師募集。無資格でも優しく教えます! 時給500フォルより!』



 なんだろうこれ。足つぼマッサージの間違いじゃなくて? 滝に打たれてもマッサージにはならないわよね。それってただの滝行だし。



『真珠の髪飾りの納品。必要数は3個。報酬は品質により、5000フォルから』



 そんな依頼の次に目についたのは、いかにもこの街らしい依頼だった。ほっほー。単価もやけに高いし、気になる。


「あのー、この依頼なんですけど」


 あたしは髪飾りの依頼書を引っぺがすと、受付へと持ち込む。詳しい話を聞いてみると、この髪飾りは街でも限られた職人にしか作れない上、メイン素材の真珠がとても入手しづらく、誰もこの値段では依頼を受けないとのこと。


「なるほどねぇ……」


 ふむふむと頷いて、あたしはレシピ本を開く。あった。真珠の髪飾り。これ、錬金術で作れる。


 となると、問題は真珠の入手方法ね。話によると天然ものらしいし、入手しづらいって、どういうことかしら。


「……まさかこの真珠、たっかい木の上に生えてるとか?」


 その時、あたしは先日のチョコの実を思い出し、青ざめた。


「いえ、普通に水の中ですが」


「じゃあ、真珠貝が実は凶暴で、真珠を取られまいと襲いかかってくるとか?」


「いえ、普通の真珠貝です」


 えー、それなら入手しづらい理由って何? 単純に数が少ないのかしら。


「実はこのこのセレム真珠、滝つぼの中に生息しているのです」


「あー……」


 あたしは言葉に詰まる。言われてみれば、この街の周辺で貝が生息できそうな水場はそこしかなかった。にしても、淡水の貝なのねー。


「滝つぼに潜り、真珠貝を拾って戻るのは至難の業です。今月もすでに二人、帰らぬ人となっています」


 神妙な顔つきで言う。確かに素潜りで滝つぼに飛び込むとか、自殺行為よねぇ。


 まぁ、あたしには酸素ドロップがあるから、いくらでも水中に潜っていられる。決めた。この依頼受けよう。


 ○ ○ ○


 ……というわけで、あたしはその依頼を快諾した後、準備を整えて滝へとやってきた。


「うわー、うたせ湯ってのが温泉施設にあったりしたけど、それの比じゃないわねー」


 実際に目の前にすると、なかなかの水量だ。音もすごいし、これは殉職者が出るのも分かる気がするわ。


「滝つぼに潜るのなんて初めてだから、しっかり準備だけは整えておかないと」


 水着……なんて作る余裕なかったから、超・防水スプレーを衣服に振りかける。実はこのスプレーの存在、完全に忘れてた。これがあればフィーリのレインコート、調合する必要なかったかも。


 さらに酸素ドロップを口に含み、水陸両用の飛竜の靴を履く。人魚の国で水中での活動は一度経験済みだし、慣れたもの。


「よーし、それじゃ、行くわよー」


 最後に形ばかりの準備運動をして、轟音を響かせる滝を見上げながら慎重にその縁へと近づいていく。


「うん?」


 その時、靴の裏にくしゃりとした感触があった。なんだろうと思って視線を下げると、緑色のレインコートが畳んで置かれていた。はて、どこかで見たような。


「ぶはーーー! 無理ーーー! 死ぬ―――!」


 直後、水面が盛り上がり、そこから見慣れた銀髪が飛び出してきた。その声も聞き覚えがある。あたしは思わず二度見した。


「フィーリ!? あんた、何してんの!?」


「あ、メイさん! こんな所で会うなんて奇遇ですね!」


 思わず叫ぶと、岸辺にへばりつきながら、さも当然のように笑顔を向けてきた。ちょっと、なにしてんのーーー!?


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