第十三話『滝のある街にて・その①』



 あたしは旅する錬金術師メイ。


 迷いの森を抜けた後、目の前に現れた川に沿って絨毯を飛ばしていたら、突然目の前に滝が現れた。


「おおー、これはすごいわねー」


 ゆっくりと高度を下げながら、大迫力の光景に目を奪われる。所々に虹も見えるし、まるで前の世界のイグアスの滝みたい。


「綺麗ですねぇー」


 フィーリも魔力ドリンクを片手に、絨毯から身を乗り出しそうな勢い。まだ本調子じゃないんだから、あんまり端に行くと落ちるわよー。


「……あれ?」


 風に流された滝の水しぶきが顔にかかるほどの距離を飛行していると、下の方に街が見えた。


「へー、こんな所にも街があるのねー。フィーリ、寄ってみましょー」


 あたしは言って、さらに高度を下げていく。滝つぼの街。どんな場所なのかしら。


 ○ ○ ○


『ようこそ 滝のある街セレムへ』


 街の入口に降り立つと、門の所にそんな看板が掲げられてた。それっぽいイラストも描かれてるし、いかにも観光都市って感じ。


 風向きもあるのか、滝から飛ばされた水でレンガ造りの建物の多くはしっとりと水気を帯びて、濃い赤茶色。あー、なんか街全体にマイナスイオンが溢れてる気がするぅ。


「……メイさん、何か召喚でもするんです?」


 思わず両手を広げていると、フィーリが怪訝そうな顔で言う。「な、なんでもないわよ。開放的な気分に浸ってただけ」と、誤魔化して、その手を取って歩き出す。しばらくはこの街で過ごすだろうし、まずは宿屋を探さないとね。




「お嬢さんたち、ひとつどうだい? 安くしとくよー?」


「うちはこの街一番の品揃えだ!見ていってくれ!」


 宿屋を目指す道すがら、露店街を通りかかる。すると、そこら中の店から声がかかった。商魂たくましいことこの上ないわねぇ。


「メイさん、この街、真珠が名産みたいですよ」


 面白くないダジャレを言いながら、フィーリが目を輝かせていた。というか、滝の街で真珠?


 不思議に思いながら露店に並ぶ品を盗み見ると、確かに真珠だった。近くに海もないのに、どうやって真珠ができるのかしら。


「ほら、あれとかメイさんに似合いそうですよ」


 フィーリが指差すほうを見ると、そこには真珠の髪飾りが売られていた。


「そう? まー、デザインは嫌いじゃないけど……って3000フォル!?」


 見た目は好みだけど、値段が高すぎる。観光客価格なのか、結構なお値段。


「べ、別に買わなくていいわよ。ほら、行くわよ」


 今にも声をかけたそうにしている男性店主の視線から逃れるように、あたしは歩みを早める。


「3000フォルかぁ……」


 一方、フィーリは興味津々だった。え、もしかしてあんたが欲しいの? さすがに子どもが身に着けるには高額よ。背伸びしたいお年頃かもだけど、まだ早いわ。


 それにしても……この水しぶき、かなり気になるわね。風に乗った滝の水なんだろうけど、服がしっとりと、でも確実に濡れていく。


 街を行く人たちが皆雨ガッパを羽織ってるのも納得だわ。これ見よがしに観光客向けの雨カッパを売ってるお店があるし、この街で生活するうえでは必需品みたい。後で調合しとこ。


 ○ ○ ○


「いらっしゃいませ。うちの宿は全室フォールビュー。お値段は一泊二食付きで1500フォルになります」


 大通りの奥に見つけた宿屋に足を踏み入れると、亭主がニコニコ顔で迎えてくれた。むー、食事付きとはいえ、一泊1500フォルはちと高い。いわゆる高級宿の類。観光客だと思って、足元見るわね。


「……ちなみに、素泊まりでは?」


「え? 800フォルですが」


「全室フォールビューを謡ってますけど、この手の宿って立地上、どうしても滝の見えないお部屋ってありますよね。その部屋の場合は?」


「そ、そうですね……一泊500フォルになります」


「ではそこで。三泊分お願いします」


 交渉を重ねた結果、宿代を三分の一にすることができた。フィーリは子ども料金で半額だし、三泊の合計金額は2250フォル。


 食事は外で何とかなるし、最悪あたしが錬金術で作ればいい。スローライフは楽しむけど、出費はできるだけ抑える錬金術師。それがあたし。


 ○ ○ ○


「あのー、メイさん、滝が見えなくて良かったんですか?」


「いいのよ。外に出ればいくらでも見えるし、宿屋の休憩スペースからも見えてたでしょ」


 部屋に案内された後、窓を開け放ったフィーリが言う。窓の外には滝の代わりに街並みが広がっていたけど、これはこれで綺麗だと思う。


「……それで、部屋についてすぐ、何を作ってるんです?」


 ぼふん、とベッドに座り込んだフィーリは、錬金釜をかき混ぜるあたしを見ながら首を傾げる。


「んー、ちょっとねー」なんて答えつつ、あたしは最後の素材を投入する。これでできるはずだけど。


「よーし、完成!」


 やがて錬金釜から飛び出してきたのは、水を弾く素材で作った服。つまり、フィーリ用のレインコートだ。


「……なんですかこれ」


「ほら、この街って滝が近いせいか、いつもの服装で歩いてるといつの間にか服が濡れちゃうのよ。これを羽織ってけば安心だから」


 あたしは言って、完成したレインコートをフィーリに手渡す。


「どう? かわいくない?」


 緑色の生地に、フードにはクリクリッとした目玉がふたつ。無地じゃ可愛くないので、カエル仕様にしておいた。


「……全然可愛くないんですけど」


「なぬぅ!?」


 部屋の鏡で自分の姿を見た後、ジト目で睨んできた。この毒舌めぇー。


「ふーん、着ないなら別にいいわよー。外に観光客用のレインコートも売ってたから、自分のお小遣いで買いなさい」


「わ、わーい。ありがとうございますー。嬉しいですー」


 “自分のお小遣い”という言葉が効いたのか、フィーリは棒読みながらお礼を言い、くるくると回る。


 あのレインコートはレシピ本に載ってた雨ガッパのレシピに、あたしなりのアレンジを加えて生み出した一品。名付けて、メイカスタム。


 究極の錬金釜で作っているから、性能と品質は折り紙付き。絶対に着てくれなくなるから、何を加えたかは教えないけどね。ゲコゲコ。


「あのー、それでその、またお小遣いをいただきたいのですが」


 例によって、もじもじしながら上目遣いにあたしを見る。あんたねぇ、こういう時ばっかり下手に出ないの。


「そーねー。迷いの森じゃ手持ち増えなかったし、ここは1000フォルね」


「えー、メイさんのけちんぼ」


「そんなこと言っても駄目。いつも言ってるでしょ。足りない分は自分で稼ぎなさいって」


「ぶーぶー。じゃあ、わたしがじゃんけんに勝ったら、お小遣い倍額っていうのはどうです?」


 握りこぶしを作りながら、やる気に満ち溢れた視線を向けてくる。ほほう。あたしと勝負しようっていうの?


「いいわよー。その代わり、フィーリが負けたらお小遣い、半分になるから」


「の、望むところです!」


 あ、望んじゃうんだぁ……とか思いつつ、あたしも握りこぶしを作る。


「それじゃあ行きますよ! お小遣いじゃんけん!」


「じゃーんけーん! ぽん!」


 お互いに気合いを入れて、拳を振り下ろす。出した手は、あたしがグー。フィーリがチョキ。


「ふっふっふー。あたしの勝ち!」


 大人げもなくガッツポーズをする。対するフィーリはがっくりとうなだれた後、すぐに顔を上げ、「さ、三回! 三回勝負です!」なんて、必死の形相で言う。


 小学生か! と心の中でツッコミを入れたけど、よく考えたらフィーリは10歳。普通に小学生の年齢だった。


 ○ ○ ○


「はぁぁぁ……」


 じゃんけん勝負は結局あたしが3連勝。結果、フィーリのお小遣いは半分に。


 再び項垂れたフィーリは500フォルを握りしめると、大きな大きなため息をつきながら扉へと向かう。


 その煤けた背中を見ながら「忘れずにトークリング、つけときなさいよー」と伝えると、「ちゃんとつけてますよー」と、左手をひらひらさせる。そこにはきちんと金色の腕輪がつけられていた。


「そんじゃ、あたしはお仕事に行くとしますかねー」


 フィーリを見送った後、あたしはいつものように冒険者ギルドの依頼掲示板を探しに、街へと繰り出した。この街はどんな仕事があるのかしらねー。


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