第十二話『エルフの村にて・その④』
あたしは旅する錬金術師メイ。現在、大嫌いなキノコの化け物と対峙中。
「ぎゃああ! キノコに口がある! 目がある! 腕があるぅ!」
「メ、メイさん、落ち着いてくださーい!」
あたしは取り乱していた。それこそ、フィーリに窘められるくらいに。そ、そうだ。今は目の前のあいつを倒さないと。落ち着けあたし。
一度深呼吸をして、その姿を見る。くすんだクリーム色の胴体に、赤いかさ。この森の守り神……って話だけど、まんまキノコだ。幸いにも足はないから移動して来ることはなさそうけど、体をぐねぐねと、ばねのように動かしている。きもい。
「火炎放射器、最大出力ーーー!」
あたしは素早く照準を合わせると、火炎放射器のスイッチを押した。守り神だか何だか知らないけど、所詮はキノコ! ウルトラ上手に焼いてやるわよー!
相手が動けないだけあって、勢いよく吹き出した炎が一方的に相手を火あぶりにしていく。キノコの焼ける匂いが周囲に満ちる。
「あっはははーー! 燃えろ燃えろー!」
「……メイさん、キャラ変わってません?」
「そ、そんなことないでごじゃいますわよ」
フィーリから冷静にツッコまれて、変に取り繕ったせいか妙な言葉遣いになった。そして舌を噛んだ。
「細かいことはいいから、フィーリも加勢しなさい!」
「はーい」
あたしの後方でほうきに乗り、低空に浮かんでいたフィーリはどこか嬉しそうに杖とカード……属性媒体を手にする。直後、青いオーラが纏われた。
「蒼き乙女よ、盟約の言葉により……以下省略! アクエリアスパイラル!」
……本来なら数分に及ぶ長ったらしい詠唱が必要な上級魔法も、フィーリにかかると一瞬で終わる。あたしは魔法については素人だけど、これはフィーリ特有の能力で……って、ちょっと待って。青色のオーラ?
「ちょっとフィーリ! なんでキノコに水属性魔法撃ってんの!?」
「へっ、いけなかったですか!?」
驚いた顔をあたしに向けるも、時すでに遅し。フィーリの周囲に広がった大量の水が杖の先へと収束し、一直線にお化けキノコを撃ち抜いた。
……そして魔法攻撃を受けた守り神はダメージを受けるどころか、その水を吸収し倍ほどの大きさに成長してしまった。
「えええーーー!?」
「植物に水属性攻撃とか、HP回復するに決まってるじゃない! 植物に使うのは火属性よーー!」
驚愕の表情を浮かべるフィーリに向かって叫びながら、あたしは全力で後退する。大きくなった分、攻撃範囲も広がってる。その両サイドからひょろっと伸びていた腕も逞しくなってるし、危険だわ。
「ぼーっとしてないで、フィーリも下がって! 危ないわよ!」
「は、はい!」
指示を受けてフィーリも後退するけど、近くの木の枝にほうきが引っかかってしまった。しまった。森の中ではほうきは動きづらいんだった。
それを見て好機と思ったのか、守り神が反動をつけて、フィーリに体当たりを仕掛ける。
「ひっ」
避けきれなかったけど、がつん、と大きな音がして、見えない盾がフィーリを守った。セーフ!
「フィーリ、大丈夫ー?」
「な、なんとかですー」
攻撃を受けた衝撃でほうきが木の枝から外れたのか、ふらふらと地面に着地する。どうやら大丈夫そう。
安堵したのもつかの間、守り神はその大きな口から、あたしに向けて緑色の液体を吐いてきた。ぎゃー! ぎゃー!
反射的にバックステップして、フィーリの近くまで移動する。飛竜の靴のおかげで直撃は免れたけど、なんつー飛び道具使ってくるのよ。
緑色に染まった地面に目をやると、そこには無数の小さなキノコが生えてきていた。あの液体、胞子が入ってる?
「あんなのが体にかかったら、キノコまみれになって一巻の終わりよ! フィーリ、ここは一旦逃げるわよ!」
言うが早いか、あたしはフィーリを抱きかかえて跳躍。飛竜の靴の性能をフル活用して、森の木々の間を駆け抜けて逃げる。あいつは足がないし、追っては来られないはずよ!
「……げ」
うまく撒いたと思った次の瞬間、白い光に包まれて、気がつけば守り神の前へと戻されていた。方角を変えて逃げてみるけど、結果は同じ。
「……これって、迷いの森の結界?」
……つまり、どれだけ逃げてもすぐに同じ場所に戻される。そりゃあ、あいつは動く必要がないわけよね。
「あーもう! めんどくさい!」
怒りに任せて爆弾を投げつけてみるけど、水をたっぷり含んで膨らんだキノコボディーには大したダメージが与えられなかった。うあー、どうしようかしら。
今から枯葉剤みたいなのを作って、根絶やしに……いやいや、影響が大きすぎて、何の罪もない森の植物たちまで枯れちゃうわ。自然の素材の力を借りる錬金術師として、それはどうかと思う。
「うぅ……ごめんなさい。わたしが使う魔法を間違えたせいで」
守り神のボディプレスをかいくぐりながら考えを巡らせていると、腕の中のフィーリが凹んでいた。
「謝らなくていいから、次は決めなさい! あたしが隙を作るから!」
言って、あたしはフィーリを解放する。一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐに杖を構えて、「はい! 一点集中で決めます!」と、元気に言ってくれた。
それを確認して、あたしはさっきとは別の爆弾を取り出す。
「頼んだわよ……ビリドラボム!」
久々登場の、酷いネーミングの爆弾。元は対ドラゴン用の爆弾で、理屈はわからないけど、爆発と同時に対象に強烈な雷を落とすというもの。
「食らいなさい! この!」
飛竜の靴で跳躍し、守り神の頭上から爆弾を投下する。直後、耳をつんざくような轟音とともに、巨大な稲妻が降り注いだ。
地面に根を張っている分、いわゆるアース的な効果もありそうだけど、今の守り神はフィーリの魔法の影響で滴るほどの水分を含んでいる。それを踏まえても、相当なダメージのはず。
「今よ、フィーリ!」
「はい!」
お化けキノコがぐったりと動きを止めたのを確認して、今一度あたしは指示を出す。属性媒体を消費して、フィーリの周囲を包んだオーラは赤。今度こそ、炎属性で間違いないっぽい。
「煉獄より来たりて、以下省略!エクスプロージョン・ノヴァ!」
一点集中の言葉通り、あたしでもわかるくらい高密度に圧縮された魔力が炎となって、地面から天に向けて撃ち放たれた。
以前、魔法警察から逃げる時に使った魔法と同じっぽいけど、地上と空中で挙動が違うのかも。お化けキノコは跡形もなく吹き飛ばされ、もくもくと巨大なキノコ雲が上がっていた。相手がキノコだけに。
「うっひゃあぁ……相変わらず、すっごい威力」
「えへへ……どーです? 今度ちゃんと決めましたよー……はふぅ」
「おっとと、ガス欠?」
あたしに向けてブイサインをした後、一気に脱力したフィーリを慌てて抱き留める。うーん、いくら属性媒体があっても、二連発が限度みたいねー。
「フィーリ、おつかれさまー」と、頭を撫でてあげながら、あたしは森の雰囲気が明らかに変わっていくのを感じていた。
○ ○ ○
「いやー、ご苦労さまでした」
戦いが終わったのを察したのか、どこからともなく長老様がやってきた。
「並大抵の苦労じゃないわよ」と伝えると、「まぁまぁ。結界も無事に消えたようですし」と、朗らかな口調で言う。
何の気なしに万能地図を開いてみると、森全域がしっかりと表示されていた。もう、モヤってない。確かに結界は消えたみたい。
「フィーリ様もお疲れの様子ですが、少し村で休まれますか?」と心配してくれる長老様に、あたしは「いえ、先を急ぐので」とだけ答えて、容量無限バッグから空飛ぶ絨毯を取り出して、フィーリを横たえる。
「道中お気をつけて」と、手を振ってくれる長老様にお礼を言って、あたしはゆっくりと高度を上げ、迷いの森を後にしたのだった。
……さすがに森は見飽きたし、別の場所に行きたい。今度はできるだけ、木が少ない所へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます