第十一話『エルフの村にて・その③』



「メイさま、こちら、先日のお礼です」


「どうぞ、お受け取りください」


「こ、これは幻の花ドルンケルンハイド!? こっちはマンドレイグ!? 世界樹の葉に、ゴールデンリーフまで!?」


 先日魚を振る舞ったお礼にと、村の皆が貴重な素材を届けてくれた。あたし、そんなつもりじゃなかったのに。お礼がお礼を呼ぶ、不思議な現象が起こっていた。


「こんな貴重な素材、どこで手に入れたの?」


 目を輝かせながら尋ねると、「一部の者しか知らない秘密の場所があるのです。いくらメイさまでも、場所は教えられませんな」と言ってほくそ笑んだ。くっ、さすがに教えてもらえないわね……!


「むー、この葉っぱのどこが良いんです? 嬉しいの、メイさんだけじゃないですかー。ぶーぶー」


 一方、フィーリは世界樹の葉をその細い指先で弄びながらぶーたれていた。


 その様子を見た別の村人が、「フィーリさまには、こちらを」と、ハチミツを献上していた。一見閉ざされてる風に見えるけど、この森、なんでもあるわねー。


 ……そんなこんなでエルフの村でスローライフを楽しむこと、はや一週間。


 あたしもフィーリも、すっかり村の住民として迎え入れられて……。


「って、ちがーう!」


 危ない危ない。あやうく、この村独特の雰囲気にのまれてしまうところだった。


 いくら居心地が良くても、ここは迷いの森の中。長命でスローライフの代表格みたいなエルフ族と違って、あたしは人間。人生には限りがある。


 ……なんとかしてこの森から脱出して、旅に戻らないと。


 ○ ○ ○


 ……というわけで、迷いの森からの脱出方法について、あたしとフィーリは長老様に話を聞きに来た。


「この森から出る方法?」


 さすがにそろそろ旅に戻りたいので……みたいな話から切り出す。


 この森に迷い込んだ経緯は説明したし、この人なら何か知ってそうなんだけど。


「そうですね……実は、この森の守り神が暴れていまして。お二人が迷い込んだのも、それが原因かと思われます」


「ほう。守り神とな」


 長老様の話を聞いて、あたしは合点がいった。やっぱり、神秘的な力が働いていたみたい。


「本来は守り神ですから、森から魔物を遠ざけ、村を守るために結界を張っているのです。外の人間だと、村人の案内がないと村に入れないくらい、強力なものです」


 あー、だからこの森、魔物が全くいなかったのね。加えて、森を散々歩き回ったのに覗き魔……じゃない、村人に案内してもらうまで村を発見できなかったのも納得だわ。


「一方で、守り神はだいたい50年に一度の周期でご乱心なさるのです」


「つまり、暴れるの? なにそのタチの悪い守り神」


「その間は森の結界が乱れ、今のように一度迷い込むと出られなくなる、迷いの森と化すわけですよ。まぁ、10年もすれば静かになりますし、少しの辛抱ですがね。ははは」


 笑い事じゃないわよ。エルフ族にとっては少しの辛抱でも、10年も待ってたらフィーリなんて立派な大人になるじゃない。あたしなんて……おうふ。考えたくない。


「ちょっと待って。50年周期ってことは、ルメイエさんが迷い込んだって時も、守り神は……?」


「はい。ちょうど運悪くお暴れになってましたねぇ」


「じゃあ、そのルメイエさんはどうやって森を脱出したの?」


「見事な手際で守り神を倒し、結界を消して脱出していきましたが」


「えええ、なにそれ。倒しちゃっていいの!?」


 てゆーか、守り神倒したら結界消えちゃうんじゃないの? 今の守り神、何代目!?


「倒せるものなら、倒してもらって構わないですよ。彼女は森の化身なので、倒してもしばらくすれば森の力を吸い上げて復活しますので」


 さも当然のように言う。ほっほー。そんなトンデモ設定が。


「それじゃあ、さっそくぶっ倒しに行きましょう!」


 その時、それまで黙って聞いていたフィーリが握りこぶしを作りながら立ち上がった。こら、ぶっ倒すなんてお下品な言葉、やめなさい。


「……分かりました。それでは守り神の元へ案内しましょう。こちらです」


 そんなフィーリに気圧されたのか、静かに立ち上がった長老様に続いて、あたしたちは村の外へと向かったのだった。


 ○ ○ ○


 やがて辿り着いたのは、村に来る前に野宿をしようとしていた大木の前だった。


「え、ここ?」


「そうです。この木に塩水をかけると、守り神が姿を現すのです」


 言って、あたしに液体の入った器を手渡してきた。ここは海から遠く離れているし、真水に塩を溶かしたものみたい。


「それでは、頑張ってください」


 最後にそう言い残して、長老様は村の方へと戻っていく。反射的に、「帰っちゃうの?」と問うと、「巻きこまれたくはありませんから」と、苦笑いが返ってきた。


 ……もしかして、ご乱心中の守り神様、めちゃくちゃ危険だったりするのかしら。


「フィーリ、これ渡しとく。危なくなったら、迷わず使いなさい」


 あたしは容量無限バッグから、四枚のカード……それぞれ、火・水・地・風の四属性の属性媒体を取り出して、フィーリに手渡す。同時に、彼女の周囲に見えない盾を展開しておく。


 それから、あたし自身も見えない盾、飛竜の靴、各種爆弾、火炎放射器と装備を整えた。現状、これが最強装備。


「それじゃー、いくわよー」


 一度深呼吸をしてから、あたしは手にしていた塩水を木に振りかけた。


「ひいぃ!?」


 ……次の瞬間、目の前の大木がぐにゃりと動いた。あたしは思わず情けない声をあげる。


 木に擬態していたそれは次第に姿形を変え、大きくなっていく。やがて露わになったその姿はまるで……。


「ぎゃーーー! キノコの化け物―――!」


 どう見ても、巨大なキノコだった。それが動いている。ぐねぐねと。いやいやいや、きもい!


 これがこの森の守り神!? よりによって、あたしの大嫌いなキノコ!? 知らなかったとはいえ、こいつのすぐ近くで野宿しようとしてた!?


 恐怖と混乱と、よくわからない怒りが頂点に達した瞬間、あたしは思わず叫んでいた。


「ぶっ倒す――!」


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