第十話『エルフの村にて・その②』



 エルフの村に泊まった翌日。あたしは一人で村の中を見てまわっていた。


 長老の家を中心に数軒の建物が並ぶ、本当に小さな集落。お金の概念がないのか、あらゆるところで物々交換が行われていた。


 村の畑で作った野菜に、狩りで捕まえた野鳥、採集してきた木の実など、いかにも体に良さそうな品ばかり。


 こういう場所で自給自足のスローライフ、ってのも良いかも。


「メイさん、見てください! 色々と貢物をもらっちゃいました!」


 土にまみれながら農作業をする子どもたちを微笑ましく見ていたら、フィーリがこっちに走ってきた。両手いっぱいに山菜を持ってる。


 また魔法使いを崇拝する村人からもらったのねー。てゆーか、貢物って自分で言っちゃうんだ。


 その様子を見ながら、「さすが魔法使いさまねー」と、冗談っぽく声をかける。常夏の島を出てから、フィーリの服装はテンプレートな魔法使いスタイルに戻っているから、やっぱり目立つ。


「いやー、魔法使いは辛いです」と言って、にへら、と純粋な笑顔を向けてくる。


「余裕ねー。あたしの道具がないと、魔法使えないのに」


「うぐっ」


 そう付け加えると、笑顔のまま固まった。


 フィーリは自称、落ちこぼれ魔法使い。秘めたる魔力はすごいけど、あたしが作った属性媒体がないとまともに魔法が使えない。魔法使いにマウント取れる錬金術師、それがあたし。


 それでも、この世界で魔法使いの人気は絶大。フィーリもその見た目から、行く先々で歓待されることもしばしば。マイナーな錬金術師とはえらい違い。


「それじゃ、今日のお昼ご飯、またキノコで良いですよね? 焼きキノコ、おいしそうですし」


 言って、貢物の中から白い水玉模様がついた紅いキノコをこれ見よがしに見せてきた。確かあれ、シラユキマッシュルームじゃなかったっけ。爆弾の材料の。


「それは貴重なキノコだけど、フライパンで熱した瞬間に爆発するから食べられないわよー?」


 意地悪っぽく言うと、「ひぇ」と小さな声を出してキノコを地面に放った。


「まぁ、貴重なものだから献上したかったんでしょー」と笑いながら、あたしはそのキノコを拾い、容量無限バッグにしまった。レア素材、ゲット。


「もう少ししたらお昼だし、今日はあたしが作るわよ。何食べたい?」


「えーと……じゃあ、アジフライが食べたいです!」


「オッケー。たまには魚もいいわよね」


 フィーリのリクエストを聞いた後、あたしは適当な空き地に錬金釜を設置する。アジフライは過去に一度作っているし、特に問題なし。どうして錬金術のレシピ本にアジフライのレシピが載ってるのかは謎だけどさ。


「えーっと、まずはアジと……」


 アジフライの必要素材は、メイン食材のアジと小麦、卵、そして油。小麦と卵は衣になるとして、油の温度調整とか錬金釜でどうやるのかしら。ほんと不思議。


 そんな素朴な疑問は棚上げにして、あたしは素材たちを錬金釜へ放り込む。やがて虹色の渦の中から、こんがりきつね色に揚がったアジフライが飛び出してきた。それも、ちゃんと二人分。


「よーし、完成! 食べましょー」


「相変わらず、作るの早いですねぇ」と言うフィーリは、いつの間にかレジャーシートを敷いてくれていた。それ、どこに持ってたの?


 アジフライだけじゃお腹が空くので、バッグからパンも用意して、レジャーシートに腰を下ろす。なんか急にピクニックみたいになったわね。


「それじゃ、いただきまーす」


 挨拶してから、アジフライにかぶりつく。うん。サクサクでおいしい。


「……はむっ」


 一方、隣のフィーリはアジフライをパンで挟んで、フィッシュバーガー風にしてかじりついていた。あーあ、崩れた衣が服の上に落ちまくってるじゃないのぉ。


 そんなフィーリを嗜めながら、あたしももう一口。美味しいけど、何か物足りない。ソース的な何かが。


「うーん、やっぱり醤油欲しいわねぇ」


「ショーユ?」


 思わず呟くと、フィーリが食いついてきた。「真っ黒い液体で、ケチャップやマヨネーズみたいなものよ」と伝えると、わかったような、わからないような顔をしていた。


「あー、考えたら本当に欲しくなってきた。作り方、載ってないかしらねー」


 ダメ元でレシピ本をめくる。あたし、アジフライにはソースより醤油派なのよ。


 食料品、調味料……あ、あった。その名も『特選醤油』。何がどう特選なのかわからないけど、載ってた。


 必要素材は……塩と小麦、そしてエルフ豆。


「エルフ豆ぇ?」


 いわゆる大豆的なポジションなんだろうけど、聞いたことのない素材だった。エルフって名前がつくくらいだし、この村の人ならわかるかしら。


「その豆って、もしかしてこれですか?」


 その時、フィーリがもらった貢物の中から、サヤに入った作物を取り出した。見た感じ枝豆っぽいけど、枝豆も成長したら大豆になるし、これで間違いなさそう。


「おおー、これで醤油が作れる! フィーリ、それちょうだい!」


「ひと房100フォルです」


「なぬぅ!?」


 思わず変な声が出た。それを聞いて、周囲を歩いていた村人が何人か振り向く。恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと。お金取るの?」


「はい。お小遣い、残り少ないので」


 えへへ、と天使のような笑顔で言う。先日、常夏の島で稼いだ3000フォルはどこ行ったのよ。


「あ、いらないんなら、別にいいんですよー? 炒って食べたら、美味しそうですねー」


 左右の手にエルフ豆をひと房ずつ持ち、弄びながら言う。おのれ、魔法使い。


「ぐぬぬ……さ、三房ください……」


 あたしは300フォルを差し出しながら、膝をついた。負けた。この子、良い商人になるわ。


 ○ ○ ○


「できた! 厳選醤油!」


 材料さえ揃えば、調合は一瞬。すぐに小瓶に入った黒い液体が吐き出された。


「これがショーユですか」


「そうよー。辛いから、ちょっとだけ舐めてみましょ」


 言って、小瓶からちょっとだけ醤油を手のひらに垂らして舐めてみる。あー、なんか久しぶりの味。


「かっらい!」


 あたしが懐かしむ中、フィーリは舌を出しながら叫ぶ。初めての味だろうし、お子様には刺激が強すぎたかしらねぇ。


「こんなの、料理に使うんですか?」


「そーよー。ほんの少しかけるの。それだけで十分美味しいんだから」


 あたしは再びアジフライを調合し、完成した醤油をかけて一口。ああ、これよねー。やっぱり、魚と醤油の相性は抜群だわ。日本人で良かった。


 もぐもぐと咀嚼するあたしを、フィーリは何とも言えない顔で見ていた。あたしと一緒に暮らしてれば、そのうち分かるようになるわよ。


 だけど、この調子でいつかは白いご飯も手に入れたい。この世界の主食は小麦だけど、醤油があるんだから、きっとお米だってどこかにあるはずよ。


「……あの、それ、魚料理ですか?」


 その時、数人の村人が近くにやってきて、驚いた声で言う。一瞬たじろいたけど、ここは深い森の中。新鮮な魚が獲れる場所じゃないし、彼らが驚くのも無理はない。


「そうですけど……あ、せっかくだったら食べますか?」


 言って、あたしは容量無限バッグから魚をドサドサと取り出す。


 湖の街、海辺の街、人魚の国に常夏の島……魚介類が獲れる場所はそれなりに巡ってきたし、あたしの容量無限バッグの中には大量の魚がストックしてある。


 なにより、このバッグに素材として収納したものは腐らない。常に最高の品質のまま保管されるのだ。さすがチートアイテム。


 というわけで、あたしは泊めてもらったお礼と、フィーリへの貢物のお返しも兼ねて、村人たちに魚料理を振る舞ったのだった。


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