第九話『エルフの村にて・その①』
「うわあああーーーー!」
青い髪をした青年と目が合った瞬間、あたしは近くに置いていた容量無限バッグからトリモチボムを取り出し、全力で投げつけた。自分でもびっくりするくらいの早業だった。
「うぎゃ!?」みたいな声がして、覗き魔が動かなくなったのを確認して、あたしたちは素早く湯船から出て、服を着る。まさか、こんな森の中でお風呂覗かれるなんて思わなかった。
○ ○ ○
「本当にごめんなさい。許してください。忘れますから」
「駄目。許さない」
服を着た後、あたし一人で覗き魔を尋問する。大量のトリモチで完全に動きを封じられた彼は、涙ながらに訴えてくる。
遠巻きに見ているフィーリが、「メイさーん、いいじゃないですかー。許してあげましょーよー」なんて言ってるけど、あたしは許さない。年頃の乙女なんだから。ぷんすか。
「私、すぐ近くの村から夜の狩りにやってきた者です……怪しいものじゃありません……」
覗き魔はなおも泣きながら、手に持った立派な弓矢を見せてくる。
「僕、夜目が効くので、夜の狩りを生業にしてるんです。そしたら、その……まさか、森の中でお風呂に入ってるなんて」
「えーい! 顔を赤くして視線を逸らすなー! 忘れなさーい!」
あたしは両手を振り上げながら叫ぶ。そりゃあ、この森の中で人に出会うなんて思わなかったし、無防備だったあたしたちもほんの少し、悪かったかもしれないけど!
「……って、ちょっと待って。あんた今、近くの村から来たって言った?」
その場の勢いで聞き流しそうになった単語を引き戻し、慌てて口にする。
「は、はい。すぐ近くの村です。僕、そこから来ました」
「ほほう」
「え、村があるんですか?」
“村”という単語を聞いて、フィーリが寄ってきた。「その話、詳しく」と先を促すと、ここから少し北に進んだ場所に小さな村がある……と、話してくれた。
「じゃあ、覗き行為を許すかわりに、あたしたちをその村に案内しなさい。いいわね?」
「はい! そんなことでいいのなら!」
激しく頷く彼に、「逃げようとしたら、今度は本物の爆弾をお見舞いするから」と念を押した後、あたしはバッグからトリモチボム用の中和剤を取り出し、振りかけた。
「ありがとうございます。村はこっちです」
中和剤の効果でトリモチから解放された彼は、うやうやしく頭を下げると、先頭に立って歩き出した。
どうやら、わざとそうしているわけじゃなく、元々そういう性格らしい。うーん、本当に礼儀正しいのね。
「メイさん、早くついて行きましょう」
無警戒にその後をついていくフィーリに、「ちょっとフィーリ、知らない人にホイホイついていっちゃ駄目なのよ?」と諭すも「大丈夫ですよ。あの人、エルフ族ですし」なんて言葉が返ってきた。
「エルフ族?」
見てみると、あたしたちの前を行く青髪の青年は耳が異様に長く、尖っていた。おお、これがファンタジーでお馴染みのエルフ族。森の民。
「エルフ族は基本、良い人たちですし」
言って、微笑む。よくわかんないけど、この世界ではそれが常識らしい。
そんなものなんだと納得しながら、あたしは出しっぱなしになっていた万能テントをバッグにしまい込むと、青年の後について歩き出した。
○ ○ ○
「着きました。ここが私の村です」
そして青年に案内された先に、小さな集落があった。迷いの森の中に集落ぅ? なんて、最初は信じられなかったけど、本当にあるもんなのね。
「申し訳ありませんが、初めて村を訪れた時は長老へ挨拶をするのが習わしなのです。こちらです」
言って、青年はさらに歩みを進める。それについていくと、村の中心に大きな建物があった。
「夜分遅くに失礼します」と言って扉を開ける青年に続き、あたしたちもその中へ足を踏み入れた。
「狩りの途中で迷い人を見つけました。女性二人です」
これまたうやうやしく頭を下げながら青年が言う。迷い人?
「これはこれは。道中ご苦労様でした。ようこそ、エルフ族の村へ」
笑顔で言うのは、部屋の中にいた金髪の青年。この人が長老? めちゃくちゃ若く見えるんだけど。
「えーっと、あなたが長老様ですか?」
自己紹介をしてから改めて尋ねると、「そうですよ」と、言葉が返ってきた。爽やかな笑顔で、絵に描いたような優男。長老ってくらいだし、立派なひげを蓄えたお爺ちゃんを想像してたんだけど。
「一応、この村の最年長者ですからね。こう見えて、今年で250歳になります」
「うわぁお」
直後、あたしとフィーリの声がハモった。250歳? どう見ても二十代前半にしか見えないんだけど。
「ところで、そちらは魔法使い様でしたか。こんな場所に迷い込むとは災難でしたね」
あたしたちが驚いた顔をしていると、長老はフィーリの方を見ながら言う。うへぇ、こんな場所でも魔法使いは歓迎されるのねー。
「そして錬金術師様とはこれまた珍しい。素材の採取中に迷い込みましたかな?」
「へっ? 長老様、錬金術師を知ってるの?」
それに続く言葉が予想外で、あたしは変な声が出た。思わず聞き返すと、「ええ。もっとも、この村に錬金術師が訪れるのは数十年振りですが」とのこと。
やっぱり、錬金術師は素材を求めて、この森に入っちゃうものなのねー……って、うん? 数十年前?
「あのー、その錬金術師ってもしかして、ルメイエって名前だったりしません?」
「その通りです。お知り合いですかな?」
「えーっと、知っているような、知らないような……」
自分でその名前を出しておいて、返答に困った。錬金術師の隠れ里では色々あって、勝手に親近感を持っていたけど、特段知り合いというわけじゃない。
「それにしても、魔法使いと錬金術師……犬猿の仲と言われるお二人が行動を共にしているとは驚きですね」
あたしが言葉に詰まっているのを察したのか、長老様はさらっと話題を変えた。
その質問に対して、あたしはフィーリを見ながら、「まぁ、スローライフ仲間って感じ?」と答えた。彼は首を傾げ、よくわかっていない様子だった。
……エルフ族は長命だって話だし、見た感じ十分スローライフを堪能してそうだけどさ。
……その後、この村に辿り着いた経緯を説明すると、「それは大変でしたね。今日は流石に遅いですし、この家に泊まっていってください」と言って、部屋を用意してくれた。
万能テントもあるけど、せっかくの厚意だし、あたしたちは甘えることにした。
ある意味拠点ができたようなものだし、おかげでしっかり腰を据えて、迷いの森からの脱出方法を考えられそう。
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