第八話『迷いの森にて』



 あたしは旅する錬金術師メイ。


 三日月島から戻った後、ふと森の素材が欲しくなって、フィーリと一緒に大森林と呼ばれる場所へと足を運んでいた。


「メイさん、また同じところに出ましたよ?」


「あははー、本当ねー」


 ……そして、あたしたちはバッチリ道に迷った。


「んもー! どーするんですか!? もうすぐ日が暮れますよ!」


 フィーリは地団太を踏む。うー、そんなこと言ったって、まさか本当に迷いの森だなんて思わなかったのよ。


「『この先、迷いの森。立ち入り禁止』って立派な看板があったじゃないですか! なんで無視したんです!?」


「いや、迷いの森とかテンプレ過ぎだし、万能地図があるから何とかなるかなーって思ったんだけど」


「現に迷っちゃってるじゃないですか!」


「面目ない……」と返事をしつつ、あたしは手元の万能地図に視線を落とす。辛うじて自分たちの周辺は表示されているものの、そこから少し離れた場所はまるでモヤがかかったかのようになって、うまく表示できない。森に入る前はちゃんと使えてたのに。


 と言っても、あたしたちもただ森の中を彷徨っていたわけじゃない。絨毯に乗って脱出を試みたり、属性媒体とフィーリの魔力にものを言わせて森を焼き払ってみたり、転生仲間で怪鳥のリマちゃんを呼び出そうとしてみた。たけど、どれも結果は芳しくなかった。


 絨毯に乗って森の外に出たと思ったら、光に包まれて今いる場所……この大きな木の前に戻されるし、リンクストーンは応答なし。


「なにより、フィーリが全力で焼き払った森がすぐに再生するとか絶対おかしいでしょ」


 あたしは怒りを込めて、目の前にあった木の根を蹴る。つま先に鈍い痛みが走っただけで、状況は何も変わらない。


 珍しい植物があるから入ってみな……なんて、通りすがりの商人の話を鵜呑みにして無計画に飛び込んだことを、あたしは激しく後悔していた。


 いや、確かに珍しい素材多かったけどさ。外に出られないとなると話は別。本当にどーなってんのかしら。


「あーもう、うじうじ考えてても仕方ない! 今日はもう休みましょ!」


 いくら考えても埒が明かないので、あたしは叫び、容量無限バッグから万能テントを引っ張り出した。幸いなことに、この森は開けた場所が多く、魔物も居ないので安全な野宿ができそう。


 ○ ○ ○


 テントの中に入ると、あたしたちは夕飯の準備に取り掛かる。


「それじゃ、今日も料理当番じゃんけん、やるわよ!」


「はい! 今日こそ勝ちます!」


 そして始まったのが、この日の夕食当番を決めるじゃんけん。この世界にじゃんけんは存在しなかったので、フィーリにはあたしが教えた。公平に勝負をつける、究極の方法として。


「じゃーんけーん!」


「ぽん!」


 同時に振り下ろされた手は、あたしがパー。対するフィーリはグー。この勝負、あたしの勝ち。ふっふっふ。これで15連勝!


「むー、また負けました……」


 フィーリは自分とあたしの手を交互に見て、がっくりと肩を落とす。じゃんけんは公平に勝負できるけど、フィーリは何を出すか顔に出やすいのよね。今日はグーだ! って顔してたし。


「ルールはわかってますが、硬い石を紙で包んで勝つというのは変ですよ。硬い石なら、紙なんて簡単に貫けるはずです」


「負け惜しみ言わない。必要な食材があったら出すから、頑張って」


「……メイさんの作るごはん、わたし好きです」


「キラッキラの笑顔で言っても代わってあげないかんね。よろしくー」


 あたしはひらひらと手を振って、ソファーへと向かう。


 フィーリは年の割に料理が得意。普段、あたしは錬金術でしか料理を作らないから、彼女のために調理器具を用意してあげたほど。


 ……もしかして、奴隷時代に培った腕なのかしら。美味しくなかったら買主さんに怒られるから、必死に上達した……とか。


 そんな考えが浮かんだその時、「今日はメイさんの嫌いなキノコ料理のフルコースにしますね!」なんて声が飛んできた。ちょっと、それだけはやめて。


 ここは森だし、新鮮なキノコはたくさん生えてたけど! あたし、キノコだけは駄目なの! 料理に入ってたら、こっそり除けるんだから! それのフルコース!? 本当に勘弁して!


 ○ ○ ○


「うんうん。今日も上手にできましたー」


 やがて、ニコニコ顔のフィーリが運んできたのは、キノコのパスタにキノコソテー、キノコ入りのオムレツ、そしてキノコのスープ。冗談じゃなく、本当にキノコ料理のフルコースだった。ひーん。


「それでは、冷めないうちに食べましょう!」と言うフィーリとは対照的に、あたしが食欲が湧かなかった。それを察したのか、「メイさん、好き嫌いはいけませんよ?」と勝ち誇った顔で言う。


 10歳の女の子に言われてしまったら、言い返すこともできない。お、おのれぇ。


 あたしは気乗りしないまま、フォークを手に取る。大嫌いなキノコ尽くしだけど、せっかくフィーリが作ってくれたんだし、食べないと。


「いただきます」


 挨拶をして、一番大丈夫そうなオムレツから口に運ぶ。


 ……おお、オムレツ自体はふわとろ。火加減が絶妙。キノコ以外は美味しい。究極の錬金釜で作った究極のフライパン、ちゃんと仕事してるじゃない。


 あたしが苦手なのはキノコの食感なので、味が染みてるのは何とか我慢できる。キノコそのものを食べるしかないソテーはスルーして、次にパスタを口に運ぶ。これも唐辛子とニンニクが効いて、ペペロンチーノみたいで美味しい。キノコ以外は。


 フィーリって、やっぱり料理うまいのよねー。意外な才能っていうか、魔法使いじゃなくて、そっちの道に進んだらいいんじゃない? ちょっとスローライフからは離れるけど、人気出そうなのに。


「メイさん、ごはん食べたら、お風呂の用意をお願いしたいです!」


「いいわよー。今日は歩き回ったし、しっかり疲れを取りましょー」


 ○ ○ ○


 食事を終えた後、あたしは約束の通り、お風呂の準備をする。


 と言っても、万能テントの中にバスタブを設置するわけにはいかない。水浸しになるしさ。


 幸いにもここは迷いの森。誰かが通りかかることもないし、露天風呂気分を楽しみましょ。


「……これこそまさに森林浴。なんちゃって」


 鬱蒼と生い茂る森に向かってそう言い、あたしは容量無限バッグからバスタブを引っ張り出すと、その蛇口をひねる。すぐにちょうど良い温度のお湯が出てきた。


「……この水道、元はどこにも繋がってないんだけど、なんでお湯が出るのかしら。本当に不思議」


 そんな疑問が浮かんだけど、そこはまぁ錬金術の神秘ってことで。大森林の中でお風呂に入れるなんて、感謝感謝。




 ……それからリンスインシャンプーやタオルも用意して、入浴の準備完了。


「フィーリ、お風呂沸いたわよー」と声をかけると、待ってましたと言わんばかりにテントから飛び出して、素早く服を脱ぎ、バスタブに飛び込んだ。


「ひゃーー! ちょっと! まずは先に身体洗うのが作法だって教えたでしょ!」


 盛大なお湯しぶきをあげた後、ぷかっと頭だけ浮かべて、「てへへ、そうでした」と苦笑する。いーから出てきなさい。洗ったげるから。


 言って、あたしもさっさと服を脱ぐ。思いっきりお湯被っちゃったし、こうなったら一緒に入ろ。





「うー、メイさん、痛いんですけど」


「ふっふっふー。夕飯をキノコ尽くしにされた恨みは恐ろしいのよ。全身、ピッカピカになるまで洗ってやるから。こいつめ! こいつめ!」


「ひーん」


 ……わっしゃわっしゃとフィーリの全身を洗ってあげながら、今後について考える。


 色々と試してみて、普通の方法じゃこの森からは脱出できないとわかった。飛んでも駄目だから、この森のどこかに空間を捻じ曲げるような装置があるのかもしれない。明日はそれを探し出さないと。


「メイさん、もういいですよ。湯船、入りたいです」


 考察を重ねていた矢先、フィーリがあたしの方を振り返りながら泣きそうな顔をする。


「まーだ。次は髪の毛。フィーリってば、せっかく綺麗な髪してるんだから、しっかり手入れしなきゃ」


 お湯に濡れて一層映える銀髪に手櫛をして、リンスインシャンプーを泡立てる。本当に綺麗よねー。


「それなら、メイさんも髪、伸ばしてみたらどうですか?」


「髪質の問題だし、伸ばしたって変わらないわよー。転生前もショートカットだった、し……?」


 ……その時、暗闇の中に謎の気配を感じた。え、まさか魔物? 日中、全く出会わなかったのに?


 思わずそのまま固まっていると、目の前の草をかき分けて、一人の青年が姿を現した。


「ぎゃーーー!」


 その青年の目が大きく見開かれたと同時、あたしとフィーリは同時に叫んで、バスタブに飛び込んだ。うそ!? 人がいた!?


 っていうか、見られた!? 暗かったけど、たぶん見られたわよね!? うえぇーーん!

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