第五話『フィーリのアルバイト大作戦!?・その①』



「お客さま、いらっしゃいませー!」


納品用のチョコの実を持ってカフェにやってきたところ、何故かフィーリが出てきた。しかも、メイド服姿で。


「ちょっとフィーリ、あんた、なにやってんの」


「アルバイトです! お小遣い、少ないので!」


 ……それ、お小遣い渡した本人の前で言う? 本当、毒舌よね。


「お客さん全然入ってないけど、このカフェ、時給いいの?」


「はい! 一時間10フォルです!」


「ちょっと店長呼んでーー!」


 あたしは思わず叫んでいた。時給10フォル!? いくらなんでも安すぎでしょーー!


 ○ ○ ○


「まったくもーー! 相手が子どもだからって時給安すぎでしょ! マスター、聞いてる!?」


 店の奥から出てきたちょっと強面のマスターに、あたしは真っ向から立ち向かっていた。最低賃金導入せんかい!


「いやー、すまんすまん。突然、『いくらでも良いので雇ってください!』とやって来られてね。うちの店はご覧の有様だから、とても人を雇う余裕はなくて。冗談のつもりで時給を提示したんだが、そのまま了承されてしまうとはね……」


 マスターは無人の店内を見渡して、困った顔をする。見た目はちょっと怖いけど、すごく物腰の柔らかい人だった。続けて「こちらも雇った以上、賃金は後できちんとした金額を支払おうと思っていたんだ。本当だよ」とも説明してくれた。


 それから交渉を進めたところ、フィーリの時給は150フォルになった。まぁ、妥当な額じゃないかしら。というか、フィーリも元奴隷だから金銭感覚がズレてるの? その辺の教育、してなかったかも。


「ところで、お嬢さんはどうしてこのお店に? まさか、本当にお客さんですかな?」


 マスターは期待を隠さずに言う。あー、残念だけど違うのよねー。


 あたしはフィーリの保護者であることと、冒険者ギルドからの使いでやってきたことを伝える。それで合点がいったのか、マスターは「ああ」と声をあげた。


「依頼していたチョコの実、入手できたんだね」


 嬉しそうに言って、木箱を差し出してきた。これに入れてくれってことかしら。いやいや、いくらなんでも無理なんだけど。


「さすがに数が多いから、もっと大きな箱ない? もしくは、倉庫とかさ」


「……と、言うと?」


 あたしの言葉を聞いたマスターは目をぱちくりさせる。あれ、なんか話がかみ合わない?


「えーっと、チョコの実、全部で20個納品……って聞いてきたんだけど?」


 言いながら、あたしは容量無限バッグから次々とバスケットボール大のチョコの実を取り出す。すぐに置き場所がなくなってしまった。


「え、20個? 確か、こっちは2個とお願いしたはずだが……」


 カフェの床に所狭しと並ぶチョコの実を見ながら、マスターが悲痛な表情を浮かべる。あー、もしかして誤発注ってやつ?


「あのー、この大きな木の実、何に使うんですか?」


 フィーリが近くにあったチョコの実を軽く蹴りながら言う。ちょっとやめなさい。見た目それっぽいけど、ボールじゃないから。食べ物だから。


「ああ、この店は見ての通り、お客さんがいないだろう? だから、チョコの実を使ったスイーツを売り出して、お客さんを呼び込もうと思ったんだ」


 ひょいっと木の実を持ち上げ、しげしげと眺める。そして、「弱ったな。このサイズだと、一つでミルクチョコラテ50杯分は作れる。チョコの実は足が早いし、全部使い切るなんてとても……」と、頭を抱えていた。


 一つから50杯作れるなら、このチョコの実を全部消費したら1000杯分? この島自体は観光客で賑わってるけど、この店の状況からして、数日中に全部売れるなんて思えない。


 チョコの実を保存するという意味なら、容量無限バッグに素材として納めておけば腐食は進まない。理由はわからないけど、チートアイテムだしさ。


 2個だけマスターに渡して、残りはあたしが買い取る? でも、この店の経営状況からして、更にお金を取るわけにも……。


「大丈夫です! きっとメイさんがなんとかしてくれますよ!」


「はぁ!?」


 思案を巡らせていたその時、フィーリから唐突に指名され、あたしは素っ頓狂な声を出してしまった。


「メイさんは有名な錬金術師なんです! きっと、お店も大繁盛間違いなしですよ!」


 ちょっとちょっと。フィーリ、なに言っちゃってんの。


「レンキンジュツシ……どういうものか知らないが、頼む。力を貸してくれ。この通りだ」


「えぇー……」


 両膝をついてから、深々と土下座された。この世界、土下座の文化が根付いてる土地多いわよね。罪悪感半端ないから、やめてほしいんだけど。


「わ、わかったわよ! わかったから、大の男が土下座はやめなさい!」


 あたしは叫んで、マスターを無理矢理引き起こした。あーもう。どれだけ力になれるかわからないけど、やったげるわよ。


 ○ ○ ○


 その後、あたしはカフェの床に錬金釜を設置し、近くのテーブル席に座ってレシピ本とにらめっこしていた。


 探しているのは、チョコの実を大量消費できるレシピ。マスター曰く、チョコを使ったドリンク系のメニューは何種類か作れるらしいけど、それってお客さん一人が何杯も飲むものじゃないし。チョコクッキーとか、チョコレートケーキとか、良い感じの料理が載ってないかしら。


「お」


 パラパラとレシピ本をめくっていると、とあるレシピが目に留まった。


「チョコレートアイスかぁ……いいかも」


 この島は常夏の島。冷たいドリンクもいいけど、それ以上に冷たいアイスとかあったら、大評判になったりして。


「よし決めた。チョコレートアイス作ろう」


 あたしは椅子から立ち上がって、容量無限バッグを漁る。必要素材はチョコの実と、砂糖、牛乳、そして氷……。


「……あれっ?」


 チョコの実は言わずもがな、砂糖もあるけど……牛乳と氷がない。思えば、これまでどこかで牛乳を搾った覚えもないし、雪国に行った記憶もない。


 まさかの素材不足。あー、いきなり頓挫しちゃったなー……なんて考えつつ、代替案を探す。小麦はあるから、チョコクッキーにしようかしら。


 思い立ったがなんとやら、ちゃちゃっと調合。すぐに錬金釜から立派なチョコクッキーが吐き出された。一つかじると、十分に美味しい。


 ……だけど、しっとり感が足りない気がする。美味しいのだけど、正直に言えば業務用。喉が渇く。


「うーん、何かないかしらねー」


「色々と悩ませて悪いねぇ。まぁ、これでも飲んでよ」


 首を傾げながら再びレシピ本に視線を戻した矢先、マスターが目の前のテーブルにグラスに入ったココア色の飲み物を置いてくれた。


「マスター、これは?」


「当店自慢のミルクチョコラテだよ。チョコの実の中味に、砂糖と牛乳を加えた飲み物さ」


 お礼を言って口をつけると、チョコレートの芳醇な香りと甘さが口の中に広がった。これ、まんまアイスココアだわ。まさに女の子の飲み物。疲れた頭と体に染みわたるぅ。


「あー、おいしー」


 自然とそんな感想を口にする。向こうの席では、フィーリも同じものを飲んでご満悦の様子。これ、女の子は絶対好きな味よね。


「……って、マスター、さっき牛乳って言った? この島、牛乳あるの?」


「ああ、裏で牛を数頭飼っているよ。暑いとミルクの出が良くてね」


 なんて言って、マスターは大きなミルクポットを見せてくれた。普通、暑いとミルクの出って悪くなるもんじゃないっけ? 異世界だから、暑いと元気になる牛とかいるのかもしれないけどさ。


「ちょっと案内してもらっていい?」


「いいとも。こっちだ」


 あたしはマスターに案内されて、カフェの裏口から外に出る。そこには小さいながら立派な牛舎があって、三頭の牛が飼われていた。うそぉ。


「この子たち、まだミルク出る?」


 そう尋ねると、「出るとも。ちょっと待っておくれ」と言い、彼は搾乳道具を取りにカフェに戻っていった。


 まさか、こんなところに牛がいるなんてねー……なんて驚きつつも、あたしはその後、大量のミルクをゲットすることに成功したのだった。


 よーし、チョコレートアイスへの道、一歩前進! これで残るは氷だけよ!

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