第四話『常夏の島にて・その②』



「えーっと、依頼依頼……」


 フィーリを見送った後、あたしは宿屋の亭主に場所を聞いて、冒険者ギルドにやってきた。


 ギルド前に設置された依頼掲示板は、それと同じものが世界各地にあって、薬の納品から魔物討伐まで、地域性に富んだ様々な依頼が掲載されている。その依頼をこなして報酬を得るのが、あたしの仕事。


 「納品の依頼とか、錬金術で作ればあっという間だしねー」


 そんな独り言を口にしながら、掲示板を眺める。観光地ということもあって、あたし以外に掲示板を見る人間はいない。そりゃ、皆遊びに来てるわけだし。


 だからこそ、フリーランスな錬金術師のあたしにとっては稼ぎ時なわけで……お。



『スイーツ用のチョコの実の納品。詳細は冒険者ギルドまで』



 その矢先、良い感じの依頼を見つけた。


 チョコの実って何かしら。スイーツに使うって書いてあるし、もしかしなくてもあのチョコ?


 あたしの脳内に、カカオの実がそのままイメージとして浮かんだ。いかにも甘そう。


「詳細は冒険者ギルドまで……って書いてあるし、ちょっと話を聞いてみますか」


 言って、あたしは依頼書を掲示板から引きはがすと、そのままの足で冒険者ギルドへと向かった。


 ○ ○ ○


「すみませーん、この依頼について聞きたいんですけど」


 冒険者ギルドに乗り込むと、目の前のカウンターにいた受付の女性に声をかけ、依頼書を見せる。


「こちらの依頼ですか。ええ、単純にチョコの実の納品になります。必要数は20個で、報酬は10000フォルになりますね」


「え、10000フォル!?」


 思わず聞き返した。たかが木の実の納品にしては、報酬が多すぎるんじゃない?


「はい。チョコの実の収穫は危険を伴いますので。報酬としては、これでも少ないほうかと」


 危険を伴う? この、いかにも甘そうな名前の木の実が?


「あの、もしかしてその木の実、ものすごい所に生えてたりするんです? 崖の途中とか、海の底とか」


「いえ、すぐそこの浜辺に生えています。ご案内しましょうか?」


 受付の女性は平然とした顔で言う。収穫に危険が伴う木の実が、浜辺に? どういうこっちゃ。


 あたしは半信半疑のまま、「案内してくれるのなら、よろしくお願いします」と答えた。百聞は一見に如かず。どんな所に生えてるのか、見てみましょ。


 ○ ○ ○


「あれがチョコの実になります」


「ほっほー」


 浜辺に案内されたあたしは、女性が指差す先を見て唖然となった。


 あたしの遥か頭上、ざっと20メートルくらいの木の上に、木の実が生っていた。あれって、浜辺によく生えてるヤシの木よね。


 ……嘘でしょ。あれがチョコの実? どう見てもヤシの実なんだけど。あれを採るの?


「ここからだと小さく見えますが、あの実、大きいんですよね?」


「そうですね。これくらいですか」


 言って、胸の前で丸い形を作る。バスケットボールくらい? 大きいわねー。


「それを20個採るの? うーん、骨が折れそうね」


「いえ、落ちたら骨が折れるくらいでは済みませんが」


 思わず口に出すと、女性が冷静な声で返してきた。言葉のあやだから気にしないで。


「あー、木を登らないと採れそうにないし、やっぱりその手の事故多い?」


「はい。転落事故も多発しています。先月の死者は3名です」


 なによそれーー! 滅茶苦茶危険な仕事じゃないの――!


「女性でこの依頼を受けるのは貴女が初めてですし、やっぱり辞退されます?」


 あたしの顔色が変わったのに気づいたんだろうか、女性がそう言って苦笑する。


 ……少し悩んだけど、あたしはこの依頼を受けることにした。ここで逃げたら錬金術師の名折れ。やってやろうじゃないの。


「そうですか。報酬に死亡保険は含まれていませんので、後は自己責任でお願いしますね」


 女性は意味深な言葉を残し、去っていった。死亡保険? そんなのあるの?




「それじゃ、始めようかしらねー」


 あたしは腕まくりをして、巨大なヤシの木……じゃない、チョコの木に対峙する。


 色々な採取方法を考えたけど、まずは手っ取り早く、登って採ることにした。


「というわけで、いでよ! 飛竜の靴!」


 上下への移動なら抜群の機動力を有する飛竜の靴を装備して、あたしは木の幹を駆けあがる。


 あっという間に実のある場所まで到達し、そのままの勢いで踵落としをぶちかます。よっし、落ちた!


 ……直後、ぐっしゃあ、なんて音がした。


「あ」


 グライドしながら地面を見ると、落下した木の実がきれいに割れていた。


 ……忘れてた。ここは地上20メートルの高所。いくら堅そうな実でも、この高さから落ちたらひとたまりもない。


「うあー、やっちゃったー」


 思わず呟いて、速やかに地上へ戻る。すると、そこにはおぞましい光景が広がっていた。


 いやーー! 割れた実の裂け目から、ドクドクと茶色い液体があふれ出してるーー!


 見た目は完全にヤシの実だから、ギャップが凄い。何この茶色い液体。今更ながら、異世界怖い!


「……って、あれ?」


 その時、漂ってきた香りに少し冷静になる。なんだかチョコっぽくない?


「これって、もしかして……」と、恐る恐る舐めてみる。あ! 全く甘くないけど、普通にチョコだ! すごい!


 カカオ豆みたく、色々な加工が必要だと勝手に思ってたけど、まさかの中味が直接チョコレートだった。前言撤回。まさに異世界の神秘!


 ○ ○ ○


 その後、落ちて割れちゃったチョコの実は素材として容量無限バッグに回収し、本格的な採集作業を始めた。


 今度は間違っても実を落とさないように、空飛ぶ絨毯に乗って慎重に作業を行う。


 あたし一人だと日が暮れそうだったので、自律人形たちにも手伝ってもらった。液体金属でできた彼らは、うにょうにょとへばりつくように木を登り、腕をナイフのようにして実を切り落とす。落下したチョコの実は地上にいる別の自律人形がしっかりと受け止める。さすが、手際が良い。




「よーし、これで20個目! あんたたち、ありがとー」


 自律人形たちの協力もあって、それから一時間もしないうちに採集作業は終わった。


 むしろ、あたしの方は手持ち無沙汰になる時間もあったので、浜辺を歩いて貝殻や星の砂といった素材の回収もできた。満足満足。


 ○ ○ ○


「納品依頼達成です。お疲れ様でした」


 容量無限バッグにチョコの実をしこたま詰め込んで冒険者ギルドに戻り、納品を済ませる。


 受付の女性は淡々と事務作業をしていたけど、「まさか一時間で終わらせてくるなんて」と、一瞬だけ驚愕の表情を見せたのを、あたしは見逃さなかった。ふっふー。どんなもんよー。


「……あれ? 500フォル多い?」


 受け取った報酬を確認していると、金額が僅かに多いことに気がついた。支払いミスなのかしら?


「……ところで、一つお願いがあるんですが」


 不思議に思っていると、受付の女性が笑顔で声をかけてきた。はて、お願いとは?


「このチョコの実の納品依頼、実は冒険者ギルドの裏手にあるカフェからなんです。配達料をお支払いするので、持って行ってくれませんか?」


「さすがに量が多くて」と、受付の女性は続けた。品物の確認のために容量無限バッグから出してるけど、バスケットボール大のチョコの実20個。さすがにカウンターに乗り切れず、そのほとんどが床に転がっている。


 裏手で近いとはいえ、これだけの数を配達するのは大変そう。


「いいわよー。なんてお店?」


「ありがとうございます。三日月カフェというお店です。看板が出ているので、すぐにわかるかと」


「りょーかい。それじゃ、ちゃちゃっと運ぶわねー」


 あたしは言いながら、外に出していたチョコの実をバッグへしまう。このバッグに入れれば重さなんて関係ないし、500フォル儲けたようなものよねー。


 ○ ○ ○


 冒険者ギルドを出てその裏手に回ると、寂れた路地に出た。その細い通りを見渡すと、『三日月カフェ』と書かれた古い看板が見えた。


「ここで間違いなさそうだけど、ずいぶん年季が入ってるわねー」


 ガラス越しに店内を見渡すも、お客さんの姿はない。個人的には落ち着きのある店内だし、好みだけど。


「こんにちはー。えーっと、冒険者ギルドからやってきましたー」


 からんからん、と入店を知らせる鐘の音を響かせて、あたしはカフェに足を踏み入れる。しばらくして、奥からパタパタと足音が聞こえてきた。


「お客さま、いらっしゃいませー!」


 そして飛び出してきたのは、メイド服を着たフィーリだった。超絶笑顔でお出迎えしてくれてるけど、あんた、なにやってんの?

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