第三話『常夏の島にて・その①』


「やっとついたわねー」


 他の乗客と一緒に島へ上陸し、思いっきり背伸びをする。人が多かったせいか、体がガチガチだった。


 今更だけど、これだけ人が多いのなら船を諦めて、そのまま絨毯で海を突っ切れば良かったかも。


 ほうき乗りのフィーリは疲れるだろうけど、万能地図にはナビゲーション機能だってあるんだし。今回より快適な旅ができたと思う。


 ……フィーリの社会勉強ってことで、行きの船賃は諦めるけど、帰りは絶対絨毯に乗って島を出よう。


 そんなことを考えつつ、あたしたちは港を出て、島のメインストリートへ向かった。


 ○ ○ ○


「あの、なんだか暑いんですけど」


 メインストリートを歩いていると、フィーリが額の汗をぬぐいながら言う。


 あたしも思わず胸元に風を送りながら、「本当ねぇ……」なんて返事をする。思わず空を見ると、雲一つない青空の中、太陽が憎たらしいくらいにさんさんと輝いていた。


 異世界の気候はよくわからないけど、この島に来たら急に夏になった。いわゆる常夏の島、ってことかしら。


「でも、お土産屋さんがすごいですよ」


 そんな暑さの中、前を行くフィーリが声を弾ませる。


 メインストリートはその両サイドに出店や露店がびっしり。いかにも観光地! って感じで、貝殻を使ったアクセサリーや土産物がたくさん売られていた。あれ、原価ってほとんどタダみたいなもんだし、ボッタクリよね。


 むしろ、素材としての価値の方が高いんじゃないかしら……なんて、錬金術師的な考えをしてしまう。後で浜辺に行ったら、貝殻拾っとこ。


「フィーリ、まずは宿探しよ。買い物はその後」


「はーい。わかってますよぅ」


 明らかにトーンの下がった返事を聞き流し、宿屋を探す。寝泊りするなら万能テントもあるけど、それは最後の手段。こういう場所では、できるだけ地元の宿に泊まらなきゃ。


「お、ここなんていいんじゃない?」


 そこから路地を数本入ったところに、小さな宿があった。一応看板が出てるから、やってるんだとは思う。


「ごめんください」


 扉を開けて中に入ると、奥のカウンターで新聞を読んでいた初老の男性が顔を上げた。この人が宿屋の亭主ね。


 そんな彼が「客か。珍しいな……」と呟いた直後、目を見開いた。


「こ、これは魔法使い様。こんな宿を選んでくださるとは」


 そう言う亭主の視線はあたしではなく、その後ろのフィーリに注がれていた。えー、ここでも魔法使い?


「あのー、宿泊予約をしたいんですけどー」


「は、はいはい。こちらの宿帳に記入をお願いします」


 先程までとは明らかに態度が変わった亭主は、うやうやしく宿泊台帳をあたしに渡してきた。たぶん、あたしのことを魔法使いの従者と思ってるんだろう。


 微妙な空気の中、あたしは数日間の宿を取る。代金は二人で一泊500フォル。観光地としては破格。きっと亭主が忖度してくれたのね。主にフィーリに。


 ……船の時から思ってたけど、やっぱりフィーリに魔法使いの格好させとくのは問題ね。その、ちやほやされ過ぎると言うか、教育上よろしくない気がする。


 ○ ○ ○


 ……というわけで、部屋に荷物を置くやいなや、新しい服を調合してフィーリを着替えさせた。


 袖のところに海の波をイメージした青い刺繍が入った、太陽に映える白いワンピース。我ながらよくできたと思う。作ったのは錬金釜だけどさ。


 お手製の三角帽子も預かったし、これでどこにでもいる普通の女の子だ。そう簡単に魔法使いだと気づかれることもないはず。


 着替えさせたのは、決してこれ以上魔法使いが優遇されるのを見ていられなかったわけじゃない。そう、島は陽射しが強いし、涼しい服を用意してあげた。それだけだから。


「むー、動きやすくなったのは嬉しいですが、スカート短いです。ほうき乗る時困ります」


「狭い島だし、移動にほうきを使うこともないわよ。それより、トークリング持った?」


「はい。つけてます」


 言って、フィーリは左手をひらひらさせる。その手首には、金色に輝く細い腕輪があった。これがトークリング。


 以前作ったリンクストーンを素材に調合したトランシーバーみたいなもので、同じものを持っていれば、腕輪を通じて会話ができる道具。


 もちろん通話距離に限界はあるけど、個人間の連絡手段としては十分だと思う。


「オッケー。もし何かあったら、それですぐに連絡しなさいよ」


「わかってますっ」


 今にも外に飛び出して行きそうなフィーリを押しとどめつつ、念を押す。


 基本、旅先で宿を決めた後は自由行動。お互いの行動に縛られず、好きなことをする。それがあたし流のスローライフ。


 フィーリにもそれを実践してもらってるんだけど、万一のことを考えて、このトークリングを渡してるわけ。


「それでその、今回のお小遣いは……?」


 フィーリは一転、もじもじしながら聞いてきた。んー、どーしよーかしらねー。


「じゃあ、この街でのお小遣いは2000フォルね」


「……メイお姉さま、もうちょっと」


「だーれがお姉さまよ。だーめ。それ以上欲しかったら、自分で稼ぎなさい」


「ちぇー」と、フィーリは口を尖らせる。ちなみにうちはお小遣い制。与える資金は最低限。


 スローライフはそもそも、緩急をしっかりつけた生活のことで、仕事と遊びのメリハリが大事。


 その一環として、フィーリにはアルバイトを許可してる。自分のお金は自分で稼ぐのが、あたし流スローライフの鉄則。


「それじゃ、行ってらっしゃい!」


「むー。いってきまーす」


 不服そうにするフィーリを「夕飯までには戻るのよー」なんて言って送り出す。あの子は奴隷生活を送ってたこともあって、見かけの割に逞しいし、あたしがその気になれば万能地図で居場所も分かる。まぁ大丈夫でしょ。


「さーて、あたしも着替えて、依頼掲示板でも覗いてみようかしらねー」


 容量無限バッグから錬金術師の服(夏用)を取りだしながら、あたしも自分の予定に考えを巡らせたのだった。


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