第二話『新たなる旅立ち』



「ほら早く! 時間がないわよ!四十分で支度しなさい!」


「は、はいー!」


 旅立ちの日。あたしたちは朝からバタバタしていた。というか、結局このセリフ言う羽目になったじゃないの!


 ……ちなみに朝からこれだけ急いでいる理由は、船の時間にあった。


 それこそ、ネットも電話もない異世界。船の時間を調べる手段なんて皆無だけど、まぁなんとかなるだろうと高を括っていたら、早朝に衝撃の事実がもたらされた。


 その情報源はご近所さん。曰く、あたしたちが向かう予定の島への定期便は、朝と夕方の二本しか出ていないというのだ。つまり、朝の便に乗り遅れたら大幅なタイムロスになる。


「こうなったら、諦めて夕方の船にしませんかー?」


「諦めたらそこでスローライフ終了よ! ほら、急いで! 昨日から準備してたんじゃなかったの!?」


 半分諦め顔のフィーリの背を押して、彼女の部屋へ走る。ベッドの上に、開きっぱなしのトランクが置かれていた。


「うわ、全然進んでないじゃない」


「だって、入りきらないんです」


 頭を抱えるフィーリに並んで、あたしも一緒に荷造りをする。


 思えば、あたしにはチートアイテムの容量無限バッグがあるし、旅の荷物なんて考えたことがなかった。だって、基本全部持って行けるんだもの。


 しかもフィーリの服は基本、魔法使いのローブが中心。いやー、かさばるのなんの。


「あー、この服はいらないわよ。こっちも。ローブは三着までにしときなさい。歯磨きセットはあたしが持ってるから」


 あーだこーだ言いながら荷物を減らし、ぎゅうぎゅうとトランクに納める。よし。なんとかなった。


 てゆーか、なんかあたし、おかーさんみたいね。


 ○ ○ ○


「お待たせしました! 出発しましょう!」


「ちょっと待ちなさい。ストップ」


 ほうきの先にトランクを結び付け、今にも外に飛び出さんとするフィーリを慌てて制止する。そのボサボサ頭のまま出発するつもり?


「出発前に髪結ってあげるから、そこに座りなさい」


 言って、部屋の鏡台の前にフィーリを座らせる。そして勝手に動くブラシでその細くて長い銀髪を梳いてから、髪を結う。


「あーもぉ、髪質柔らかすぎ。三つ編みできないじゃないのぉ」


「メイさん、ヘタクソですね!」


「うーっさい」


 この子ってば、黙ってれば見た目はすごく可愛いのに、どーしてこんなに毒舌なのかしら。


 ……結局、梳かすだけで全く纏まらなかったので、速攻で服とお揃いの三角帽子を調合して、その頭に被せて誤魔化した。まぁ、ないよりマシでしょ。




 その後、あたしも出発準備を終えて表へ出る。戸締りも確認したし、防犯用の自律人形も配置した。元々治安は良い街だし、これで大丈夫のはず。


「よーし、戸締りオッケー」


 指差し確認をして、あたしは空飛ぶ絨毯に腰を落ち着ける。その少し後ろでは既にフィーリがほうきに跨っていた。彼女もすっかり離陸準備万端みたいね。


「それじゃ出発よ。飛ばすから、しっかりとついてきなさい!」


「はい!」


 二人してある程度の高さまで浮かび上がると、そこから一気に加速。ちらりと後ろを見ると、フィーリもしっかりついてこれている様子。


 あっという間に街を抜けて、海沿いの街道を眼下に見ながら進む。仲間だと思ったのか、海鳥が寄ってくる。普段ならのんびりと並走するところだけど、今日はそういうわけにはいかない。


 鳥よりも速く空を飛んでいると、やがて岬の先に小さな港が見えてきた。すでに船が停泊していて、人が乗り込んでいる。


 ○ ○ ○


「すみませーーん! 乗りまーーす!」


 フィーリとほぼ同時に叫んで、空から港に飛びこんだ。


「まいどお騒がせしております。錬金術師です」


 乗船券売り場の目の前に着地し、空飛ぶ絨毯を容量無限バッグにしまいながら、あたしはそう取り繕う。


「フィーリはここで待ってなさいね」と伝えて、あたしは奇異の視線を送ってくる人々の間を抜けて乗船券を買い求める。二人で1200フォル。フィーリの分は子ども料金でいけた。ラッキー。


「お待たせー。乗りましょー」


 チケットを手にフィーリの元に戻ると、彼女は自分のトランクに座って暇そうに待っていた。


 それから人波をかき分けて船に乗り込むと、ものの数分もしないうちに船は陸地を離れた。ふー、ギリギリセーフ。


「……狭いですね」


「そ、そうねー」


 乗り込んだ船内は人であふれかえっていた。一日二本しかない船だけあって、結構な人が乗ってる。なんとか甲板まで出てみたものの、座る場所がない。


 あたしは構わないけど、フィーリくらい座らせてあげたいわよねぇ……なんて考えていた矢先、「あの、こちらにどうぞ」と、若い女性がフィーリに席を譲ってくれた。


 フィーリがお礼を言うと、「お連れの方もどうぞ」と、隣の男性がもう一つ席を空けてくれた。あらー、やっぱり子ども連れてると、皆気を使ってくれるのねー。子連れ錬金術師、いいかも。


「どうもー」とお礼を言いながら、フィーリの隣に腰を下ろし、ようやく一息つく。いやー、元の世界の満員電車を思い出したわー。


「……うん?」


 その時、ものすごーく視線を感じた。正確にはあたしじゃなく、フィーリに向けられたものだけど。


 耳をそばだてると、 喧騒の中から「あの子、もしかして魔法使い?」みたいな声も聞こえる。


 いかにもなローブに三角帽子、そしてほうき。完全にテンプレ魔法使いだ。これで魔法使いと思われないほうがおかしい。


 さすがのフィーリも、これだけ注目されると嫌よね。あたしなら逃げだしそう……なんて思いつつ隣を見ると、当人は全く気にする気配なく、クッキーを食べていた。


「ちょっと、それどこに持ってたのよ」


「さっき、向こうのお婆さんに貰いました。食べますか」


 そのひとつをあたしに差し出しながら、はむはむとクッキーをかじる。うーん、注目されるだけあって、魔法使い特典すごい。


 のんきに、「船上のスローライフですね」なんて言ってるし。この他人の目を気にしない図太い精神、あたしも見習わないといけないかも。


 ……居心地悪ぅ。早く着かないかしら。



 ……それから一時間も船に揺られたころ、島がその輪郭を現した。三日月形をしてるから、三日月島という名前らしい。うん、ひねりも何もない。その円弧の内側にある港に向け、船は速度を落としながら進んでいった。

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