第二章~旅のお供は毒舌魔法使い⁉~

第一話『戻ってきた日常』



 あたしは旅する錬金術師メイ。


 魔法警察の魔の手をかいくぐり、海辺の街に舞い戻ったあたしとフィーリは、それから二週間を別荘で過ごしていた。


 この地方の新聞にも目を通してみたけど、あの大脱走劇を扱った記事はなかった。


 最強の魔法警察が一人の錬金術師に負けたとか、彼らにとって醜態を晒すだけだから、表沙汰にしないのかもしれないわねー。


「メイさん! 近所のおばさんから大根もらってきました!」


「いいわねー。また漬物作る?」


「はい! ぬかに漬けておきます!」


 というわけで、あたしとフィーリは何ら変わりない日常を過ごしていた。むしろ二人になった分、あたしにとっては刺激が増えた気もする。スローライフなのは相変わらずだけど。


「ぬかぬか~♪ 漬け漬け~♪」


 キラッキラの笑顔で自作の歌をうたいながら大根を洗う、自称落ちこぼれ魔法使い。


 あたしが転生したこの世界では、魔法使いの地位が意味不明なくらい高くて、錬金術師は奇異の目で見られるのが常。


 だからフィーリも結構ちやほやされている。ちょっと散歩に出ただけで、今みたいに食材確保してくることがあるし。あたしとしては助かってる。


「あたしも行く先々で錬金術師の評判を上げようと努めているけど、焼け石に水なのよねー」


 ため息混じりに言って、窓の外に視線を移す。目の前に海が広がり、波の音だけが一定の間隔で聞こえる。うららかな午後だ。


「そうだ。フィーリ用のほうき、調合しといたから」


「え、本当ですか?」


 思い出したように伝えると、フィーリは大根を洗う手を止めて嬉しそうにしていた。


 先の逃走劇の際、フィーリのほうきはどこかに行ってしまったから、その代わりを錬金術で作ったのだ。


 あたしの移動手段としては空飛ぶ絨毯があるけど、彼女の場合は魔法使いだし、ほうきのほうがしっくりくるはず。


「一回作ったことあるしねー。これよー」


 言って、あたしは壁際に立てかけておいたほうきを手渡す。鳥の羽根と木材を材料にしただけの、簡易的なほうき。だけど、その性能はあたしが保証する。


「さっそく飛んでみていいですか?」と言うフィーリの願いを了承すると、その場でほうきに跨り、窓から表へ飛び出していった。


 えー、窓から行くのねー……と、呆気に取られていると、直後に「わぎゃーー!」なんて叫び声が聞こえた。


 反射的に外を見ると、猛烈な勢いで海に突っ込んでいた。これまでのほうきとは勝手が違うだろうし、しばらく訓練が必要みたいねー。


 ○ ○ ○


 ……それからさらに数日後。


 フィーリも上手にほうきに乗れるようになってきたので、そろそろまた旅に出ようかなぁ……なんて考えていた矢先のこと。


「うおわぁーー!」


 自室の片づけをしていたはずのフィーリが、奇声をあげながらあたしのところに走ってきた。


「なんつー声出してるのよ。どうしたの?」


「あ、アレです! 例の虫が出ました!」


「え、それってまさか、黒光りしてる?」


 例の虫、と言われて、あたしの頭に浮かんだのは、あの忌々しい種族だけだ。まさかあいつ、世界の壁を超えるの?


「そのまさかです! 消し飛ばすので、属性媒体貸してください!」


 言って、あたしの容量無限バッグをガサゴソと漁る。このバッグはあたしにしか扱えないチートアイテムだって教えたはずだけど、それを忘れるほどに動揺していた。


「すぐに魔法に頼ろうとしない! もっとこう、エレガントにやりなさい。スリッパで叩くとか」


「あ、メイさんの足元に行きました!」


「うおわぁーー!」


 あたしは椅子の上に跳び上がって、床を食い入るように見る。ヤツの姿はない。


「ウソですよ。ところで、その爆弾は何ですか? 全然エレガントじゃないんですけど」


「う、う、うるさいわねー。こ、これは、奴専用の爆弾なのよ」


 そんな出まかせを口にしつつ、あたしは爆弾をバッグにしまった。名前を言ってはいけない例の虫は、そんな騒動の間に逃げてしまったらしい。


 うーん。海辺に立つ平屋だし、水回りは心配だわ。今度、ホウサンダンゴとか、Gポイポイを作らないといけないかも。確か、レシピ本に作り方が載ってた気がするし。


「それよりフィーリ、あんたも上手くほうきを扱えるようになってきたし、明日からまた旅に出るからね」


 そう伝えると、「え、今度はどこに行くんです?」と、期待と不安が入り混じった顔をした。どこにいこうかしらねー。


 あたしはおもむろに万能地図を開いて、考えを巡らせる。本来、あたしは旅する錬金術師。こうやって何週間も一ヶ所に留まっているほうが珍しいのだ。


「……行き先は特に決めてないわ。旅があたしを呼んでるの」


「……何ポエミーなこと言ってるんですか」


「うぐっ」


 十歳の女の子に、すごく冷めた目で言われた。いいじゃない。浸りたいんだからさ。


「じゃあ、まずはこの島に行ってみない?」


「島ですか?」


「そう。この街から少し南に港があって、そこから島に行けるのよ。お金かかるけど、船旅ってのも風流よ?」


「ふーりゅーってのがよくわかりませんが、メイさんが行くのならついていきます」


 言って、ぱたぱたと部屋へ戻って支度を始めた。明日の朝になって、「時間がないわよ! 四十分で支度しなさい!」とか言う羽目になるかと思っていたけど、その心配はなさそうね。



 ……それでは、錬金術師と魔法使いのドタバタ冒険譚。その第二章。はじまりはじまり。


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