第六十一話『自由を求める錬金術師』



「……それで、どんな作戦で行くのよ?」


 周囲を警戒しながら、心なしか小声でルマちゃんが言う。


「もし、アタシを囮にしようって言うんなら全力でお断りしたいんだけど」


 本気で嫌そうな顔をしつつ、ルマちゃんが続ける。安心して。囮にはしないから。


「あいつらから逃げるのに、ルマちゃんの飛行能力が必要なのよ。フィーリのほうきはどっか行っちゃったし、あたしの絨毯は二人乗ったら速度が落ちて、勝負にならないから」


「ルマちゃんが全力で飛べば、あんな連中すぐに撒けるでしょ?」と、ウインクしながら言ってみる。ルマちゃんは難しそうな顔をした。


「空なら負けないけど、さっきも言ったように、ここじゃ木が多すぎてアタシは飛び立てないんだけど」


「そこはフィーリにお任せよ」


 言って、あたしは先程作った属性媒体を取り出す。


「このカードには風属性が宿してあるから、飛び立つ直前にフィーリに風魔法で周りの木を薙ぎ倒してもらうの。そしたら、飛び立つスペースできるでしょ」


 あたしはそう説明する。属性媒体さえあれば、フィーリはあらゆる属性の魔法が使えることは確認済みだし、行けるはず。


「それでうまく飛び立てたとして、連中は追ってくるでしょ。炎魔法を使うって話だし、アタシ、焼き鳥になるのは嫌よ?」


「そこはあたしが守るから安心して。上手く飛び立てたら、ルマちゃんは飛ぶことに集中してくれればいいから」


 ……そんな感じに作戦を詰めていく。その間も万能地図からは目は離さずにいた。まだ追っ手側に動きはない。


「それじゃ、準備に取りかかりましょ。フィーリ、ルマちゃんの上に乗って」


「は、はい。失礼します」


 あたしが促すと、フィーリは姿勢を低くしてくれたルマちゃんの背中におっかなびっくり這いあがる。


「合図したら、風魔法よろしくね」


「はい。嵐を起こして、追っ手をズタズタにすればいいんですね」


「ちっがーう! 周りの木をなぎ倒すの! 怪我させちゃ駄目だからね!」


「えー」


「えーじゃない! 消費魔力抑えないと、また倒れるわよ!」


「メイさんの意気地なし……」なんて貶されてるけど、余計な血は流さない錬金術師。それがあたし。


「とにかく、この周辺の木を薙ぎ倒すだけでいいから! よろしく!」


「はーい」


 めんどくさそうに言いつつも、杖を構える。その瞳は真剣そのものだった。うん。この作戦、うまくいきそうな気がする。


「……それじゃ、作戦開始!」


 フィーリに続いてルマちゃんの背に乗った後、あたしは叫んだ。役者は揃ったし、魔法警察の包囲網突破作戦、開始よ!


 ○ ○ ○


「行きますよー! 猛き風神よ、以下省略! インフェニティ・タービュランス!」


 緑色のオーラを纏ったフィーリが呪文詠唱をスキップして、杖を一振り。


 直後、あたしたちを中心に強烈な風が吹き荒れ、森の木々がまとめて放射線状に薙ぎ倒された。すっご。手加減してこのレベル?


「今がチャンス! ルマちゃん、テイクオフ!」


 木々の間から僅かに見えていた夜空が一気に広がったのを確認して、あたしは合図を送る。


「しっかり掴まってなさいよ!」


 言って、ルマちゃんが翼を羽ばたかせた。一瞬のうちに上空へと舞い上がり、すぐに水平飛行へと切り替わる。すごい速さ。


「森から出たぞ! あの鳥の背中だ!」


「追え! 追え!」


 あたしたちの姿を見つけ、ものすごい数の魔法使いが追ってきた。無数のほうきの間に、炎魔法の紅い閃光が見える。


「メイさん、来ますよ!」


「ぬかりないわよ! 対魔法攻撃特化型の見えない盾、ルマちゃん全体に展開!」


 あたしの声に合わせて、あらかじめセットしておいた見えない盾が起動する。虹色のエフェクトが両翼と胴体部分に展開されて、魔法攻撃を完全にシャットアウトする。


「怪しげな障壁を使うとは! 怯むな! 撃ち続けろ!」


 さすがは魔法警察。相当訓練されているのか、しっかりと編隊を組んで、一糸乱れぬ動きで攻撃してくる。まさに弾幕。盾が無かったらやられてたわね。


「ちょっと! あんたの道具を信頼してないわけじゃないけど、背後からこれだけ集中砲火受けたら不安になるんだけど!?」


「大丈夫よ! もっと引きつけて……今だ!」


 あたしはしっかりと状況を見て、複数の重力ボムを後方に向けて放る。少しの間を置いて、それは紫色の衝撃波を発しながら、魔法警察部隊のど真ん中で炸裂した。


「な、なんだぁ!? 吸い寄せられる!?」


「ええい、何をしている! 離れんか!」


「む、無理です! 動けませーん!」


 そして爆発時点を中心に強力な重力を発生させた。追っ手たちは編隊を組んで飛んでいたのが仇となり、残らずその重力の網に引っ掛かって、乗っていたほうきもろとも、空中にまとめて拘束された。


 もちろん、かなり距離があるので、あたしたちはその範囲外。動きは封じられても魔法は使えるみたいだけど、ここから見た感じ、ほうきの推進力程度じゃその重力圏から脱出できないみたいね。


「くっそー、遠すぎて魔法が当たらん! 誰か動ける者はおらんのか―!」


「む、無理です! 隊長、この魔法は何ですか!?」


「俺が知るか―――!」


 なんか言い争う声が聞こえる。重力の概念を理解できてない世界に、こんな魔法があるわけないでしょ! これは錬金術なの!


「……あの人たち、いつまでああなってるんですか?」


 その時、空中で騒いでいる彼らを見ながら、フィーリが心配そうな顔をしていた。優しーわねー。


「効果範囲重視で作ったから、効果時間は短めよ。一時間くらい?」


「一時間もあのままですかー。いい気味ですねー」


 ……超絶笑顔。前言撤回。全然心配して無かった。


「……こほん。それじゃあ、最後の仕上げね! ミラージュヴェール!」


 あたしは気を取り直して、容量無限バッグから半透明の布を取り出し、頭上で広げる。それは大気に溶けるように消えた後、あたしたちに光となって降り注いだ。


「これ、何?」


「ミラージュヴェール。一定時間、周りの景色に溶け込むことできるの。今、あたしたちの姿は、あいつらには見えないわよ」


「ああ、つまるところ、光学迷彩なわけね」


 ルマちゃんには伝わったみたいで、「こーがくめーさい?」と首を傾げるフィーリに、「透明人間になってるのよ」と、説明してくれていた。


「隊長ー! 今度は鳥が消えましたー!」


「えーい! そんなわけあるか! なんとか見つけろ! 探すんだー!」


 なんて言いながら、まったく見当違いの方向へ火の矢を飛ばす魔法警察たちをあざ笑いながら、あたしたちは遠く空の彼方へと逃げ切ったのだった。


 ○ ○ ○


 ……それから15分ほどすると、ミラージュヴェールの効果が切れた。


 それと時を同じくして、朝日がゆっくりと顔を出し、ルマちゃんの銀色の翼がキラキラと輝く。


 ようやく太陽の光に照らされてみれば、あたしとフィーリはお互いにぼろぼろだった。その姿を見て、お互いに安堵の息が漏れる。なんとかなった。魔法使いの国、無事脱出。


「それで、これからどこ行くの?」


「しばらく身を隠す必要があるかもねー。とりあえず、海辺の街までよろしく」


「海辺の街? どうして?」


「あそこ、あたしの別荘があるから。しばらくそこで過ごそうと思うわ。この子……フィーリと一緒に」


 ルマちゃんの翼に負けないくらい綺麗な銀髪を風になびかせる少女を見ながら、あたしは言う。


 それと同時、フィーリも思い出したかのように「そうです! メイさん、約束通り、わたしにスローライフ教えてくださいね!」なんて、笑顔を向けてくれる。


「いいわよー。向こうで落ち着いたら、いくらでも教えてあげる」


「……スローライフって、教えるもの?」


「うっさいわねー。細かいことはいいの」


 ルマちゃんの言葉に、あたしは口を尖らせる。スローライフ仲間が増えるんだから、大歓迎に決まってるでしょ。


「それより、ルマちゃんが転生者だって話、もっと詳しく知りたいんだけど」


「なーんのことかしらねー。ほらほら、しっかり掴まってないと、落っこちるわよー」


 ……わざとらしく言って、ルマちゃんは飛行速度を上げた。




 ……異世界転生したことで始まった、あたしの錬金術師としての旅。




 色々な出会いがあって、たくさんの場所を見てきたけど。




 まだまだ、行ってみたい場所がある。




 あたしの旅は、続いていく!





                旅する錬金術師のスローライフ! 第一章・完

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