第六十話『逃げる錬金術師』



 今、あたしの目の前には小さな太陽がある。まだ夜明け前だっていうのにさ。おかしな話よね。


 その正体は、ほうきに乗ってあたしの隣を悠々と飛んでいる、自称落ちこぼれ魔法使いフィーリの放った炎魔法。すっごーい……。


「くそぉっ……!」


「なんて威力だ!」


 呆気にとられていると、フィーリの炎魔法をかいくぐったと思われる魔法使いたちがまだ追ってきていた。えー、まだ来るの? そろそろ諦めてほしいんだけど。


「通信魔法で応援を呼ぶんだ! 怪しげな爆弾を使う錬金術師を逃がすな!」


「だから、今のはあたしじゃなーい! あんたたちも魔法使いなら、爆弾と魔法くらい見分けなさいよ!」


「はう……」


 思わず叫んだ時、隣を飛んでいたはずのフィーリの体がぐらついた。え、ちょっとどうしたの!?


 あたしは慌てて絨毯を操作して、落ちかけたフィーリを支える。そのまま絨毯へと引き入れると、彼女は顔面蒼白で、ぐったりしていた。


「フィーリ、大丈夫!?」


「うう……魔力、使いすぎました……」


 言って、力なく項垂れる。ええー……あの炎魔法一発で? 威力はめちゃくちゃ高そうだったけど、コスパ悪ぅ。


「少し休めば復活すると思います。これだけの魔力を一気に使ったのは初めてなので……がく」


 覇気のない声でそこまで言って、気絶してしまった。あたしにはよくわからないけど、これまで使ってないものを一気に使えば、反動だって来るわよね。


「おい見ろ! あの錬金術師、魔法使いの少女を人質に取ったぞ!」


「なんてやつだ! 血も涙もない奴め!」


「だから、ちっがーう!」


 あたしは後ろに向けて、全力で叫ぶ。直後に無数の火の矢が飛んできた。


 対魔法用の盾があるとはいえ、フィーリに当たったらどーすんのよ! こっちにしてみれば、あんたたちのほうが血も涙もないわ!


 無数の炎の矢を避けながら、あたしは必死に逃げ続ける。だけどフィーリが乗った分、絨毯の速度は明らかに落ちていた。このままじゃ追いつかれる。


「ひー! あいつら、しつこすぎ! 誰か、たーすけてー!」


 あたしは右手にフィーリを抱き、左手にリンクストーンを握りながら、地上を見渡す。こうなったら空中戦は不利。どこかに隠れてやり過ごさないと。


「あ!」


 まだ夜明け前の地上に目を凝らしていると、小さな森が見えた。決めた。あそこに隠れよう。


「森に逃げる気だぞ! 拘束魔法! 放て!」


 後ろでそんな声が聞こえ、謎の電撃が走る。けれど、それらは全て対魔法用の盾によって受け流された。同じ手は食わない錬金術師。それがあたし!


 ○ ○ ○


 急降下して森に突っ込んだ後、あたしは絨毯を容量無限バッグにしまい、フィーリを背負いながら森の中を駆ける。


 足場が悪いのは予想できていたので、しっかりと飛竜の靴を履き、木の幹、枝、あらゆる場所を踏み台にしての移動に切り替えた。


「うーん、まずいわねー」


 背中のフィーリに気を配りつつ、手にした万能地図を索敵モードにすると、森を包囲するように魔法使いたちが集結しつつあった。これは袋の錬金術師……じゃない。袋のネズミかも。


 そんな事を考えながら森の中を移動していると、やがて開けた場所に出た。ここなら見晴らしもいいし、少し休めそう。


 あたしは背負っていたフィーリを地面に横たえて、錬金釜を取り出す。今のうちに、少しでも体勢を整えておかないと。




「う、うーん……」


 それからしばらくして、魔力が枯渇して意識を失っていたフィーリが目を覚ました。少しは回復したのかしら。


「あれ? いつの間に地上に降りたんですか?」


「森の中でゲリラ戦仕掛けよーと思って。映画みたいに」


「???」


 冗談半分でそんな言葉を発するけど、さすがに意味が分からないようで、フィーリは首を傾げていた。


 現状、魔法使いたちは森の周辺で待機してるけど、いつ突っ込んで来るかもわからない。幸いなことに、あいつらはあたしがフィーリを人質に取ってると思ってるから、まとめて森ごと焼き払う! なんてことはしないと思うし。


「ほら、森の中って枝が邪魔で、ほうきじゃ飛びにくいじゃない? ここならあの魔法使いたちも、入るの躊躇するかなーって」


「メイさんは錬金術師なのに、ほうきの弱点知ってるんですね」


「体験済みだからねー」


 一時期、移動手段として、魔女のほうき使ってたし。その特性はわかってるつもり。


「それでフィーリ、とりあえずあんたはこれ飲んで」


 言って、あたしは青色の液体が入った瓶を手渡す。


「怪しい色ですけど、これはなんです?」


「魔力ドリンク。成人一日一本までって書いてたから、フィーリは半分くらいにしときなさい」


 この森は魔法使いの国が近くにあるだけあって、魔力を含んだ素材が豊富だった。あの魔力ドリンクの他、色々な道具の材料がそろっていたし。もしかしてこの森、すごい場所なのかも。


 ちなみに、新しい属性触媒も調合しておいた。今度は風属性。あたしには無理だけど、きっとフィーリなら使いこなせるはず。


 さて。これでフィーリの魔法にもう一回くらいは頼ることができそうだけど、現状を打開するには、まだ足りないものがある。そろそろ、来てくれると思うけど。


「はいはーい! おまたせー!」


 そんな事を考えていた矢先、空から巨大な鳥が舞い降りてきた。


「ぎゃああああ!?」


 地面をえぐり取る勢いで目の前に着地した怪鳥に驚いたのか、フィーリが叫び声をあげた。やっほー、ルマちゃん。


「アタシの姿を見るなり叫ぶなんて、ご挨拶な子ね。今日はこの子もつれていくの?」


「あわわわわ。連れていくって、天国ですか?」


「フィーリ、落ち着いて。この子はルマちゃん。あたしのビジネスパートナー」


「よろしくー」


 完全に腰を抜かしたフィーリに事情を説明し、ルマちゃんが敵でないことを伝える。それと同時に、ルマちゃんにもあたしたちが置かれた現状を話しておく。


「突然呼び出したと思ったら、そんなことになってるわけ? これからどーすんのよ」


「この包囲網を突破するのに、ルマちゃんの力が必要なのよ。お願い、協力して」


 あたしは錬金釜の中をぐるぐるとかき混ぜながら言う。後はここにマジカルグラスを放り込んで……と。


「メイさん、今は何を作ってるんですか」


 多少落ち着きを取り戻したフィーリが、興味津々で錬金釜を覗き込む。


「もうできるわよー。ほい。重力ボムの完成!」


「ジューリョク?」


 これまた頭に疑問符が浮かんでいた。この世界、きっと重力の概念もそこまで理解されてないのね。


「ふーん、重力ボムねぇ。それ、アタシも巻き込まれちゃうかもしれないから、使いどころに気をつけなさいよ?」


「わかってるわよ。これはあくまで秘密兵器」


 完成した道具をてのひらで何度か弄んだあと、容量無限バッグにしまう。その後は装備の最終確認をする。


「……見た感じ、防御手段が見えない盾くらいしかないんだけど。アンタ、そんな装備で大丈夫?」


「大丈夫。問題ないわ」


 攻撃手段がないことを案じてか、ルマちゃんが不安そうな顔をする。一応、隠し玉はあるけど、あたしは基本、人間相手には戦わないから。


「ところでルマちゃん、あたし、ずっと気になってたんだけどさ」


「何よ」


「あんたさ、この世界に異世界転生してる?」


「ナンノコトカシラ」


「棒読みになってるわよ。図星ね」


「な、なんでそんなこと思うのよ」


「最初は半信半疑だったけど、今はどことなく、あたしと同じ世界の匂いがするのよ。この前使ってたけど、ビジネスパートナーなんて単語、この世界にないでしょ? 重力についても理解してるみたいだし」


「……元の世界での思い出は捨てたのよ。もう、OLだったころのアタシじゃない」


 観念したのか、ルマちゃんはそう話してくれた。一瞬、異世界転生したら怪鳥だった件……なんてタイトルが浮かんだ。思いのほか、近くに転生仲間がいたもんねー。


「そんなことより、どんな作戦で行くつもり? 着地してから気づいたけど、ここ、木が邪魔で飛び立てないわよ?」


「そこはしっかり考えてあるけど……フィーリはいいの? このままだと、魔法使いを敵に回しちゃうかもだけど」


「すでに仲間の魔法使いをがっつり攻撃しているので、国に戻ったところで裏切り者です!」


 だから、超笑顔で言わないでよ。開き直ってんのかもしれないけどさ。


「りょーかい。それじゃ、作戦を説明するわねー」


 二人と一匹、額を合わせて最後の打ち合わせを始める。失敗したらまた監獄行きだし、この作戦、何が何でも成功させないと。


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