第五十九話『捕まった錬金術師』



「べ、弁護士を! 弁護士を呼んでください!」


「訳の分からないことを言うな! 大人しくしてろ、怪しい錬金術師め!」


「ひーん」


 あたしは旅する錬金術師メイ。現在、魔法使いの国にて監獄ライフを満喫中。


 タイミング最悪だったとはいえ、魔法警察とやらも問答無用で捕まえるのはいかがなものかと思う。明らかに錬金術師だからってだけで捕まえたでしょ。


「おたすけー!」


 鉄格子越しに看守さんへ助けを乞うも、「魔法結界が張ってある。脱獄しようなんて思わないことだな」なんて、冷たいお言葉が。


 幸いなことに拘束はされていないものの、容量無限バッグも没収されちゃったし。もしかしてあたし、この異世界生活始まって以来の大ピンチなのでは?


 うがー! 牢屋でのスローライフなんて、あたしは望んでない!


 怒りに任せて鉄格子を蹴る。がつん! といい音がした。うぅ、こんなことしても、あたしが反射ダメージ受けるだけだってのに……。


 じんじん痛む足を押さえながら床に座り、天井を見上げる。ずーっと上に、星空が見えた。空気を取り入れるためなのか、本当に小さな穴で、あそこからの脱出は無理っぽい。


 ここはいっそ、爆弾で鉄格子を破壊して……なんて妄想したけど、ここに爆弾はない。あったところで、こんな狭い場所で爆弾を炸裂させたら、逃げられずに爆死するだけだ。これは……絶体絶命かも。


 ○ ○ ○


 それから少しの間眠り、目が覚めると、ちょうど頭上の穴から月の光が差し込んでいるところだった。


「……あのー」


 その月光を浴びながら、おお、月の女神よ。我を助けたまえ……なんて、現実逃避してみる。どうか、あたしを美少女戦士に変身させてください。魔法警察の連中にお仕置きしてやるから。


「もしもーし」


 なーんてやってる場合じゃないわよね……えーっと、捕まったのが夜の8時くらいだったから、そろそろ日が変わった頃かしら。朝ごはんまでは遠い。お腹空いた……。


「あのー、メイさん?」


「へっ!?」


 さっきから聞こえてた、女の子の声。幻聴かと思ってたけど、今度は確かに聞こえた。


 反射的に鉄格子の向こうを見ると、僅かな月明かりに照らされて銀髪が見えた。え、フィーリ?


「メイさん、助けに来ました」


 その手には、容量無限バッグがあった。おお、あたしのバッグ!


「それ、どうやって取り返したの? 確か、看守が持ってたはずだけど」


「看守さんには、眠ってもらってます」


 鉄格子の隙間からあたしにバッグを手渡してくれながら、笑顔で通路の向こう側を指差す。その小さな身体越しに目を凝らすと、廊下の先の椅子に座ってぐったりしている看守が見えた。


「もしかして、眠りの魔法? 魔法使えないって言ってたのに、やるじゃない」


「はい。使えないので、これで」


 変わらずニコニコ顔のフィーリは、その手に似つかわしくない棍棒を持っていた。あー、物理的に眠らせた、ってことねー。


「来てくれたのは嬉しいけど、よくここがわかったわねー。危なくなかった?」


「お父さんに面会したいと言ったら、通してくれました。ここ、魔法使いには寛大なので」


 真夜中なのに、よく入れてくれたわねー……なんて思ったけど、今はそんなことどうでもいい。まさに地獄に仏。神様、仏様、フィーリ様。


「一緒にスローライフ楽しみたいので、メイさんを助けに来ました」


 つい拝んでいると、フィーリはもう一度言う。あたしのためにここまでやってくるあたり、その決意は本物みたいだ。


「フィーリ、ありがとね。じゃあ、すぐに鍵開けるから」


 言うが早いか、あたしは容量無限バッグから自律人形を引っ張りだす。


 うにょうにょと伸び縮みするその見た目に、フィーリは小さく「ひぇ」と悲鳴を上げていた。


 だけど、この子こそが脱出のキーパーソン。


「この鍵、開けられる?」


 あたしが鍵穴を指差すと、自律人形はびしっと敬礼した後、うにょーんと腕を伸ばし、その先を細くしながら鍵穴に差し込んだ。少しの間があって、かちりと鍵が開いた。


「え、すごい。どうやったんですか?」


「この子は液体金属だから、指先を鍵の形にしたのよ。ねー」


 説明すると、自律人形は誇らしげにサムズアップした。その様子を見ながら、「すごいです。まるで魔法みたいです」と、笑顔で言った。落ちこぼれとはいえ、魔法使いがそれ言っちゃうんだ。


「それじゃ、脱出しましょー。フィーリ、出口まで案内して」


「おまかせください!」


 言って、フィーリはほうきに跨る。どこに持ってたのかわからないけど、なんか一気に魔法使いっぽくなったわね。


 あたしはそんな感想を思い浮かべつつ、空飛ぶ絨毯に乗り込んだのだった。


 ○ ○ ○


「だ、脱獄だぁ―――!」


 建物の地下にあったらしい牢獄から素早く抜け出し、街へと飛び出した直後、そんな声が聞こえた。さすがにバレたみたい。


「空飛ぶ絨毯、全速力!」


 フィーリと並びながら全力で逃げていると、後ろから無数のほうきが迫ってくるのが見えた。あれ、追っ手かしら。


「間に合って―――!」


 あたしは絨毯をオートパイロットにしながら、その上で調合作業をする。どんなにスピードを出しても謎の安定感を見せる、この絨毯だからこそできる業だった。


「……できた! 見えない盾・バージョン2! それと、煙幕弾!」


 そして調合したのは、対魔法攻撃に特化した見えない盾と、殺傷能力のない爆弾。盾で防御を固めつつ、うまいこと逃げ切ろう……という魂胆だ。できたら、人間相手に戦いたくないし。


 直後、複数の火の矢……もとい、攻撃魔法が絨毯の端を掠めた。危なっ!?


「遠距離攻撃ずるい! こんにゃろ!」


 あたしは完成したばかりの見えない盾を展開。これまでと違ってプリズムっぽいエフェクトが出て、それ以降はまるで鏡のように魔法攻撃を跳ね返していた。おお、これすごい。


「これで防御は完璧! 後は逃げ切るだけ! うりゃあ!」


 続けて煙幕弾を炸裂させるも、連中はすぐに風の魔法を起こしてそれを散らせてしまった。げ、煙幕が効かない!?


「やばっ……別の道具! 何かないかしら!?」


 慌ててレシピ本を開くけど、その間も背後の魔法使いたちはぐんぐん近づいてくる。このままじゃまずい。


「あの人たち、この国最強の魔法使い部隊ですよ」


 フィーリが追い打ちのように言う。なるほど。だからあれだけ統率の取れた動きしてくるわけね。


 あたしも最強の錬金術師を自負してるけど、多勢に無勢。まして、向こうは空の上での戦いに慣れてそう。この状況だと、自律人形たちも役に立ちそうにないしさ。


「むむむ……わたしが魔法を使えれば、あんな連中ケシズミにできるんですけど!」


 焦ってるあたしを見て不利な状況を察したのか、ちらりと背後を見ながら、フィーリが怒った口調で言う。可愛い顔してなんてこと言うの。


「あたしは魔法の仕組みとかよくわかんないけどさ、ほうきに乗れてるってことは、魔法の素質はあるんでしょ?」


「はい! 魔力だけはあるんですが、精霊との契約がヘタクソなんです。精霊との橋渡しをしてくれるような、伝説の法具みたいなのがあれば、マナの循環効率を最大限に発揮して……」


「ストーップ! だからあたし、魔法は専門外なのよ! とにかく、魔力の触媒になるような道具があればいいわけ!?」


「そうです!」と元気よく答えられたけど、そんな都合のいいアイテム、手元にあるわけが……あ。


 精霊との橋渡しをする道具……みたいなあやふやな考えで容量無限バッグを漁っていると、一枚のカードが手元にやってきた。


 これ、何だっけと一瞬考えて、冒険者ギルドに納品した属性媒体のあまりものだと気づいた。確か、炎属性の。良いのがあるじゃない。


「フィーリ! これ使える!?」


 叫ぶように言って、あたしは属性媒体をフィーリに手渡す。それを手にした直後、彼女の周囲に赤いオーラが出現した。同時に、瞳の色も紅く変わる。


「おお!?」


 直後、あたしとフィーリの声がハモる。本人が一番驚いた様子で、カードを握りしめながら、小さな声で何か言っていた。


「……これなら、いけます!」


 そして背後を振り返ると、懐から杖を取り出す。持ってたんだ。杖。


「煉獄より来たりて、以下省略! エクスプロージョン・ノヴァ!」


 え、以下省略って何? あの長ったらしい呪文詠唱はどこ? なんて思った矢先、空の中程に巨大な火の玉が出現した。えー、あれって何かしらー。熱そうねー。


 思わずそんな感想が浮かんだ直後、その火の球が弾けて、周囲は熱風に襲われた。


「ひえぇぇーーー!」


 対魔法用の盾を展開しているにもかかわらず、あたしは思わず絨毯に伏せる。それくらい、すごい衝撃と熱だった。あれは確かに、魔法の範囲内にいたら消し炭だわ。魔法使いヤバイ。

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