第五十八話『魔法使いの国にて・その②』


「こらーー! やめなさーーい!」


 なんでフィーリが売られようとしてるのかわかんないけど、あたしは思わず飛び出していた。弱い者の味方な錬金術師。それがあたし。


「あ、錬金術師のお姉さん。こんばんは」


 なんて、フィーリののんびりとした声が聞こえた気がしたけど、あたしはそれどころじゃない。


「ていやっ!」


 容量無限バッグから適当にひっぱり出した金塊で、見覚えのある男性の顔を殴る。「ぐえっ」と声がして、地面にひっくり返った。まったく錬金術師らしくない攻撃だけど、そんなこと言ってる場合じゃない。


「あの、フィーリのお父さん? 自分の娘を売るとか、それでも親なの?」


 起き上がって顔を押さえる父親に対し、あたしは声を荒げる。昼間の状況を見てしまっているし、生活のためとか、色々な理由はあるんだろうけど、言わずにはいられなかった。


「あの、錬金術師さん。別にこの人、お父さんじゃないですよ」


「え、違うの?」


「はい! 私、売られるの三回目なので!」


「えーーー!?」


 衝撃の事実! 違うの!? てゆーか、ニコニコ顔で平然と言ってる!


 あたしがショックを受けている間にも、フィーリは「奴隷ってそういうもんですよー」と、表情を崩さない。ある意味、開き直ってるわね。


「……さては貴様、魔法警察の手の者だな!」


 その時、フィーリの買い取り先らしい男性が驚いた顔のまま言う。魔法警察? 違うけど、そんな組織あんの?


「つまるところ、人身売買の現場を嗅ぎつけてきたってわけだ。なら、容赦しねぇ!」


 言って、細い棒っ切れみたいな杖を取り出す。あれが魔法使いの杖? あたしが持ってる錬金術師の杖と違って、随分ショボいのね。


 なんて考えてる場合じゃない。魔法使いと対峙するのは、実は初めてだったりする。各地で話題になるくらいだし、勝てる自信はない。一応見えない盾は展開したけど、どれだけ頼りになるかしら。


「大いなる風の化身よ! 我が剣となりて……」


 そう考えながら身構えた矢先、大真面目に呪文詠唱が始まった。


 うっわー、これやばい……と思ったのもつかの間、彼が纏う緑色のオーラを見て、急に冷静になった。これって、隙だらけじゃない?


「……えい!」


 あたしは容量無限バッグから火炎放射器を取り出して、そのスイッチを入れる。


「うおわあぁぁ!? なにしやがる! 魔法使い同士の戦いでは、相手の呪文詠唱は止めないのが暗黙のルールだぞ!」


 あたしが速攻で放った炎から逃げ惑いながら、なんか言ってた。失礼。あたし、錬金術師なので。そんなルール知らないので。


「くっそぉ! あの炎、さぞかし強力な精霊と契約してるに違いねぇ!」


 精霊って何。お生憎様。あたしは錬金術師。そんなの知るか―――!


「つーかよ! この場所で炎魔法を使うんじゃねぇーーー! 引火するだろがーーー!」


「へっ?」


 あたしが火炎放射器の出力を上げた時、男性が叫んだ。見ると、あたしの目と鼻の先にある樽には、しっかりと『OIL』の文字が。オイル? 油?


「やばーーーい!」


 あたしはとっさに火炎放射器を投げ捨て、近くのフィーリに覆いかぶさるようにして庇う。直後、炎が油に引火して、大爆発を起こした。


「ひええーーー!」


 見えない盾を展開していたのが功を奏し、なんとか爆風から逃れる。フィーリも無事みたいだけど、男性二人は爆風に巻き込まれ、地面に転がった。やばーい! 消火消火! 水素材全投入!


「フィーリ、大丈夫?」


「はい。ありがとうございます」


 迅速に消火作業を済ませ、フィーリに声をかける。彼女は何事もなかったかのように服の汚れを落とすと、お礼を言って立ち上がった。あたしの胸くらいまでの身長しかない。本当に小さな子だ。


「ところで、お姉さんはどうしてわたしの名前を?」


「ああ。あの人が呼んでるのを聞いたのよー」


 あたしは地面に寝っ転がってる男性の一人を指差しながら言う。今思えば随分若いし、父親って感じじゃないわね。


「あ、今更だけど、あたしは錬金術師のメイ。よろしくね」


 改めて自己紹介をすると、「落ちこぼれ魔法使いのフィーリです」と、超絶笑顔で返してくれた。自分で言っちゃうんだ。落ちこぼれって。


「てゆーか、奴隷生活三回目ってホント? 魔法使いなら、ドッカーンって魔法撃って逃げればいいじゃない」


「わたし、魔力だけはたくさんあるんですけど、魔法は使えないんです。だから落ちこぼれで、売られるんです」


 それからは、精霊との繋がりを長い間保てないとか、魔力チャンネルの切り替えがどうとか、専門的な話が始まったけど、あたしには全く理解できなかった。


「ともかく、魔法が使えないからって奴隷生活は駄目だと思うわ。うん。絶対駄目」


「えーっと、駄目と言われても……」


 そう説得するも、フィーリは困った顔をする。あれだけの笑顔で「売られるの三回目です!」なんて言っちゃってる辺り、感覚がおかしくなってるのかもしれない。うん。あたしが助けてあげなきゃ。


「そうだ。今度、あたしがスローライフ教えてあげる」


「スローライフってなんですか?」


「言うなら、悠々自適な生活……かしら」


「ゆーゆー?」


 フィーリは首を傾げる。


「簡単に言えば、好きな時間に寝て、好きなことして、好きなもの食べる……って感じの生活かしら」


 いざスローライフの説明をしろと言われても、上手く言葉が出てこない。なんというか、自分の意志で、やりたいことをやる感じなのだ。あたし的に。


「それって、食事は買主さんの後じゃないといけないとか、食事内容は黒パン一切れと水だけとか、そんな決まりはないんですか?」


 かいぬし。妙な言い方だと思ったけど、すぐに意味を理解した。フィーリは奴隷だから、自分の購入者……立場上、お世話をしてくれる人のことをそう呼ぶのね。


 てゆーか、あいつはフィーリにそんな生活させてたの? 自分は昼間っから酒飲んでたくせに。


「そんな決まりは一切ないわよ。ご飯の時間、寝る時間、全部自分で決めて、自由に生きるの。その代わり、自分の行動に責任がつきまとうし、お金だって自分で稼がなきゃいけないけどね」


「自由に……そんなこと、考えたことないです」


「だから、あたしが教えてあげるって言ってるじゃない」


 再び首を傾げたフィーリに、あたしは両手を広げながら言う。


「メイさんは、スローライフ、楽しいですか?」


「もちろん!」


「じゃあ、わたしもスローライフしたいです! 好きなこと、やってみたいです!」


 あたしが淀みなく答えると、フィーリは握りこぶしを作って、あたしの顔を見る。その瞳には、ある種の決意が宿っていた。


「決まりねー。それじゃあ……」


「そこまでだ! お前たち、動くな!」


「へっ!?」


 これからの話をしようとした時、どかどかと足音を立てながら、大勢の人がなだれ込んできた。


 何事? と思っていると、深紅のローブに身を包んだ集団が「魔法警察だ!」と叫んでいた。本物来たー!?


「た、助けてください! この錬金術師が突然火を放って……!」


 それをチャンスと見たのか、地面に這いつくばっていた男性の一人が唐突にそう言い放つ。間違ってないけど、言い方! 誤解を招く言い方やめて!


「なるほど。怪しい格好をしていると思ったら、錬金術師か! 貴様を放火の罪で拘束する! 拘束魔法、放て!」


「ちょっと、話を聞い……んぎゃーーー!」


 咄嗟に両手をあげて、無抵抗の意志を示すけど、直後に電流が走って、あたしの意識は途切れてしまった。

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