第五十七話『魔法使いの国にて・その①』


「たのもー!」


 あたしは勢いに任せて冒険者ギルドの扉を開ける。中にいた人たちの視線が一斉に集まるけど、お構いなし。


「この属性媒体(炎)と、杖用の木材を納品しに来たんですけど」


 言って、あたしは依頼書とともに納品アイテムをカウンターに置く。この属性媒体ってのがよくわかんないけど、魔法を使う上で必要なものらしい。見た目はカードみたいな感じだけど、かなりの上位アイテムっぽい。


「ちょっとお嬢さん、よく見てよ。属性媒体は三つって書いてあるよ。ここにあるの、二つじゃん」


 まったく接客態度のなっていない受付の男性が、そう言ってカウンターを叩く。


「おっと、これは失礼」


 急いで作ったから、数を間違えたっぽい。すぐに作るから、ちょっと待ってなさいね。


 あたしは一旦冒険者ギルドの外に出ると、手頃な場所に錬金釜を設置。もう一度属性媒体の調合に取りかかる。この道具は素材数の関係か、二つでワンセットだ。


 周囲の魔法使いたちは、これから何が起こるのか不思議そうに見ていたけど、錬金術だと分かると、そのほとんどが去っていった。はいはい。どーせ誰も興味なんてないんでしょー。


「ほい。かーんせい!」


 手早く属性媒体を完成させると、意味もなく掲げてみる。ほんと、見た目はカードみたいねー。


 その時、小さな拍手が聞こえた。


 見ると、10歳くらいの女の子が一人、あたしに向かって手を叩いてくれていた。


「お姉さん、すごいです!」


「へっ? いやー、それほどでもー」


 久しく褒められてなかったので、つい表情を崩してしまう。ところで、誰だろうこの子。


 白と青を基調としたローブを纏っているところからして、魔法使いっぽい。だけど、そのローブは所々に穴が空き、かなり傷んでいる。帽子を被ってないせいか、太陽の光をキラキラと反射させる銀髪が印象的だった。


「今の、錬金術ですか?」


「そーよー。初めて見るの?」


「はい! もう一度、見せてもらっていいですか!?」


 その銀髪と対をなすような金色の瞳をキラッキラと輝かせながら、錬金釜を覗き込んでくる。へー、魔法使いの国にも、こんな子がいるのねー。


 せっかくだし、今度は万年筆でも作ってプレゼントしてあげようかしら……なんて考えた矢先。


「……おい、フィーリ!」


 その子の後ろから、野太い声が聞こえた。


「お前、食材の買い出しは終わったのか」


「い、いえ。まだです」


「だったら早く行かねぇか! このクズ! のろま!」


「ご、ごめんなさい!」


 フィーリと呼ばれた女の子は、その怒号から身を守るように頭を抑えながら人混みへと消えていった。


 感じわるぅ。何あの人。フィーリのお父さん?


 そう思って男性を見やると、顔が赤い。右手に酒瓶を持ってるところからして、酔ってるみたい。昼間からお酒? ますます感じ悪ぅ。


 下手に目を合わせるといちゃもんつけられそうだったので、あたしは速やかに冒険者ギルドに戻ったのだった。


 ○ ○ ○


「うーん、余っちゃったコレ、どーしようかしら」


 冒険者ギルドに納品を済ませ、報酬の2500フォルをゲットしたあたしは、宿の自室で手元に一枚残されたカードを弄んでいた。


 錬金術で属性媒体を調合した場合、二つでワンセットになるのは先に説明したとおり。つまり、納品数が三つの場合、一つ余ってしまうわけで。


「あたしが持ってても、しょーがないんだけどなー」


 錬金術師のあたしは、もちろん魔力なんてない。まず、この道具の使い方すらわからない。


 カードっぽい見た目だし、あたしの声に応じて炎が噴き出るように改造できないかしら。トラップ発動! みたいにさ。


 ぱらぱらとレシピ本をめくるも、そんな都合のいいレシピは載っていなかった。念じたら炎が出る『炎のロッド』なんて道具もあったけど、火を起こすなら火炎放射器で事足りるし。


「そういえば、ここの近くに公衆浴場があるって言ってたっけ」


 レシピ探しに飽きて、ぐーっと背伸びをしながら起き上がると同時、夕食の席で宿屋の主人が言っていた言葉を思い出す。


 マイバスタブも良いけど、使える場所が限定されるし。なにより、お風呂が整備されてる街って少ないから、ちょっと興味ある。


「決めた。行ってみよ」


 あたしは着替えとタオル、そして以前調合したリンスインシャンプーを持って、公衆浴場へと向かったのだった。


 ○ ○ ○


「うわー、すっご……」


 男女に分かれた脱衣所を通り、浴室へ足を進める。立派な浴場だった。見慣れた暖簾こそないけど、どこか銭湯を思い出す。


 湯船に浸かる前に体を洗おうとすると、これまた目を疑う光景が広がっていた。皆、楽しそうにおしゃべりしながら、スポンジやブラシが勝手に体や髪を洗っている。


 ……さ、さすが魔法使いの国。皆、当然のように魔法を使ってるわね。


 あたしも勝手に洗うブラシ作ってくればよかった……なんて思いつつ、なるべく目立たないように、端の方で自分の体を自分で洗ったのだった。




「はー、すっきりしたー」


 魔法が蔓延る国でも、お風呂はお風呂。久々の心の洗濯を満喫したあたしは、最高の気分で家路に就いた。


「それじゃ、確かに代金は受け取ったからな」


「ああ、まいどあり」


「……うん?」


 その道中。奥の路地から声がした。なんだろ。


 妙な予感がして、あたしはその路地へ足を向けた。月明かりも届かない、建物の隙間を通り抜けると、思いのほか広い空間があった。


「お前も運がねぇな。もう売られちまうのか」


「悪く思うなよ。こっちも金が無くてな。まぁ、しっかりとこき使ってもらえ」


 そこには二人の男性と、一人の女の子の姿があった。話の内容からして、人身売買の現場を目撃してしまったらしい。


 ……この国、その手の法律とかしっかりしてそうなイメージあったんだけどなぁ。ちょっと残念……なんて考えながら、その三人の顔を盗み見る。


「え、売られそうになってるあの子って……フィーリ!?」


 まさかの知った顔に、あたしは衝撃を受けた。そして気がつけば、容量無限バッグに手を突っ込みながら、三人の前に飛び出していた。


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