第五十六話『理想郷の次に訪れたるは』



 あたしは旅する錬金術師メイ。


 錬金術師の街を出たあたしは砂漠を抜け、背の低い草が生い茂る草原の上を絨毯で優雅に飛んでいた。


「……あら?」


 特に目的地も決めずに進んでいたところ、目の前に立派な城門が見えてきた。おっきい。これ、どこの国かしら。


 城門近くの地面に降り立って、絨毯を容量無限バッグへとしまう。本当に大きな門を見上げていると、門番さんから声をかけられた。


「旅人ですか。この街にはどのくらいの滞在予定で?」


 どっかで見たことあるような服装をした門番さんにそう問われ、あたしは少し考えて「三日間でお願いします」と返答する。


「では、こちらに記入を」と、書類と羽根ペンを渡される。あー、羽根ペンかぁ。錬金術師の街で使った万年筆は書き心地良かったなー。一本貰っておけばよかった。


 なんて考えながら、書類を書き進める。職業、錬金術師……と。


「フッ」


 ……あ、こいつ今、鼻で笑ったわね。どーせマイナーな職業ですよーだ。


 なんか本気で帰りたくなったけど、ここまで来たんだし。無視よ。無視。


「それでは、良い滞在を」なんて心にもなさそうなことを言う門番さんに形だけの会釈をして、あたしは巨大な門をくぐる。すると、目の前に信じられないような光景が広がっていた。


 赤茶色のレンガで統一された美しい街並みの中、見上げた空を無数のほうきが飛び交っていた。正確には、ほうきに乗った人が。


「な、何よこれぇ!?」


 思わず叫ぶ。その声に驚いたのか、周囲を行き交う人々が揃ってあたしを見た。


「ちょ、ちょっと待って。ここはまさか」


 あたしは壁際に寄って万能地図を開き、自分がいる場所を調べる。そこにはしっかりと『魔導公国マナタニア』と表記されていた。つまるところ、魔法使いの国。


 うわぁぁ、あたし、敵地に来ちゃった!?


 衝撃の事実に一人頭を抱える。どーして入国前に地図をチェックしなかったのかしら。あの門番も街を歩く人たちも、皆三角帽子に黒いローブを身に着けてるじゃない! どっかで見た格好だと思ったのよ! 魔法使いの服装、そのまんまじゃない!


 心の中で叫びまくり、がっくりと肩を落とす。だけど、今更、やっぱり帰ります! なんて言うのも負けた気がするし。こうなったら、完全アウェイの中でスローライフを楽しんでやろうじゃないの。


 あたしはそう開き直って、しっかりと地面を踏みしめると、魔法使いの街を進み始めた。


 ○ ○ ○


 “魔導公国なんて名前がついてるとおり、住民は魔法使いだらけだった。皆、自宅の二階の窓からほうきに乗って空へ飛び立ち、中には荷物や人を運ぶ仕事をしている人も見受けられる。


 一方、あたしを含め、地上を歩く人の姿は少なめだった。空を飛ぶ人たちの、半分以下かもしれない。その人たちが、なんとも言えない表情で頭上の看板を見上げていた。


 何かしらと思ってあたしも見上げてみる。そこには下方向を向いた矢印と、人のマーク。もしかしてあれ、地上の人間注意……みたいな標識? うーん、何もかもが魔法使い優先なのね。いい気はしないけど。


 そして錬金術師の格好は目立つからか、頭上から無数の視線を感じる。先の錬金術師の街とはまったく違う視線だわ。うへぇ、これは疲れる。




 それから少し歩いて、建物の二階に宿屋を発見した。とにかく滞在中の宿を確保しようと受付に向かうと、同じ間取りなのに値段の違う部屋があった。


「こちらの部屋が安いのはどうしてですか?」と尋ねると、「こちらの部屋は窓が壊れているので、安いのです」とのこと。ああ、ほうきで直接出入りできませんよって意味なのね。理解。


「じゃあ、安い部屋を二泊分お願いします」


「不便ですが、よろしいですか?」


 そこまで言って、店員さんは何かを察したのか、急に蔑んだ表情に変わった。ふーん。あたし、気にしないもーん。


 ○ ○ ○


 宿を決めたら、今度はお仕事探し。魔法使いの街にはどんな依頼があるのか楽しみにしながら、いつものように冒険者ギルドの掲示板を探す。


「……あれ?」


 宿屋さんから聞いた場所はここなんだけど、掲示板らしいものはどこにもない。太い柱が立ってるだけ。おっかしーわねー。


「お嬢さん、もしかして依頼掲示板をお探しかい?」


 周囲を見渡していると、地面スレスレを飛行していた魔法使いのお兄さんが声をかけてきた。


「そうなんですよー」と伝えると、「掲示板はあそこだよ。まぁ、見れればだけどね」と言って、飛び去っていった。はて、あそことは?


「げ」


 指差された先、あたしのずーっと頭上に、確かに掲示板があった。ざっと、5メートル。何、あのアホみたいな高さ。


「へー、こーいうのまで魔法使い優先なわけ?」


 さすがにちょっとかちんと来たので、あたしは飛竜の靴を履いて、全力ジャンプ。


 あたしは錬金術師であることに誇りを持っているから、魔女のほうきを調合して魔女に扮したりはしない。真っ向勝負してやろうじゃない!


 太い柱を何度も蹴りながらぐんぐん上昇し、ようやく掲示板に辿り着く。


 そして、「ちょっとごめんなさいよ」なんて言いつつ、グライドしながら掲示板に目を通す。


 下から突然現れた錬金術師に、ほうきに乗って掲示板の周りに集っていた魔法使いたちは目が点になっていた。ふふん。どーだ、驚いたかー。


「……よし。これと、これ!」


 あたしは納品の依頼が書かれた依頼書をひっぺがすと、そのまま地上へと戻ったのだった。

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