第五十五話『錬金術師の隠れ里・その⑤』



「そうだ。レシピ研究所!」


 滞在五日目。錬金術師学校からの帰りに、大きな建物が目についた。かの大錬金術師ルメイエさんが設立したという、レシピ研究所。すっかり忘れてた。


 本来は関係者以外立入禁止なのだけど、今のあたしはルメイエなので、当然、出入りは自由。


 大手を振って研究所に乗り込むと、入り口にいた係員さんは「ルメイエ様でしたら、どうぞ」と、笑顔でセキュリティーを切ってくれた。セキュリティー? 赤外線センサーに触れると警備会社が飛んでくるのかしら?


 入ってすぐの通路を進むと、すぐにいくつかの部屋に分かれていた。一応声をかけてみたけど、勤務時間外なのか、誰も出てこなかった。


「さしずめ、入口の係員さんは夜警さんみたいなものなのかしら」


 なんて言いつつ、目についた部屋の一つに足を踏み入れる。そこには、この研究所で生み出された錬金術のレシピが、びっしりと並んでいた。


「おお、これすごい」


 その一つを手に取る。そこには『錬金太陽・マークⅡ』と書かれていた。


 レシピの隅に『ボクなら3日。他の人なら……1年くらい?』とか、走り書きが残されている。たぶん、調合にかかる時間かしら。


 他にも、『錬金鉄骨』や、『空間ワープゲート装置』というレシピもあった。前者はこの街を支えている骨組みのことで、後者はこの街に入る時に使った空間転移装置のことだろう。


「……あれ?」


 そんな感じにレシピを見ていると、どのレシピも必要素材の項目が欠落していた。その近くには別の紙が貼り付けられていて、様々な素材の名前が記されては、バツ印がつけられていた。


 ははぁ。この研究所を設立したのはルメイエさんだけど、現在はそのルメイエさんが残したレシピを研究して、ロストテクノロジーと化した一部の道具を再現しようとしてるわけね。


 合点がいったあたしは、伝説のレシピ本を取り出す。その中から錬金鉄骨の作り方を調べてみたら、しっかりと載ってた。


「足りない素材は……メルリルチル銅と液体金属、それにステンレス銀ね」


 銀のくせにステンレスとはこれいかに……なんて考えながら、あたしは貼り付けられた紙へ先の3つの素材名を書き記す。うん。錬金鉄骨はこれで作れるはず。


 続けて、同じように錬金太陽や、空間ワープゲート装置の不足素材も記載しておいた。


 研究所にあった資料によると、この世界の錬金術において、レシピは何よりも重要みたいで、レシピなしに道具を生み出すのは至難の業らしい。


「錬金術で作った道具って、機械とかと違って分解して構造を調べられるもんじゃないしねー」


 誰にともなく言う。となると、あたしの持つレシピ本って、つくづくチートなのねぇ。




 ……その後も研究所内を見て回り、そろそろ帰ろうかと思った時、あることを思いついた。


「せっかくだし、あたしもレシピ書き残しとこ」


 そしてあたしは一旦閉じていたレシピ本を開き、その辺のメモ用紙を手に取る。


 あたしが残すレシピは、究極の錬金釜の下位互換レベルの錬金釜。これを量産することができれば、この街における錬金術のレベルは飛躍的に上昇するはず。


 むしろ、できてもらわないと困る。このままだと、この世界で錬金術は絶対に流行らないから。それは悲しすぎる。


「よーし、こんなもんかしらねー」


 レシピを書き終えて、メモ用紙を机の上に置く。本来のレシピ名をそのまま書いてもいいけど、ここはあえて『メイの錬金釜』なんて名前をつけてみた。最初の調合は難しいかもだけど、この街の人たちなら、いつかできるでしょ。


 ○ ○ ○


 ……それから数日後。滞在期間最終日の早朝。


 伝説の大錬金術師が再び旅に出るのを皆に知られるわけにもいかないので、あたしはロゼッタさんと二人、外へ続く転送装置へと向かっていた。


「メイさん、研究所にレシピを残してくれたそうですね」


 その道すがら、ロゼッタさんが言う。数日経ったことで、あたしが置いたレシピの話はロゼッタさんの耳にも入ったらしい。


「まぁ、色々お世話になりましたし。そのお礼ということで」


「ありがとうございます。研究所では、さっそく調合作業が行われているようですよ」


 言って、満足げな顔をする。時間はかかるかもしれないけど、錬金術の未来のため、ぜひとも頑張ってほしい。


「つまるところ、錬金術はレシピがわからないと作れないものだらけですからね。メイさんのレシピ本が羨ましいです」


 ロゼッタさんがため息交じりに言う。このチートアイテムは他の2つのアイテムと同様、あたしにしか扱えない。その手の知識がある人間からすれば、喉から手が出るほど欲しい代物だろう。


「あはは、皆さんにとっては、まるで魔法のように見えるかもしれませんね」


「……メイさん、この街で『魔法』という言葉は禁句ですよ」


「え、そうなの?」


 冗談半分に言ったところ、真顔で返された。え、禁句?


「彼ら、魔法使いは我々を目の敵にしていますから」


 続いて、そんな言葉が飛んできた。まー、気持ちはわかるけど。これまで巡ってきた街でも、魔法使いはヒーロー、錬金術師はマイナー、こんなイメージが常に付きまとっていたし。


 実際に魔法使いに出会ったことないけど、そんな犬猿の仲なのねぇ。


 そんな話をしているうちに、街の出口にたどり着いた。あたしは最後にもう一度お礼を言う。


「私の方こそ、久しぶりにルメイエと一緒にいたようで、楽しかったですよ」


 ロゼッタさんは満面の笑みで言って、頭を下げてくれた。


 予想外の言葉に、「そ、それなら、良かったですけど」なんて間の抜けた返事をしつつも、あたしは内心ロゼッタさんの気持ちを理解していた。


 あたしにルメイエさんの代わりをさせてみたり、錬金術学校の講師をさせたり、不思議に思っていたけど、ロゼッタさんにしてみれば、15年間も行方知れずだった親友が戻ってきたような、そんな感覚だったのかもしれない。


「メイさん、お元気で。また来てくださいね」


「もちろん」


 あたしは笑顔でそう答えた。正直、楽しい場所だし、錬金術に排他的な世間に疲れたら、またふらっと立ち寄ることにしよう。万能地図があれば、いつでも来れるし。


「この世界に、同志がたくさんいるってことが分かったし」


 あたしは誰にともなく呟いて、転移装置のスイッチを入れ、砂漠へと戻ったのだった。


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