第五十四話『錬金術師の隠れ里・その④』
……その後、何とか午前の授業を終えて、職員室に戻る。疲れたぁ。お昼にしよ。
「学長と同い年と聞いていましたが、本当にお若いですね。若返りの秘薬を調合したというのは本当ですか」
「私は転生したという噂を聞きしました」
職員室の隅に錬金釜を出して、お昼ごはんのオムライスと野菜サラダを調合していると、同じように授業から戻ってきた先生たちから質問攻めにあう。
その噂、誰から聞いたのよ。一応転生してるけど、ルメイエじゃないから。
軽くあしらって、完成した食事を持って自分の席に戻る。
少しだけ気になったので、食事しながら調べてみたら、レシピ本に若返りの秘薬が本当に載ってた。必要素材は神秘の湧き水、ワカワカ草、ヤングトリート。素材の名前からして若々しい。
あと『用法用量を守って正しく使いましょう』って注意書きも。確かに、若くなりたいからって飲み過ぎて、赤ちゃんになっちゃったらヤバいわよね。
……って、なんかスローライフの代わりにスクールライフ満喫してる気がするけど、大丈夫かしら?
○ ○ ○
午後からの授業は実技演習。皆で実験室に移動して、それぞれ錬金釜の前に並ぶ。あたしも広い教壇で自前の錬金釜を出して、隣のロゼッタさんの指示を待っていた。
「今日は万年筆を作ってみましょう。この中で、レシピがわかる者は?」
「はい!」
ロゼッタさんが学生たちを見渡しながら言うと、一人の女子生徒が一番に手を挙げた。緑色の髪をツインテールにまとめている、元気のいい子だった。
「はい、ミネット」
「銅と少しの水、そして木炭です!」
「正解です。さすが、よく勉強していますね」
褒められて、「えっへへー」と満面の笑みを浮かべてから着席した。そうなんだ。レシピ、後で確認しとこ。
「では、ここでルメイエ先生のお手本を見せてもらいましょう」
「へっ、あたし?」
突然話を振られて、思わず妙な声が出た。すぐに、「え、ええ。いいですとも」と、取り繕う。
「えーっと、こうやって、水入れて銅入れて木炭入れて、ぐるぐるーっと」
そして、説明しながら調合を行う。できるだけゆっくりやったつもりだったんだけど、皆は一様に目を丸くしていた。隣のロゼッタさんまでも。
「普段から意識してないんですが、早すぎましたかね?」と、ロゼッタさんに小声で尋ねると、「普段なら鍋をかき混ぜながら、30分はかかるところです」と言われた。は? 30分!? たかが万年筆で!?
ロゼッタさんは、「調合が早いとは聞いていましたが……さすが驚異的ですね。ルメイエのそれと、ほぼ同じ速度です」と引きつった笑顔を浮かべた。あー、そりゃまあ、究極の錬金釜ですから。チートアイテムですから。
動揺する学生たちに、「皆さん、彼女は特別ですから」と、説明をしてから、改めて学生たちに調合を始めるように促す。その様子を見守るも、どんな調合も一瞬で終わる錬金釜を持つあたしからすれば、それはとてもゆっくした作業に見えた。ロゼッタさん曰く、これが本来の錬金術なのだそう。
学長さんだし、ロゼッタさんも錬金術はかなりの腕前らしいけど、それでも万年筆の調合に20分はかかるらしいし。午後の授業が全て実技の時間に割り当てられているのも納得だわ。この世界の錬金術は本来、ものすごく時間がかかるものらしい。
○ ○ ○
一度実技を披露して以後、あたしは学生たちが調合する様子を見て回っていた。
「ちょっとミネットさん! 勢い強すぎよ! 錬金釜が倒れるわ!」
てりゃー! なんて豪快な掛け声とともに錬金釜をかき回す女子生徒に、ロゼッタさんがそんな声をかけていた。うーん、あの子は錬金術師より、別な職業に向いてそう。カーリング選手とかさ。
「委員長、杖が迷っていますよ。完成品を思い描くのです」
「は、はい……!」
午前中にあたしに質問をしていた委員長も、ロゼッタさんの指示を受けながら必死に錬金釜をかき混ぜる。頑張って、委員長。
……30分近い調合作業の後、きちんとした万年筆が完成したのは、クラスの半分くらいだった。それこそ、できそこないのボールペンみたいだったり、ただの棒だったり。ロゼッタさん曰く、予想以上に散々な結果だったらしい。
「……錬金術師の街とはいうものの、錬金術のレベルはこの程度なのです。恥ずかしながら」
大きなため息をついて、ロゼッタさんが言う。元々はルメイエさんの実力におんぶにだっこだったって話だし、無理もない。この街の将来、大丈夫かしら。
……万年筆に続き、学生たちはマグカップや時計といった調合に挑戦したけど、結果は芳しくなく。精も根も尽き果てていた。
その惨状を見たロゼッタさんは「少し休憩しましょう」と言い残し、教室を出ていった。
すると、学長の目がなくなったことをいいことに、すぐに学生たちがあたしの元へと集まってきた。
また質問攻めかなー、今度は何を聞かれるんだろ。なんて思っていたら、「先生、教えてほしいことがあるんですけど」と、皆真剣な表情だった。
さすがのあたしも彼らの本気度を察し、「あたしにわかることなら」と、襟を正したのだった。
○ ○ ○
その後は休憩時間が終わるギリギリまで、学生たちと話をした。
正直なところ、あたしより彼らのほうが錬金術の知識があった。あたしはいくつもチートアイテムを持っているから最強なのであって、深い知識があるわけじゃない。
専門的な話はすぐについていけなくなったので、あたしはこれまで錬金術で作った道具の活用方法を交えつつ、旅をして得た体験を話して聞かせた。
ポーションや爆弾を始めとした様々な道具の作り方と、それを用いた戦い方。爆弾は極めればドラゴンや怪鳥とも渡り合えることや、湖の主を倒した話。浮島や海底の街の話などなど。
思い出話に近くて、こんなので伝わるのかって思いもあったけど、錬金術の基礎がわかっている彼らは、時に目を輝かせながら、時に真剣な表情で頷きながら、あたしの話を聞いてくれた。
……うん。彼らは向上心と好奇心にあふれてる。この街の未来、捨てたもんじゃないかも。
あたしの話で特に学生たちが興味を持ったのが、この街を発見するきっかけにもなった万能地図だった。
万能地図を覗き込んで目を輝かせる彼らに、「せっかくだし、作ってみる?」なんて、自然と提案していた。
万年筆調合の結果を見た限り、難易度が高いのはわかってる。けど、錬金術に必要なのは好奇心だと、あたしは思ってるから。
○ ○ ○
というわけで、戻ってきたロゼッタさんに事情を話し、本日最後の課題として万能地図作りに挑戦してみることに。
あたしはレシピを説明して、容量無限バッグから必要素材を全員に配布する。万能地図の調合に必要なのは、元になる地図と、妖精石。これだけ。
レシピを教えたところで、調合に必要な時間は未知数だとロゼッタさんは言った。どうやら彼女も作ったことはないらしい。だけど必要素材も少ないし、これだけ人数がいる。一人くらい成功しそ……。
「ぎゃーーー!」
「ひえーーー!」
そんな事を考えていた矢先、奥の方で錬金釜が盛大に爆発した。え、失敗? 早くない?
なんて思った直後、また別の錬金釜が爆発した。それからはまるで連鎖反応のように、次から次へと錬金釜が爆発。あれよあれよという間に、学生たちの錬金釜が残らず爆発し、全ての調合は失敗に終わった。
うっわー……特段気にしたことなかったけど、素材がシンプルな分、本来は極めて繊細な調合が必要な道具みたいね。それこそ、かき混ぜる速度が少しでも早かったら爆発しちゃうみたい。数撃ちゃ当たるかって思ったけど、無理だった。シビアねー。
「し、失敗しても構いません。失敗は成功の母です」
と、元の世界で誰かが言っていた言葉を皆に告げ、あたしはなんとかお茶を濁した。
……結局この実技演習も、あたしの持つ究極の錬金釜の優秀さが再確認されるだけの出来事となった。
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