第五十三話『錬金術師の隠れ里・その③』



 あたしは旅する錬金術師メイ。現在……伝説の大錬金術師ルメイエとして、街の大通りを凱旋パレード中。


 右も左も見渡す限り人の中、あたしは豪華に装飾された馬車に乗ってゆっくりと進んでいた。


 15年の歳月を経て、ほぼ神格化した錬金術師様が帰還したとなれば、皆がお祝いしたくなる気持ちも分かるけど……これは、すっごいわねー。


「ルメイエ様、おかえりなさーい!」なんて声が飛んで来る中、あたしは固まった笑顔のまま、手を振り返していた。


 予想はしてたけど、めっちゃ恥ずかしい……!


 ――この街に滞在する間、ルメイエとして振る舞ってみてはいかがですか?


 ロゼッタさんからそんな提案をされて、あたしは当然拒否した。一度は。


 その返答を予想していたのか、ロゼッタさんは「もちろん、ただでとは言いません」と、様々な報酬を示してくれた。


 その中には、現金や高級素材セットに加え、レシピ研究所への立ち入り許可があった。


 前に一度門前払いを食らった、例のレシピ研究所。


 かなり気になってたんだけど、どうやらルメイエさんが作った研究所らしく、あたしがその役を演じれば、出入りし放題という条件だった。


 好奇心に負けたあたしは、熟考の挙句、首を縦に振ったのだった。




 そして、今に至る……と。


 あー、早くパレード終わんないかしら。


 右へ左へ視線と手のひらを動かしながら、まだまだ遠くにある建物へ視線を送る。


 そこはロゼッタさんがルメイエさんと立ち上げた錬金術学校で、このパレードの終着点でもある。


 錬金術の学校とかあるの!? と、普段のあたしなら飛び込んでいきそうだけど、今はそれどころじゃない。


 えーっと、パレードの後は、講演会だっけ?


 あたしは表情を崩さぬまま、考えを巡らせる。


 原稿は用意してもらったけど、さらっとしか目を通してないし。めっちゃ不安。


 それこそ準備の最中、ルメイエさんの口調とか知らないんですけど……とロゼッタさんに聞いてみたけど、「当時のルメイエは私しか知りませんから、きっと大丈夫ですよ。年月も経ってますし、誤魔化せます」なんて言われる始末。


 ……ええい、もう、どうにでもなれ!


 ○ ○ ○


 緊張しまくって何を言ったかすら覚えていない講演会を終えて、あたしはロゼッタさんに連れられ、宿屋へと戻ってきた。


「や、やっと終わったぁぁ」


 部屋に入るなりベッドに倒れ込むあたしを見ながら、ロゼッタさんは「明日からは授業がありますから、疲れている暇はありませんよ」なんて言う。


 ……はい? 授業?


「えーっと、ルメイエさんになりきるための勉強でもするんです?」


「御冗談を。明日は錬金術学校で臨時講師をしてもらおうかと思いまして。ルメイエと間違えられるほどの錬金術の腕前、楽しみにしていますので」


 授業ぉ? あたしが? いやいや、そっちこそ御冗談を。


「それでは、明日の5時。またお迎えに来ますので」


「5時!? あの、ちょっと待――」


 朝早いわよ―――! と伝える前に、扉は閉まってしまった。壁にかけられた時計を見ると、すでに夜の10時を回ってる。


 基本素泊まりだし、今からご飯作って、お風呂入って……そうだ。朝ごはんも作っとかないと。朝早いから作る時間ないかもだし。そうなると……あれ?


 自然とスケジュール管理しようとしている自分に気づき、はっとなる。おっかしい。あたしのスローライフどこに?


 ……そっか。ルメイエさんも元々はグータラのスローライフ志望だったって話だし、その親友であるロゼッタさんは、ある意味あたしみたいな人間の扱いには慣れてるってこと?ぐぬぬ。なんか悔しい。


 ○ ○ ○


「皆さんにご紹介します。本日の臨時講師、ルメイエ先生です」


「ど、どーもー」


 そして翌日。あたしは錬金術学校の臨時講師として、ロゼッタさんとともに教壇に立っていた。


 目の前には若い学生さんたちが大勢座り、あたしに視線を送ってくる。昨日よりはマシだけど、これはこれできっつい。


「ルメイエです。今日と明日の二日間だけですが、よろしくお願いしますー」


「伝説の大錬金術師様から直接指導を受けることができる、またとない機会です。質問がある者は、率先して行うように」


 あたしの挨拶の後、ロゼッタさんが凛とした声で付け加えた。ちなみにこの人、ここの学長だって話。雰囲気とか、なんか別人みたいねー。


「はい先生! 質問!」


 その時、赤髪の、いかにもお調子者っぽい男子生徒が手をあげた。


 ロゼッタさんが指名すると「ルメイエ先生、彼氏いるんですか!?」と聞いてきた。学生って、絶対この手の質問するわよねー。


 直後に、「ルシア、真面目な質問をなさい」と一喝されると、頭を掻きながら席に戻った。質問それだけかい!


「あの、ルメイエ様、錬金術において、素材選びのコツはあるんでしょうか。私、素材選びが下手で……」


 その次に、眼鏡をかけた、茶髪のショートボブの女子生徒がそんな質問をしてきた。えーっと、素材選びのコツ……?


「私にはわからない感覚ですが、ルメイエは調合の時、『素材の声が聞こえる』と言ってました」


 あたしが答えに困っているのを見て、ロゼッタさんがそう耳打ちをしてくれた。素材の声? うん。あたしにもよくわかんない。


 ひとまず、ロゼッタさんの言葉をそのまま口にすると、納得できたのか、女子生徒はお礼を言って席に座った。


 すると、先程ルシアと呼ばれた男子生徒が「委員長、真面目ー」と、その女子生徒に茶々を入れていた。


 ……うん。あの男子生徒、絶対委員長の子に気があるわね。あたしにはわかるわよ。


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