第五十一話『錬金術師の隠れ里・その①』



 宿を決めたら、お待ちかねのショップ巡り。


 最初に足を運んだのは、錬金釜専門店。お店の看板曰く、古今東西の錬金釜が集うお店……らしい。


 すでに究極の錬金釜を持っているあたしにとっては無用のお店にも思えるけど、これがまた見てるだけで楽しい。


 お手頃価格な鉄製の錬金釜から、陶器の錬金釜、温度調節が難しそうな銅の錬金釜など、様々な種類の錬金釜が並んでいた。


 形も多彩で、ポピュラーな半球形のものから、楕円形のもの、どうやってかき回すのか、ひょうたん型の錬金釜まであった。


「うわー、これは目移りしちゃうわねー」


 無数の錬金釜に目を輝かせているあたしを見て、「いらっしゃいませ。新入荷の商品がありますよ」と、男性店員さんが近づいてきた。うぐ、悪いけど、あたしは買うつもりはないのよ。買う気満々に見えるかもだけどさ。


 ○ ○ ○


「……はぁ。うっとおしかった」


 しつこく新商品を薦めてくる店員さんをなんとかあしらって、店を出る。


 次は素材ショップを覗いてみた。さすが錬金術の街だけあって、素材は品質が良いものが揃っている。


 地下水が潤沢にあるのか、砂漠の真ん中にあるはずなのに水の品質はかなり良い。そのおかげか、植物関係の素材も良い感じ。この広い街のどこかに温室でもあるのかも。


 それからレシピ研究所に足を運んでみるも、関係者以外は立入禁止ということで、再び大通りをぶらぶら。


 さすがに場所が場所だけに冒険者ギルドの掲示板はなかったけど、見知らぬ女性から「あらお嬢さん、ステキな飛竜の靴をお持ちね」とか声をかけられた。やっぱり、わかる人にはわかるのよね-。


「……うん?」


 旅人が珍しいのか、あちこちから視線を感じる。思わず苦笑いしながら歩みを進めていると、気になるお店を見つけた。


 そこの看板には『貸し調合スペース。10日まとめて借りると半額!』と、でかでかと書かれていた。貸し調合スペース?


 気になったので店員さんに話を聞いてみると、「数日間かけてじっくりと調合ができますよ」とのこと。数日? ちょっと何言ってんのかわかんないんだけど。


「わざわざお金払って室内で調合するくらいなら、外でぱぱっとやるわよ」


 あたしが思わずそう口にすると、店員さんは「はぁ」と、狐につままれたような反応をした。このお店、商売になってるのかしら。




 そんな貸し調合スペースのお店を後にすると、お腹が鳴った。色々あったから忘れてたけど、時間はお昼時。


 宿屋は素泊まりだからご飯は自前で用意しなきゃなんだけど……この街、大通りですら食べ物の屋台が全く出てない。どういうことかしら。


「……仕方ない、お昼ご飯調合しよ」


 あたしは大通りの途中に噴水広場を見つけると、邪魔にならないように端へ寄って、バッグからマイ錬金釜とレシピ本を取り出す。


 ……瞬間、周囲がざわついた。


 少しの間を置いて、「今、どっから出した?」「それより見て、あの錬金釜。あれって……」なんて声も聞こえる。


 あー、この反応……新鮮過ぎる。先の飛竜の靴もそうだけど、さすが錬金術師の街。分かる人にはわかるのねー。


 ふふん。と、得意げに鼻を鳴らしてから、あたしは調合を開始する。なーにを食べようかしらねー。


 レシピ本をめくり、手持ちの素材と相談した結果、サンドイッチに決めた。素材は小麦と豚肉、それにキュウリやトマトなどの野菜。簡単な料理だし、ものの数秒で錬金釜から完成品が飛び出してきた。


「よーし、完成!」


 使った道具たちを手早く容量無限バッグへとしまうと、あたしはさっそく食事にする。


「それじゃ、いっただきまーす……ん?」


 ……その時、無数の視線を感じた。


 思わず周囲を見渡すと、いつの間にか人だかりができていて、その全員があたしを見ていた。え、なになに? やだ、超見られてる。はっずかしい。


「えー、あー、もしかしてこの街、食べ歩き禁止だったりするんです? それなら、ごめんなさい」


 一瞬考えて、そんな結論に至った。ここは異世界だし、街の美化のためにそんな極端な法律があったりするのかも。それなら、外に食べ物の屋台がないのも納得だしさ。


 もしかしてあたし、法に触れた!? なんて背中に汗をかいていると、群衆の中の誰かが叫んだ。


「……伝説の大錬金術師様のお戻りだ!」


「は?」


 思わず聞き返すも、「俺もそう思った!」「わたしも!」「僕も!」等々、同意する声が続き、大騒ぎになる。


「ちょ、ちょっと待って。伝説の大錬金術師? あたし、ただの旅する錬金術師だけど?」


 そう反論すると、「御冗談を。今の調合速度、ルメイエ様の他に誰がいましょう」なんて言って、なおも羨望のまなざしであたしを見てくる。もー、なんなのー?


「……これはなんの騒ぎですか?」


 次第に騒ぎが大きくなって、いよいよ収拾がつかなくなってきた時、人波をかき分けて初老の女性がやってきた。少しくすんだワインレッドの長髪を束ね、眼鏡をかけている。


「ロゼッタ様! ルメイエ様のお戻りですよ!」


 その姿を見た群衆の中から声が上がる。誰か知らないけど、お願い、助けて。


「……そんなまさか。ルメイエ。おかえりなさい」


 だから、違うってばーーー!



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