第四十九話『続・錬金術師の移動手段』



 あたしは旅する錬金術師メイ。先日盗賊団を討伐した後、あたしは再びスローライフに戻っていた。


 砂漠限定の素材もそれなりに集めたので、最近はサボテンの栽培に精を出している。ウチワサボテンとか食べられるらしいし、うまく利用すれば町の新しい産業になるんじゃないかしら。サボテンステーキとか美味しそう。


 そんなこんなでサボテン料理を研究しつつ、いつかはラシャン布を目指して地道に依頼をこなしていた、ある日。


「れんきんじゅつしのおねーちゃん!」


「あらー、ミリーちゃんじゃない。今日はどうしたのー?」


 貧民区の井戸で水汲みを手伝っていると、ミリーちゃんとそのおじいちゃんがやってきた。最近は定期的にポーションを飲んでいるおかげか、おじいちゃんも元気そう。


「メイさまには色々とお世話になりましたので、今日はそのお礼に来ました」


 孫に連れ添ったおじいちゃんは、そう言って折りたたまれた布をあたしに差し出す。


 ……勢いで受け取って、すぐに気づいた。この手触り。もしかして。


「これって、ラシャン布?」


 受け取った布を開きながら、あたしは弾んだ声を出してしまう。どうしてこの布がここに?


「実はそのラシャン布、この町の中でも、貧民区にのみ製法が伝わっているのです。風の噂で、メイさまがこの布を欲しがっていると聞きまして」


 ……そういえば、ミリーちゃんの家にも機織り機があった気がする。


「地主さまがいなくなり、これからは自由に商売してよいと言われましてな。皆で素材を集め、今朝一番で完成した品なのです。どうぞ」


「ええ、駄目駄目! こんな高いの、受け取れないから! それこそ、売って生活の足しにしなさいよ!」


「いえいえ。井戸を掘ってくれたお礼として、受け取ってください」


「おねえちゃん、どうぞー」


 事情を知って、思わず突っ返す。けれど、二人は笑顔を崩さずに言う。いつの間にか、その二人の背後にも住民が集まってきて、皆、一様に笑顔だった。


「あー、うー」


 そこまでされたら、あたしも受け取るほかなかった。


 慣れない出来事に、嬉しいような、申し訳ないような気持ちでいると、「おねえちゃん、いどをほってくれて、ありがとー」と、ミリーちゃんが抱きついてきた。思わず抱き留めると、体温と一緒に、あったかい感情が胸の中に広がった。


 ○ ○ ○


「……それでは、いざ」


 ついに素材が揃ったということで、あたしはその場で空飛ぶ絨毯の調合を始めた。


 集まっていた人たちも、小さなバッグの中から突然現れた錬金釜に驚き、今から何が起こるのか興味津々の様子だった。


 あたしはレシピを確認しながら、翼竜のウロコ、怪鳥の羽根を錬金釜に放り込み、最後にラシャン布を投入する。


 やがて虹色の渦から飛び出してきたのは、一見何の変哲もない絨毯。でも、あのラシャン布の見た目をまんま引き継いでいた。


「これで、完成なのですか?」


 地面に敷いたそれを、皆が不思議そうに見る。注目を集める絨毯に向けて、あたしは一言、「浮かび上がれ!」と言葉を発した。


 直後、あたしの言葉に応えるように絨毯が50センチほど浮かびあがった。見ていた人々から歓声とどよめきがあがる。


「うん。扱い方はほうきと同じみたいねー。よっと」


 僅かに波打つ絨毯に、あたしはゆっくりと腰を下ろす。おお、元々の素材の特性もあって、ふっかふか。


「ちょっと練習してみるから、離れててねー」


 皆に注意を促した後、もっと高く! と念じてみる。じわじわと高度が上昇していき、気づけば、ほうきの数倍の高さまで浮かび上がっていた。すっご。砂漠のずっと向こうまで見渡せる。


 続いて、前に進め! と念じると、何の抵抗もなく、ぐんぐん加速していく。それこそ新幹線にでも乗っているかのように、音もなく静か。この速度はほうきの比じゃない。


 絨毯の上って吹きっさらしのはずなのに、どんなに速度を出しても風の影響を感じないし、まるで絨毯にお尻がくっついているような安定感。それでいて、操作性はほうき以上。これ、いい。素材集めるまで色々あった分、喜びもひとしおだった。


 ○ ○ ○


 ……それからあたしはもう数日間、砂漠の町で過ごした。


 空飛ぶ絨毯に子どもたちを乗せて遊覧飛行したり、耐久テストを兼ねて重たい荷物を乗せて運んでみたりした。


 どれも魔女のほうきではできなかったし、この絨毯、いわゆるリモート操作ができるし、物資の運送とか、移動手段以外にも色々と使えるかもしれない。


 ちなみに貧民区の井戸には、いつの間にか『錬金術師メイの井戸』なんて看板が取り付けられていた。うああ、気持ちは嬉しいけど、めっちゃ恥ずかしい……!



 ……そんな日々も過ぎ去って、やがて旅立ちの日が来た。


 涙をこらえながら、「またきてね」というミリーちゃんをしっかりと抱きしめてあげる。名残惜しいけど、あたしは旅する錬金術師。また会いに来るからね。


 貧民区の皆や、騎士団のリチャードさんたちに見送られながら、バッグから取り出した絨毯に腰を下ろす。一瞬の間を置いて、絨毯がふわりと宙に浮く。


「それじゃ、元気でねー!」


 努めて明るく振る舞って、あたしは町を離れ、金色の大海原へと飛び出した。砂漠の町でも色々あったけど、次はどの町に行こうかしら。


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