第四十八話『砂漠の町にて・その⑤』



「いた! リチャードさーん!」


 数で勝る野盗たちに周囲を囲まれながらも、統率の取れた動きで守りの陣形を整える騎士たちの中に、リチャードさんの姿があった。兜が外れていたので、すぐに区別がついた。


「おお、これはメイさん」


「こいつら、何者!?」


「この辺りを根城にしている盗賊団です。時々町に現れては水や食料を奪っていくとのことで、警戒はしていたのですが……はぁっ!」


 話しながら、盗賊の剣戟を華麗にかわし、カウンター気味に一撃を叩き込む。おお、リチャードさん強い。


「私はこの者たちの討伐のために派遣されていたのですが……今回は予想以上に彼らの行動が早く、対応が後手に回ってしまったのです。どう!」


 もう一人打ち倒す。続いて、別の弓兵が屋根のあたしを狙ってきたけど、そんな攻撃は見えない盾の前では無意味。


「じゃあ、今度はあたしのターン! 騎士団の皆、伏せて!」


 そして投げ放ったのは、最近作った風の爆弾。それは騎士団の頭上で爆発すると、周囲に突風を巻き起こした。


 謎の生き物に乗っていた野盗たちは皆吹き飛ばされ、一様に地面に転がる。一方、地面に伏せていた騎士団は難を逃れていた。


「おお、助かります! お前たち、大人しくしろ!」


 あたしの爆弾で形勢逆転した騎士団は、一気に攻勢に出る。こうなると、所詮寄せ集めの盗賊団はパニックだ。


「騎士団どもめ、怪しげな道具を使いやがって! お前ら、さっさと井戸に向かうぞ!」


 そんな中、如何にもボスらしい風貌の男性が声をあげると、突風攻撃から逃れた一部の盗賊とともに、貧民区へ向かっていく。ほう? 盗賊が井戸を狙うとな?


「リチャードさん、ここはよろしく!」


「心得ましたが、メイさんはどちらへ?」


「貧民区! あいつらの目的、井戸らしいから!」


「井戸ですか? 盗賊が何故に……」というリチャードさんの言葉を聞き終わる前に、あたしは再び屋根の上を駆けた。弱い者の味方な錬金術師、それがあたし。


 ○ ○ ○


「あんたたち、止まりなさーい!」


 屋根伝いに貧民区へ先回りして、盗賊団の残党を迎え撃つ。突然屋根の上から声をかけられて、彼らは目を白黒させていた。


 ちなみにミリーたちをはじめとした住民は皆、家の中に隠れてるらしかった。被害が及ばないうちに、さっさと終わらせないと!


「おい女、さっきから邪魔してきやがるが、何者だ?」


 先頭を走っていたボスが立ち止まり、訊いてきた。あたしは胸を張って、迷わず、「旅する錬金術師よ」と答えた。


「錬金術師だぁ? 聞いたかお前ら、あの方は錬金術師様だとよ」


 明らかに馬鹿にしたような声に、笑い声が続いた。ほほう。もしかしてこの人たち、さっきの爆弾があたしの攻撃だと気づいてらっしゃらない? というか、錬金術師を舐めてる? 舐めてるわよね?


 あたしは努めて笑顔のまま、相手の人数を確認する。ざっと10人くらい。さすがに一人で相手をするにはきつそうね。


「自律人形たち、手伝って!」


 あたしは容量無限バッグから、四体の自律人形を引っ張り出す。勢いよく飛び出した彼らは、その液体金属の体をゴムのように弾ませて着地した。


「お、お頭、なんか出てきましたぜ?」


「怖気づくんじゃねぇ! 所詮、相手は錬金術師。あんなの子供だましだ!」


 突然降ってきて、うにょうにょと人型になろうとしている銀色の自律人形(液体)たちを前に、盗賊たちは腰が引けていた。そりゃそうよねー。あたしも最初は引いたもの。少しだけ。


「あんたたち、気絶させるだけでいいからねー」と、自律人形たちにやんわりと指示を出すと、それぞれがファイティングポーズを取ったり、挑発するような仕草をしたりと、やる気に満ち溢れた。


「ひ、怯むな! ぶっ倒せぇ!」


「オラァ!」


 ……それにしても、この世界の錬金術師ってどんな存在なのよ。良い話、全然聞かないしさ。


「ぎゃあ!」


「この野郎!」


 ……あたしもスローライフの傍ら、それなりに良い事もしてるつもりなんだけどなぁ。色々と難しい。


「お頭ぁ、あいつら、いくら斬っても死なねーっすよ!?」


「そんな馬鹿な話があるか! もう一度だ! 囲むんだよ!」


 ……そだ。戯れに、勝手に戦う剣も差し向けとこうかしら。


「な、なんだ!? 剣が勝手に……うわあああ!?」


 ……安心しなさい。みねうちだから。




 ……そんな風にあたしが屋根の上で考えを巡らせているうちに、地上はいつの間にか静かになっていた。


 視線を下げると、盗賊たちは一人残らず地面に転がっていて、その中心で四体の自律人形たちが勝利の余韻に浸っていた。


「ナイスファイトだったわよー」と声をかけてあげると、照れながら頭を掻いていた。家作りからバトルまで、なんでもこなせるのねー。ほんと、頼りになるわー。


 素材に液体金属を使ってるだけあって、剣で斬られても、弓で射られてもびくともしないし、うにょうにょした柔軟な動きで相手をねじ伏せていた。


 正直に言うと、先日海底で軍隊相手に無双した水中銃は地上では使えなかったから、助かっちゃた。明らかにオーバーテクノロジーだと思ってたけど、水中専用なら納得かも。


「メイさん、ご無事ですか!?」


 自律人形たちをバッグに収納した直後、リチャードさんたちがやってきた。どうやら向こうも片付いたみたい。


「これで一件落着ねー」と、笑顔で言うと、「助けていただきましたし、懸賞金は全てメイさんにお渡ししますよ」と言われた。え、懸賞金?


 詳しく話を聞くと、あの盗賊団には一人につき1000フォルの懸賞金が掛けられていたらしい。


 ちなみに合計金額は? と尋ねると、「全部で40人でしたね」と教えてくれた。40人の盗賊。どっかのアラビアンナイト? なんて考えが頭をよぎったけど、合計4万フォル。思わぬ臨時収入だった。


「それでは、我々はもう一仕事ありますので」


 これは、ラシャン布に一歩前進……なんて思っていると、リチャードさんが一枚の書類を手にしながら言う。はて、もう一仕事とは?


 尋ねてみると、メイさんだからお話しますが、と前置きた上で、「捕えた盗賊の一人が、ここの地主に雇われたと白状しましてね。少し事情聴取をば」と小声で教えてくれた。


 なるほどねぇ。この盗賊団、やけに井戸に執着してると思ったら、あの地主の差し金だったわけ。あたしに井戸を作られた腹いせに、襲撃して壊すつもりだったと。金にものを言わせて、やり方が汚い。


 地主のお屋敷へ向かう騎士団の背を見送りながら、あたしは「でも、因果応報よねぇ」と呟いたのだった。


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