第四十七話『砂漠の町にて・その④』



 あの地主騒動から数日後。あたしはしばしの間、砂漠の町でスローライフを楽しんでいた。


 日替わりのカレーを食べたり、暑さに抗うために冷房……は、さすがに作れなかったので、扇風機を作ってみたりした。


 いっそ、温度調節された万能テントで過ごせばいいじゃない……なんて声が聞こえてきそうだけど、それだとこの町にやってきた意味がない。旅先の環境で快適に過ごしてこその、スローライフ。


 それ以外にも、気まぐれに冒険者ギルドの掲示板を覗いては、薬の納品や魔物の討伐依頼を受けて生活費を稼いでいた。この前、所持金ががっつり減っちゃったし、少しでも貯めとかないと。


 ちなみに水の納品依頼は相変わらず出ていたけど、あの一件以来、受けないようにしている。


「それにしても、昨日倒した……バジリスクだっけ? あの蛇の化け物。目から石化ビームは本気でビビったわ。なんとか勝てたけど、見えない盾が無ければやられてたかも。はぁ」


 帰還した宿屋で体力回復のためのポーションを飲みながら、あたしは大きなため息をつく。


 魔物討伐の依頼は報酬も多いんだけど、いかんせんあたしの理想の生活とはかけ離れている。どの世界でも先立つものは必要だし、仕方ないけどさ。


 ……はて。何か忘れているような。


「……あっ! ラシャン布!」


 ……そんなこんなで、すっかりラシャン布の存在を忘れていたあたしは、思い出したように生地屋さんへと足を運んだ。


「は? 15万フォル?」


 そして店に並ぶラシャン布の値段を目の当たりにして、絶望した。


「えーっと、そんな高級なのじゃなくて、もっと普通ので良いんですけど」


「錬金術師さん、冗談はよしとくれよ。これ、うちの店で一番安いやつだよ?」


「ほっほー」


 思わず、妙な声が出た。許可をもらって触れてみると、めっちゃ良い手触り。そして細かい模様がびっしり。そう。例えるなら、ペルシャ絨毯みたいな感じ。


 ……これが素材? 嘘でしょ?


 あたしは店の天井から吊るされた色鮮やかなラシャン布たちを見上げる。その全てに、25万~120万フォルの値札がつけられていた。店長さんの言う通り、目の前にあるこれが一番安いみたいだ。


「それで、買うのかい?」と、笑顔で迫ってくる店長を「少し考えますわ」なんて言ってかわし、あたしは店を後にした。


 錬金術の素材=安いって言うあたしの固定概念は、今回の一件で粉々に打ち砕かれたのだった。


 ○ ○ ○


「うーん、空飛ぶ絨毯への道のりは遠い……」


 あたしは近くの露店で売っていたチュロスを片手に、宿屋の自室に戻っていた。


 容量無限バッグから自分の財布を取り出して中身を確認すると、残金は約6万フォル。


 掲示板の依頼でちょこちょこ稼いではいるけど、さすがに15万フォルのラシャン布には全く手が届かない。


「あー、別の移動手段考えよーかしらー」


 言って、あたしは部屋の隅に置いた扇風機のスイッチを入れ、チュロスを口にくわえたままベッドに寝っ転がる。


 この扇風機、スイッチを押すだけで涼しい風が吹く優れもの。素材は風車草と鉄、そして磁石。風車草はハッピーハーブと一緒に採取した草で、まんま風車みたいな形をしてる。リティちゃん曰く珍しいみたいだし、見た目も可愛かったので採取しておいたのだ。


 その動力源は電気……じゃないとは思うけど。磁石が必要だったから、その辺かしら。


「むー、また魔女のほうき作る? 素材も揃ってるけど、あれに乗ってたら十中八九、魔法使いに間違われるのよねぇ」


 レシピ本をめくりながら、もむもむとチュロスを食べる。扇風機の風で粉が飛ぶけど、お構いなし。シナモンが効いてて、おいしい。


「……駄目だわ、いいのがない!」


 それから30分ほどレシピ本とにらめっこして、あたしは根を上げた。


 勢いに任せて立ち上がると、扇風機に向かって、「アー、ワレワレハトオイホシカラヤッテキター」なんて、古の呪文を口ずさんでみる。


 チュロスで糖分補給しても、いい考えは浮かばないし、どうしたもんかしら。


 あたしは窓を開けて、青く晴れ渡った空を見上げる。


 移動手段の件はいったん棚上げにして、明日またルマちゃんを呼び出して、一度別の町に行こうかしら。環境変えたら良いアイデアが浮かぶかもしれないしさ。


 そう考えつつ、何度目かわからないため息をついた。


 ……直後、目の前の窓枠に一本の矢が刺さった。


「は?」


 思わず二度見したと同時に、なんか町が騒がしくなってきた。


 目を凝らすと、ラクダと馬の中間みたいな生き物に乗った無数の人が、砂埃をあげながら町になだれ込んでくるのが見えた。


「あれ、何かしら」


 反射的に見えない盾を展開した後、あたしは窓から身を乗り出して周囲を見渡す。一応町を囲うように低い柵が設置してあるものの、謎の生き物に乗った連中は軽々と跳び超えていた。


 その集団を前にして、町に駐屯する騎士たちが、「お前たち、止まれー!」と叫んでいる。


 もちろん連中が止まる気配はなく、騎士団をおちょくるかのように、その周囲を走り回っていた。「ヒャッハー」なんて奇声も聞こえるし、どうみても野盗の類だわ。


 あの騎士たちの中に、間違いなくリチャードさんも居るんだろう。先日助けてもらった恩もあるし、ここは助太刀しなくちゃ。受けた恩は必ず返す錬金術師。それがあたし。


 そう決めるが早いか、あたしは飛竜の靴を履いて、颯爽と窓から身を投げた。そのまま二階部分の壁を蹴って屋根に上ると、その機動力を最大限に発揮しながら屋根伝いに駆けた。


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