第四十六話『砂漠の町にて・その③』



 女の子を追って行きついたのは、町のはずれ。


 これまでとは町の雰囲気がガラッと変わって、建物は古く、平屋の建物が目立つ。


「……ここ、いわゆる貧民街って場所なのかしら」


 きょろきょろと周囲を見渡す。治安が悪い感じはしないけど、なんか活気がない。静まり返っている。


「じーじ、おみずー!」


 だからこそ、女の子の元気な声がしっかりと聞こえた。それを頼りに建物の目星をつけたあたしは、壊れて半開きになっていた窓から、こっそりと中を覗き込んだ。


 古い機織り機と、木製のテーブルと椅子が置かれただけの室内に、おじいさんと女の子がいた。


「おや、ミリーや、この水はどこでもらったんだい」


「おねえちゃんにもらったの! これのんだら、じーじげんきになる!」


「わしのために用意してくれたのかい。ありがとうね」


 言って、ミリーと呼んだ女の子の頭を撫でる。あの子、病気のおじいちゃんのために水を欲しがってたのね。


「でも、このお水は飲めないよ。返しておいで」


 おじいちゃんは苦笑いを浮かべる。言葉には出さないけど、あの水は見た目が立派過ぎて、盗品だと思ってるのかもしれない。そうじゃないのに。ミリーちゃんの好意が無駄になっちゃう。


 そう思ったら、居ても立っても居られなかった。あたしは家の正面に回り、「ごめんください!」と大きな声を出していた。


 ○ ○ ○


「なるほど、この水は貴女がミリーに渡してくれたものなのですか」


 半分押し入るように家にお邪魔して、自己紹介した後に事情を説明する。ようやくわかってくれたみたい。


 続いて「この家は二人暮らしなんですか?」と尋ねると、「ミリーは両親を早くに亡くしていましてな。唯一の身内である私が面倒を見ていたのですが……やれやれ、年には勝てませんな」


 白髪の混ざった頭を掻きながら笑う。その顔は年齢不相応に痩せこけていた。


 それを見て、「とりあえず水ではなく、これを飲んでください」と、あたしはポーションを手渡す。多少なりとも体力回復の効果があるはずだし。


 おじいちゃんはお礼を言って、「こんな高いものを」と恐縮しながら口に運んだ。あたしが調合したものだから、気にしなくていいのに。


「やっぱり、この町では水もポーションも貴重なんですか?」


 空になったポーションのボトルを受けとりつつ、なんとなく聞いてみる。すると、「特に水ですな。この町では、住む地区によって使える井戸が決まっているのです」との返答。


「ほむ。使える井戸が?」


「左様です。中央区には中央区の井戸が、貧民区には貧民区の井戸があるのです。ところが半年ほど前に、貧民区の井戸が枯れてしまいましてな。現在、貧民区に井戸はないのですよ」


「え、じゃあ、普段の生活用水はどうしてるんです?」


「必要な水は地主さまが用意してくれる手はずになっているのですが、有料なもので。稼ぎの少ない我々はなかなか手が出ません。日によっては泥水をすすることもありますな」


 そう言って、諦めたような顔をする。なるほど。飲み水にも困ってる有様だから、ミリーちゃんも汚れた服を着てるわけね。洗濯なんて後回しだろうし。


 ……こんな生活をしてる人もいるのに、何も考えずに水を売りさばいていたなんて。あたしの愚か者!


「わかった。あたしが井戸を掘ってあげる」


 気づけば、あたしは立ち上がって、そう高らかに宣言していた。


 ○ ○ ○


 ……その翌日から、あたしはさっそく井戸掘りを開始した。


 まずは万能地図を探索モードにして、地下の水脈を探る。どうして水脈まで探せるのか不思議だけど、利用しない手はない。


「えーっと、この真下に太い水脈が流れてるっぽいから……場所は大体ここね」


 地面に丸く印をつけると、そこを中心に全自動スコップで砂を掘る。


 穴がある程度の大きさになったら、今度は自律人形たちを投入。液体金属でできている彼らは、たとえ垂直の壁でも張り付いて、うにょうにょ登る。さらに自分たちの体をコンテナのように変形させて、砂を乗せて地上まで運び上げる。家作りの時も思ったけど、この子たち、すごい万能。




 ……そんな彼らのおかげで、その日の夕方にはだいぶ穴が深くなった。


 この頃になると、話を聞きつけた近隣住民も作業を見守るようになって、あたしの井戸掘りは貧民区で一番の関心事になっていた。


「危ないから、近付いちゃ駄目よー? そーれ!」


 どかーん、と豪快な音がして、地面が揺れる。途中で岩盤にぶつかったため、あたしは穴に爆弾を放り込んだのだ。よし、破壊確認。


 また、ここまで井戸が深くなると、当然内壁の補強が必要になってくる。あたしは崩落を防ぐための石積み素材も、容量無限バッグから惜しみなく提供した。この井戸掘りはあたしの中で、一種の罪滅ぼし的な意味合いもあったんだと思う。


 ○ ○ ○


「よーし、完成よー!」


 自律人形たちの不眠不休の頑張りもあって、井戸は僅か4日で完成した。あたしが工事の完了を宣言すると、集まっていた住民から拍手と歓声が上がった。


「すっげー! 本当に水が出る―!」


「すごーい!」


 予想していた通り、一番に井戸へ駆け寄ったのは子どもたちだった。


 安全を考慮して手押しポンプ式の井戸にしたから、万が一にも井戸の中に落ちることはない。ミリーちゃんも汲み出された水に触れながら嬉しそうにしてるし、良かった良かった。


「おいおい、なに勝手なことしちゃってるのさ」


 ……その時、背後から嫌味ったらしい声がした。振り向くと、いかにも上流貴族という格好をした、ブロンド髪の青年が立っていた。


「こ、これは地主さま」


 誰ともなく言って、井戸の周りに集まっていた人たちが離れていく。ああ、この人が例の地主なのね。


「どんな手を使ったか知らないけど、勝手に僕の土地に井戸を掘らないでほしいな。水が売れなくなるじゃないか」


「おあいにく様。もう掘っちゃったわよ」


 憎々しげに睨んでくる地主に対し、あたしは一歩前に出て、腰に手を当てながら言う。皆喜んでるんだし、今更引けない。


「こういうことをする場合、事前契約が必要なんだよ。わかるかい?」


 両手を広げて、オーバーリアクションで言う。あたしは半分聞き流し「で、何が言いたいわけ?」と語尾を強める。


「罰則金、払ってもらわないと」


「おいくら?」


「10万フォルだね」


 地主が金額を提示すると、集まっていた民衆がざわついた。たっか。足元見るわねこいつ。


「払えないよね? なら、一刻も早く井戸を潰してもらおうかな」


 あたしが黙っていると、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。大方、勝った気でいるんでしょうね。


「罰則金を払えば、この井戸は残してくれると?」


「ああ、払えればだけどね」


「ほい。現金で10万フォル」


「げっ!?」


 井戸存続の約束を取り付けたあたしは、すぐさま容量無限バッグから金貨の入った巨大な袋をひっぱり出す。


「足りないって言うなら、金塊もつけるけど?」


 言って、先日沈没船から回収した金塊を見せる。地主は驚きのあまり、目を白黒させていた。


「い、いや、これだけで十分だ。じゃあね」


 居心地が悪くなったのか、そして金貨の入った袋を掴むと、そそくさと立ち去っていった。


 これまでにコツコツ稼いできたお金と、この町で水を売って荒稼ぎした分。所持金がガッツリ減ったけど、お金で解決できるんなら、安いもんよ。あー、すっきりした!


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