第四十五話『砂漠の町にて・その②』
「いやー、初めての町で知り合いに会えるなんて思いませんでした」
「それはこちらも同じです。風の噂で各地を旅をしているとは聞いていましたが、まさか出会えるとは」
まさに地獄に仏。砂漠の町で危うく逮捕されそうになったあたしを救ってくれたのは、この世界にやってきて一番最初に立ち寄った街、メノウで騎士団長をしていたリチャードさんだった。
「して、その服装は? 初めてお会いした時には、もっと錬金術師っぽい格好をしていましたよね?」
「あー、これはその……夏休みスタイル?」
思わず疑問形で返すと、「はぁ」と、何とも言えない顔をされた。いいじゃない。この格好、涼しいんだから。
「それよりほら、食べて食べて」
そう言って、あたしは目の前の料理を薦める。助けてもらったお礼にと、あたしは彼にお昼をごちそうしていた。注文したのは町の名物カレー。パンにつけて食べるスタイルで、がっつりスパイス効いてて美味しい。
気を取り直して食事をしつつ、「ところで、どうしてリチャードさんはこの町に?」と尋ねると、「数日前から、この町の騎士団に出向になったのです」とのこと。騎士って雇われの身だから、色々大変よねー。
「妻子とは離れ離れですが、ふた月ほどの辛抱です」
言って笑う。へー、この人、結婚してたのねー。しかも、子供までいたんだ。
○ ○ ○
「そろそろ昼休憩が終わるので、それでは。メイさんも良い旅を」
食事を終えると、リチャードさんは兜を被り直し、店から出ていった。
この店は二階が宿屋になっているらしく、あたしは数日間の宿泊予約を取ると、休憩がてら部屋へと足を運ぶ。
……さすがに着替えよう。
「うわ、あっつい」
部屋に辿り着くと、一番にそう感じた。部屋の窓は全開になってるんだけど、暑い。二階で直接日光が当たるせいか、建物全体がじりじりと熱せられている気がする。
「あの、この宿は冷房はついてないんですか?」
「レイボー?」
あたしは一階の受付にとんぼ返りし、思わずそう聞いていた。対応してくれた店員さんは、当然頭の上にハテナマークを浮かべていた。
……しまった。つい心の声が。
「な、なんでもないです。ごめんあそばせ」
柄にもない口調で言って、あたしは部屋に戻る。冷房なんて人類の英知、この世界ではオーバーテクノロジーもいいところだ。
「とりあえず、着替えよ」
あたしは汗だくになりながらレシピ本をめくり、代わりの服がないが調べる。すると『錬金術師のローブ(夏仕様)』というレシピを見つけた。
「夏仕様。聞いただけで涼しくなってくるわね……これにしよ」
即決して、素材を錬金釜に放り込む。種類を問わなければ、布素材は先日の沈没船の帆を素材分解したので、大量にストックがある。
「よし、完成!」
虹色の光を放つ錬金釜から飛び出したのは、これまで着ていたものと同じ藍色のローブ。だけど明らかに軽い。薄い。そして半袖!
「よし、これで少しは涼しくなる!」
あたしは夏仕様のローブを掴むと、そそくさと着替える。おお、ちょっと胸元広いけど、段違いに涼しい! やった!
○ ○ ○
暑さに対応したあたしは、意気揚々と町へ繰り出す。
目的は二つ。ラシャン布の調達と、冒険者ギルドの掲示板チェック。
この町にも依頼掲示板があることはリチャードさんから聞いていたし、先に掲示板へ向かう。ラシャン布は特産品って話だし、急がなくても手に入るでしょ。
掲示板の前に辿り着いたあたしは、同じ目的で来ている人たちを「ちょっとごめんなさいよ」と、かき分けて、掲示板を覗き込んだ。
「……うわぁお」
『水求む。ボトル一本、350フォルから』
『飲料水高価買取中! 価格は要相談。冒険者ギルドまで』
『お水、売ってください。ボトル一本、400フォル。最大20本まで』
見渡す限り、水、水、水。
土地柄、予想はしてたけど……ここまで水に関係する依頼が多いなんて。
「うーん……水かぁ。あるにはあるけど……」
掲示板から離れて、がさごそと容量無限バッグを漁る。これまで雨の多い村や湖の街、海底に至るまで、水資源が豊富な場所も旅してきたし、その度に水素材は回収している。
雨水だろうがなんだろうが、一度容量無限バッグで素材分解してしまえば、美味しい飲み水になる。今のあたしなら、まるで給水車のごとく水を用意できると思う。
……というわけで、あたしは水関係の依頼書を片っ端からひっぺがし、そのままの足で冒険者ギルドの受付へ向かった。
そして、「この依頼、全部納品します」と伝えると、受付の女性は目を丸くしていた。それくらい、飲み水は貴重なんだろう。
○ ○ ○
……水関係の依頼をこなして得た報酬は、その日だけで約1万5000フォル。正直、多すぎると思う。けれど、水は常に必要なものなので、その翌日も、そのまた翌日も同じような依頼が出ていた。
あたしにとっては、下手な魔物討伐や納品の依頼より手軽で報酬も良いということで、悪いと思いつつも、何度もその依頼ばかり受けてしまった。もう、デイリーミッションって感じ?
そんなこんなで、合計5万フォルほど荒稼ぎした、ある日。
報酬をもらってギルドから出たタイミングで、小さな女の子に声をかけられた。
「……おみずをいっぱいもってるのって、おねえちゃん?」
「え?」
見ると、その子は汚れた服を纏い、半分穴の開いたバケツを差し出していた。
「あの、わたしにもおみず、ください」
心底申し訳なさそうに言う。ただならぬ事情を察したあたしは、努めて笑顔で「いいわよー」と言い、ボトルに入った水をバッグから取り出して、直接手渡してあげた。
女の子は「ありがとう」と呟くと、ぺこりとお辞儀をして、走り去っていった。
その背中を見送りながら、あたしも有名になったものねー。と思う一方、女の子の風貌がどうしても気になったので、こっそり後をつけてみることにした。
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