第四十三話『錬金術師、空を翔る』
「やっほー、ルマちゃん」
あたしは旅する錬金術師メイ。海辺の別荘で数日過ごしたのち、リンクストーンで怪鳥のルマちゃんを呼び出した。
理由は一つ。地域限定素材のハッピーハーブの追加採集に行きたくなったから。
浮島の街に滞在していたのもあって、ハッピーハーブが特産の村とは相当距離が離れてしまっていた。万能地図で確認した限り、空を飛ぶ以外の移動手段は考えられないと判断し、彼女を呼ぶに至ったわけ。
「というわけで、山裾の村までよろしく」
「は? 遠いんだけど」
行き先を聞いたルマちゃんは、遠出をお願いされたタクシー運転手の如く嫌な顔をした。
「もちろん、報酬は先払いするわよ」
だけど、そんな事態は想定済み。あたしは渋るルマちゃんの前に、報酬のトリア鳥を山積みにする。彼女が目の色を変えた。
海辺の街は観光地ということもあり、トリアチキンを売ってる屋台も多い。でも現在はオフシーズン。原材料を仕入れたものの、全く売れないということで、あたしがまとめて買い取ったのだ。
「詳しく知らないけど、近くの山岳地帯で飼育された良質のトリア鳥で、美味しいらしいけど……って、聞いてないわね」
あたしが説明する最中、ルマちゃんはトリア鳥に舌鼓を打っていた。これは契約成立と見ていいわね。
○ ○ ○
「ついたわよー。はー、疲れた」
約2時間半の空の旅を終えて、山裾の村から少し離れた場所にルマちゃんが着地する。
なるべく人がいない場所を選んだつもりだけど、空を飛んできたわけだし、ルマちゃんは体が大きいからどうしても目立つ。
すぐに村人が集まってきて、警戒しながらあたしたちを遠巻きに見ていた。その中には、リティちゃんとティム君の姉弟の姿もある。
あたしはルマちゃんの背から降りながら、「久しぶりねー。あたしよー」と、村の皆に手を振る。
「おお、魔女様だ」なんて声が聞こえて、村人が警戒を解く。同時に、先の二人がこっちに駆け寄ってきた。
「魔女のお姉さん、お久しぶりです。お元気でしたか」
「元気よー。ちなみに、錬金術師だから」
一応訂正して、二人と再会の挨拶を交わす。相変わらず、リティちゃんは礼儀正しくて、ティム君は人懐っこい。あらー、しばらく見ないうちに、二人ともちょっと背が伸びたんじゃない?
「アンタ、親戚のおばちゃんみたいな顔になってるわよ?」
「うっさいわねー。感動の再会なんだから、邪魔しないでよ」
そんな矢先、ルマちゃんが茶々を入れてくる。てか、おばちゃんゆーな。
「その鳥さん、喋れるんですね」
「そうよー。あたしの相棒のルマちゃん」
「違うから。ビジネスパートナー」
あたしに紹介されながら、ルマちゃんがなんか言っていた。その手の言葉、どこで覚えてくるのかしら。
「これは魔女様。お久しぶりですな」
「魔女様、どうも」
そんな姉弟に続いて、二人の父親のダナンさんと、この村の村長さんがやってきた。挨拶を返しながらも、一応訂正する。あたしは錬金術師。
……はぁ。この村でも散々名前を売ったはずだけど、完全に『魔女様』が定着しちゃってるみたいね。まぁ、いいけど。
「魔女様が娘に薬の作り方を教えて下さったおかげで、畑も順調でさ」
言って、村のはずれにある畑を指し示す。以前と違って、たくさんの作物が実っていた。おお、良い感じじゃない。
リティちゃんもきちんと肥料作ってるみたいだし、お父さんも元気そう。魔女の呪い、再発してないみたいで何よりね。
……その後、歓迎の宴が催された。ルマちゃんがあたしの相棒だと伝えると、彼女にも大量のトリア鳥が振る舞われる。今まで気にしなかったけど、この鳥ってどこでも飼われてるわね。本当、ニワトリみたい。
○ ○ ○
やがて宴もたけなわになると、村の子どもたちは怖がる様子もなく、ルマちゃんに群がっていた。
「背中、乗っていいー?」と聞く男の子に対して「落ちないように気をつけなさいよ」と言いながら身を屈めているあたり、彼女も子供好きらしい。
「お姉さん、鳥使いになったんですか?」
「そーいうわけじゃないんだけどねー」
リティちゃんから、食後のお茶を受け取りながら答える。
「ルマお姉ちゃん、この羽根、もらっていい!?」
そんな折、ルマちゃんの近くに落ちていた羽根を拾いながらティム君が言う。
「いいけど、抜け落ちた羽根なんて、どーすんのよ」と問うルマちゃんに対し、「へへー、お守りにするんだ!」と、拾った羽根を空に掲げながら、その周囲を走り回っていた。うん、微笑ましい。
「そうそう、リティちゃん。明日でいいから、またハッピーハーブの採取地に連れて行ってほしいんだけど」
その光景から視線を戻して、お願いしてみる。彼女は「いいですよ」と、快諾してくれた。
○ ○ ○
というわけで翌日。朝早くからリティちゃんの案内でハッピーハーブの採集に向かった。
出かけ際、「今日、ルマちゃんはどうするの?」と尋ねると、「もう少し羽を休めるわよ。さすがに疲れちゃったし」と、大きなあくびをしていた。
村の皆も特に警戒はしてないみたいだし、このまま放っておいても良さそうね。
採取場所へ向かう道すがら、「もしまたドラゴンが出てきても、今度はすぐ倒してあげるから。安心してねー」なんて言うと、「怖いことを言わないでください」と、リティちゃんは不安げな顔をした。
……一応の警戒はしていたけど、結局のところ何も起こらず、採取は終わった。
特筆する出来事といえば、ハッピーハーブから噴き出した血の様なエキスをまともに浴びて、あたしが血まみれになったくらい。うん、相変わらず心臓に悪いわ、アレ。
そして午後からは、ルマちゃんの前でレシピ本と錬金釜を取り出していた。リティちゃんたち姉弟も、その様子を興味深そうに見ている。
「メイさん、何か作るんですか?」
「色々あって、新しい移動手段作ろうと思ってねー」
胡桃色の髪をゆっくりと左右に揺らすリティちゃんに、あたしはレシピ本をめくりながらそう答える。
「ふあ……アンタ、ほうきがあったじゃない。また作れば?」
うららかな午後。ルマちゃんが何度目かわからないあくびを噛み殺しながら横やりを入れてくる。
「同じの作っても面白くないのよ。それに、あれ乗ってると魔法使いに間違われるから」
「そりゃそうでしょうよ」
呆れ声で言われた。あの頃は一番手軽に作れる移動手段だったから、仕方なく作ったのよ。仕方なく。
パラパラとレシピ本をめくる。そして目についたのは、空飛ぶ絨毯。
「ほう。空飛ぶ絨毯」
以前、ほうきを作る時にも一度目に留まった道具だ。あの時は素材が足りずに作れなかったんだけど……今のあたしなら。
「てってれー! 翼竜のウロコー!」
謎の擬音を発しながら、あたしは容量無限バッグから該当素材を取り出す。
「アンタ、ドラゴン倒したことあるの?」
「あるわよー。これまた、色々あってねー」
光を当てる角度によって七色に輝くその鱗を指先で弄びながら、次に必要な素材を調べる。
「……怪鳥の羽根?」
これまた入手がめんどくさそうな素材が……なんて思った矢先、「人間の癖にドラゴンと戦うなんてねぇ。あんた錬金術師止やめて、ドラゴンスレイヤーになれば?」なんて声が隣から飛んできた。
あらー、いるじゃない。目の前に、怪鳥さんが。
「……えい」
「いった! アンタ、何してんのよ!」
「失礼。必要素材の中にあったもので。怪鳥さま、ありがとうございます」
その羽を一枚むしりとった後、あたしはうやうやしくお礼を言う。運良く素材ゲットできたわ。ラッキー。
「さーて残る素材は……むー、また布?」
まだぶつぶつ文句を言っているルマちゃんをスルーして、レシピ本に視線を戻す。そこには『ラシャン布』と書かれていた。聞いたことのない素材だわ。
調合で作れる品物でもないし、「リティちゃん、『ラシャン布』って知らない?」と聞いてみるも、「わかりません」と言葉が返ってきた。
この村の特産品に染め物があったけど、それとも違うみたい。この辺りの素材じゃないのかも。どこにあるのかしら。
「……アタシ、それ聞いたことあるわよ。ずーっと南、砂漠の町の特産品なの」
その時、思わぬところから情報が寄せられた。それってつまり、また地域限定素材?
「ルマちゃん、その砂漠の町に連れてってほしいんだけど」
「いいけど、安くはないわよ?」
「今の情報料込みで、トリア鳥30羽」
「オッケー」
にやり、と笑った気がした。交渉成立ということで、あたしはすぐに出立の準備に取りかかる。
「メイさん、もう旅立たれるんですか」
それに気づいた姉弟が駆け寄ってくる。ティム君の首には、ルマちゃんの羽根で作ったお守りが下げられていた。
「うん。用事ができちゃったからね。あたしにはルマちゃんがいるし、また時間ができたら会いに来るわ」
「そうですか。またのお越しを待ちしています」
「お姉ちゃんたち、また来てね!」
礼儀正しく頭を下げてくれるリティちゃんの後ろで、元気いっぱいに手を振るティム君。あたしはルマちゃんの背に乗りながら、そんな二人に手を振り返す。
「二人とも元気でね。後、村の皆にもよろしく」
そう口にするが早いか、ルマちゃんは空へと舞い上がり、二人の姿は見えなくなった。
さーて、目指すは南。砂漠の町よ!
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