第四十二話『錬金術師、海底より帰還する』
「錬金術師メイよ。よくぞ敵軍を撤退させてくれた。改めてお礼を言わせてくれ」
「どーもー」
結界を復活させたうえ、なりゆきでタコ王子も撃退したということで、あたしは一気に国の英雄へと祭り上げられてしまった。
王様やセリーネ姫の他、たくさんの人が謁見の間に集められて、お馴染みの祝勝会とか開いてくれちゃったし、あたしも悪い気分じゃないんだけど……恥ずかしーわねコレ。
次から次に出される海鮮料理に舌鼓を打っていると、停戦協定がどうこう……なんて会話が聞こえてきた。どうやら、これを期に隣国とは停戦協定が結ばれるみたい。今後はその事務処理や打ち合わせで、王様は忙しくなりそうねー。
○ ○ ○
……そんな祝勝会から数日後。隣国の国王が謝罪に訪れていた。タコ王子の父親だから、タコ王ね。
「この度は、我が愚息が失礼をした。心からお詫び申し上げたい」
言って、深々と土下座する。先日、王様も土下座してたし、海底世界には土下座の文化でもあるのかしら。
「顔を上げてください。ライアス王子も、私のことを思っての行動でしょう。どうか寛大な措置をお願いします」
セリーネ姫が言って、タコ王が姿勢を正す。姫様、心にもないこと言うのうまいわねー。さすが荒波に揉まれてないわ。
まぁ、さすがにここまで騒ぎを起こしたら、婚約どころじゃないだろうし。彼女にとっての危機も去ったと思っていいわよね。
謁見の間の端っこでその様子を見届けたあたしは、静かに人魚の国を後にしたのだった。
「……あ! 沈没船!」
バージョンアップさせた飛竜の靴を履き、万能地図を見ながら帰路についたところで、もらった沈没船のことを思い出した。
「危ない危ない。忘れるところだった」
あたしは直ちにUターンして、王様に聞いた場所へと向かう。そこには立派な沈没船が鎮座していた。二本のマストがついた大きな船。魔物に襲われたのか、岩礁にぶつかったのかわからないけど、横っ腹に大きな穴が空いていた。これが沈没の現認になったことは間違いなさそう。
「予想してたのより新しいのねー。もっとフジツボとかついて、朽ち果ててるのかと思った」
飛竜の靴で水中を蹴って、船の周囲を見てまわる。これ、容量無限バッグに入るかしら。
そんな疑問を抱きながら、あたしは船首に回り込んでバッグの口を思いっきり開く。
……直後、ものすごい水流が発生して沈没船をバッグの中へと吸い込んでいった。うん、相変わらず色々な法則を無視してる感がすごい。
「だけど、これでしばらく木材とかに困ることもないわね。マストに帆も残ってたから布も補充できたし……あぁっ!?」
そんな考えを巡らせていた矢先、あたしは沈没船に残された金銀財宝の話を思い出した。やば。
素材回収しか頭になかったから、容量無限バッグを素材分解モードにしていた。つまり沈没船と一緒に、金銀財宝も素材に戻されたというわけ。
「金銀財宝、戻って来い!」
そう願いながら手を突っ込んだけど、一度分解したものは戻らない。あたしの手元にやってきたのは、手のひらサイズの金塊だった。
「まぁ、これはこれでお金に換えられそうだし、いっか……」
金塊を見たあたしは急に冷静になって、陸へ向けて泳ぎ始めた。装飾品や美術品は……諦めるしかない。
……なんだかんだでこの国でも名前を売ることには成功したっぽいし、また素材が必要になった時には、この国を訪れることにしよう。
○ ○ ○
「え、家、できたの!?」
そして人魚の国から地上に戻ると、家が完成していた。正直、泳ぎ疲れていたあたしにとっては朗報だった。
「すごい! 立派なレンガの家! あんたたち、ありがとー」
一仕事終えた自律人形たちにお礼を言うと、照れくさそうに頭を掻く。本当、可愛いじゃない。海底で色々あったとはいえ、二週間近く放置しててごめん。
あたしもつい興奮して、「お邪魔しまーす」なんて言いながら、玄関扉を開く。おお、リビングも広くて日当たり良好。
「もしかして、内装まで整えてくれたの?」
リビングは海沿いの街をイメージしたのか、カーテンも絨毯も青系のパステルカラーに統一されていた。これ、自律人形たちが選んだのかしら。センスあるわね。
外にウッドデッキまであるし、キッチンからお風呂まで、水回りもきちんと完備してあった。この世界でどうやって上下水道整備したのかわかんないけど。
一方のベッドルームは少し狭めだけど、ロフトになってて、それを感じさせない。スペースが有効活用されていた。
……なんということでしょう。あの子たち、なかなかの匠ね。錬金術師的、劇的ビフォーアフター。
あたしは思わず感嘆の声を漏らしながら、表へと戻る。うん、大満足。
「本当にお疲れさまー」と、もう一度お礼を言いながら、あたしは自律人形たちを容量無限バッグへとしまう。また何かあったら、手伝ってもらおうっと。
「さてと」
あたしは軽くシャワーを浴びて汚れを落とすと、ベッドに横になる。ふかふか。
寝っ転がってみてわかったけど、ちょうど目の前に小窓があって、寝ながら海が見える仕様になってた。うーん、至れり尽くせり。
「ちょっとだけ、昼寝しよ……」
言って、あたしは目を閉じる。直後に眠気がやってきた。どこか懐かしいと思っていたら、小学校の頃にプールで全力で遊んで帰宅した時の感じに似ていた。
……あたしは旅する錬金術師だから、ここに永住するわけじゃないけど、時々帰ってきて、羽休めをする場所があってもいいかもしれない。
悠々自適なスローライフを送るためにも、毎回宿屋ってわけにもいかないし。この街は観光地っぽいから、きっと観光シーズンになれば、宿屋の値段も跳ね上がるに違いない。
「その時は……この家が拠点として役立つはず。ぐう」
僅かに聞こえる波の音を子守唄にしながら、あたしは眠りに落ちていった。
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