第四十一話『人魚の国にて・その④』


 ……その後、あたしは急いで結界の修復作業をした。


 と言っても、あたしに魔法なんてわからないので、機能しなくなった魔法陣を全部取っ払ったうえで、あたしなりの結界を張った。


 利用したのは、先日大量に駆除した電気クラゲ。それを素材に『電磁シールド』なる道具と、新しく調合した『センサー』。この二つを組み合わせて、あたし流の結界を生み出したわけ。


 小さいながらも王都全体を覆うわけだから、なかなかに大規模な作業だったけど、国家の危機とあって皆が手伝ってくれ、敵の来襲前になんとか結界を張り直せた。


「ふいー。間に合ったー」


 あたしは錬金釜を容量無限バッグにしまいながら、汗をぬぐう。水の中なのに汗はかく。これまた不思議。


「メイさん、これで本当に結界が張られたんですか? この、フジツボみたいなもので」


「フジツボ言わないの。それはセンサー。向きを調節してあるから、以前の結界と同じように、街から外に出る時は無反応で、外から入ろうとしたら電気が流れるようになってるわ」


 イマイチ仕組みを理解できてないセリーネ姫にそう説明して、あたしは一人だけ街側から結界の外に出ると、容量無限バッグから適当な魚を取り出して、結界に向けて放り投げる。直後にバリバリと電気が走った。よしよし、ちゃんと動作してる。


「……これはどうしたことだ。結界は消えたのではなかったのか」


「うわ、出た!?」


 直後に声がして振り返ると、例のタコ王子が大勢の兵士を連れて立っていた。うっわー、本当にギリギリだったみたい。


「悪いけど、結界はあたしが修復したわよ。王都に攻め入るのは無理だから、諦めなさい」


「そうはいかぬ。我が愛しのセリーネ姫。迎えに参りました」


 言いながら、セリーネ姫に対してうやうやしく頭を垂れる。当の本人は「えぇ……」と、小さな声を洩らしながら、結界のさらに奥へと後ずさった。


「人間の悪しき魔法使いめ! 我らが王子の恋路は邪魔させぬぞ!」


 続いてタコ軍団の兵士が叫び、あたしへ槍を向ける。これは帰ってくれそうにないわねー。


 ちらりと、背後のセリーネ姫を見る。彼女は結界の中にいるし、万が一にも被害に遭うことはないと思う。まして、向こうからすれば大切なフィアンセなわけだし。


「メイさん、ここはひと思いに、けちょんけちょんにしてください」


 真顔で言わないでよ。何よ、けちょんけちょんて。


「あー、とりあえず追っ払えば良いのよね。気乗りしないけど、報酬のためだし。やってあげるわよ」


 あたしはいそいそと飛竜の靴を履き、容量無限バッグからいくつか道具を取り出す。


 この飛竜の靴、実は先日倒した水竜の鱗を追加調合して、水陸両用仕様にバージョンアップさせておいた。一度使ってみたけど、これまでの三倍以上の速さですいすい泳げ、ホバリングも水中ダッシュも思いのまま。超楽しかった。


 武器についても、例の水中ボムだけじゃ心許ないのはわかってたし、結界関係の道具を作る傍ら、水中専用の武器もいくつか作っておいた。この水中銃もその一つ。銃弾を変更できるタイプで、今は麻酔弾と冷凍弾を用意してある。


「そうか。どうやらそなたは、私の恋路を邪魔する最後の敵というわけか」


 戦闘態勢を整えたあたしを見て、タコ王子は槍を構え直す。うーん、恋は盲目って言うけど、権力ある人間が盲目になるとタチ悪いわねー。


「お前たち、かかれ!」


 王子の合図を受けて、その左右から兵士たちが槍を構えて飛び出してきた。あたしは地面を蹴って跳び上がり、その突進攻撃を避ける。


「ぎええ!?」


「ぐわあ!?」


 攻撃目標を失った二人はそのまま結界に突っ込み、感電していた。あたしはそれを一瞥すると、水中を蹴って移動する。


 とりあえず、この手の集団は指揮官を倒せば撤退するはずだし、指揮官といえば、例のタコ王子以外にない。


「あいつ、どこに隠れたのかしら」


 さっきまで近くにいたはずなのに、先の突進攻撃の間に陣地の奥に戻ったらしく、姿を見失ってしまった。


「これ以上は進ませんぞ!」


「怪しげな魔法使いを通すな!」


 その姿を探しながら敵陣の上を泳いでいると、槍を手にした兵士が三人ほど、あたしに迫ってきた。


「あたしは魔法使いじゃない! 錬金術師! 道を開けなさい!」


 目標をセンターに入れて、スイッチオン。あたしは接近戦は苦手なので、躊躇することなく麻酔弾を使う。


 一直線に水を切り裂いたそれは、的確に相手に命中した。直後、兵士たちは身動きが取れなくなって、力なく水中に横たわった。うーん、これ、なかなかのオーバーテクノロジーね。あたし、戦争の歴史変えちゃう?




 ……その後はあたしの水中銃に怖気づいたのか、兵士たちはむやみに近づいてくることはせず、吹き矢みたいな武器で攻撃を仕掛けてくるだけだった。


 あたしのいる高さまで届かなかったし、仮に届いたとしても、見えない盾があるから当たらないわよー……なんて思いつつ、タコ王子の姿を探す。あ、見つけた。


「……来たか」


 同時に相手もあたしの存在に気づいたらしく、睨みつけてきた。何よ。一度は逃げ出したくせにさ。


「もうあの面妖な術は食らわんぞ!」


 言って、盾を構えて猛スピードで突っ込んでくる。なんだかんだで、他の兵士たちと動きが違う。


「うっさい! あの時のあたしとは装備が違うんだからね! 銃弾変更! 冷凍弾!」


 だけど、今のあたしの敵じゃない。あたしは銃弾を入れ替えると、素早く水中銃の引き金を引いた。


 直後、かちーん、という音がして、タコ王子が周囲の海水ごと凍りついた。予想はしてたけど、やっぱり盾は意味なかったみたいね。


 氷に閉じ込められたタコ王子は何か言いたそうな表情のまま、ゆっくりと海上へと浮上していった。はっはっはー! おそれいったかー!


「て、撤退! 撤退だー!」


 その様子を見て、他の兵士たちは散り散りになって逃げ出していった。これに懲りたら、しょーもない理由で軍隊なんて派遣してこないことねー。



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