第四十話『人魚の国にて・その③』
決闘に負けたタコ王子が自分の国に逃げ帰った後、あたしは晴れてこの国でスローライフを始めた。
宿には王宮の客室をあてがわれたけど、テーブルサンゴのベッドで寝てる間に酸素ドロップの効果が切れたらそのまま御陀仏だし。セリーネ姫の広い部屋を間借りさせてもらって、そこに万能テントを設置した。
どうして水中にテントが張れたのか不思議だけど、試しに張ってみたら張れたんだから、気にしないことにした。それが万能テントたる由縁なのだろうし。
水の中にもかかわらず、テントの中は普通に空気があり、地上に張っている時と全然変わらなかった。違和感といえば、時折、窓の外を魚が行き来するくらいだ。
ここを拠点にして、これまで体験したことのない水中ライフを楽しむ。タイやヒラメの舞い踊り……なんてものはなかったけど、住民から話を聞くだけで楽しかった。だって、海の底の暮らしなんて知らないもの。
時折地上から物が落ちてきて、地上に憧れる若者が出ているとか、隣国とのいざこざが絶えない話とか。
「ほうほう。なるほどねぇ」
そのいざこざを収めるために、セリーネ姫を嫁がせようとしたと。どこの世界にもあるのね、そんな話。
そしてせっかく海底に来たということで、素材を集めまくった。王様に聞いたら、国内の魚や海産物は好きに獲って良いって言ってくれたし。
「サザエ! アワビ! あ、ヒトデとワカメ、アメフラシも!」
貝や海藻をはじめとした、釣り糸を垂れているだけでは決して手に入らない素材の数々を収集する。海底の砂にサンゴも、貴重な産地限定の素材だ。次はいつ来れるかわからないし、あたしは海底を歩きながら、ここぞとばかりに集めまくった。
ちなみに、この国にはなんと冒険者ギルドもあった。試しに受けた依頼は、王都の外で暴れる水竜の退治と、大量発生した電気クラゲの駆除。この世界の電気クラゲは比喩じゃなく、本当にバリバリと電気を纏っていた。まぁ、遠距離から水中ボムで気絶させて、残らず容量無限バッグに取り込んだけど。
○ ○ ○
そんなこんなで、人魚の国に来て一週間が経過した。今日は採集作業はせず、早朝から万能テントの中でマリンソーダを片手に、素材の整理。
「うーん、ピンクサンゴはもう少し持っといた方が良いかしら。地上だと宝飾品扱いで、買うと高いし。そうなると、クジラの骨も手に入れときたいわねー。ずっと北に行ったところに、クジラの墓場があるって話を聞いたし」
「メイさん、起きてますか!? 折り入ってお願いがあるんです!」
「ぶうーーー!」
考えながら、マリンソーダを口に含んた時、セリーネ姫が目の前の窓にびたっ! と張り付いた。思わず盛大に吹く。げほごほ。万能テントの中にいると、ここが水中だって忘れることがあるから、心臓に悪いわ。
「開いてるから、入ってきていいわよー」
「はい! お邪魔しまぶっ!?」
入口を開けてテントの中に入った瞬間、セリーネ姫が床に突っ伏した。そっか。テントの中には水がないから、人魚は動けなくなっちゃうんだ。本当、なんで入口を開けてても水が入ってこないのかしら。不思議。
「うう、痛いです……」
あたしが入口に出現した水と空気の境界線をしげしげと眺める一方、泳いできた速度そのまま、床に顔を打ちつけた姫様は半べそになっていた。
苦笑しながら、「外で話しましょー」と言い、その両手を持って、ずるずると引きずりながら一緒に外に出る。もちろん、あたしは酸素ドロップを舐めるのを忘れない。
「それで、どうしたのー?」
婚約問題が解決してから、姫様は鎖から解放されたように遊び歩……いや、社交的になっていた。あたしもダンスパーティーとか誘われたけど、そういうキャラじゃないし。
そんな彼女が今更お願いだなんて、一体なんだろう。
「メイさん、やっぱり私、地上で暮らしたいんです! メイさんの力で、私を人間にしてください!」
「ごめん、さすがに無理」
直後に飛んできたお願いを、あたしは速攻で突っぱねた。それこそ、魔女に頼んで声と引き換えに足を貰いなさいな。錬金術は魔法じゃないのよ。
「そ、そうですか……」
意気消沈し、へなへなと自分のベッドに座り込む。大きな真珠貝のベッドだ。あれ、寝心地良いのかしら。
「ところで、なんて地上に行きたいわけ?」
「先日のダンスパーティーで、よからぬ噂を聞いたんです。隣国のライアス王子が、戦の準備を進めていると」
ライアス王子……ああ、あのタコ王子ね。あの手のキャラって、絶対もう一度来るわよねー。
「なので、今のうちに地上に逃げとこうかなーと」
仮にも一国の姫が、真顔で何言ってんのよ……と心の中でツッコミを入れつつ、「あくまで噂だし、一度は追い返したんだから大丈夫じゃない?」と言葉をかける。
「でも、悪い予感がするんです」
……そんなこと言わないでよ。今の流れだとその予感、絶対当たるから。
「良かった。姫よ、部屋にいたのだな」
……その時、王様が血相変えてやってきた。これは嫌な予感、的中かも。
○ ○ ○
「落ち着いて聞いて欲しい。隣国が軍隊を組織して、我が国へ向けて進軍しているそうだ。一週間もあれば、王都に到達するだろう」
あたしとセリーネ姫を謁見の間に呼んでから、王様は神妙な顔つきで言った。ほらー、予想通り。
「ですがお父様、我が国は魔法使い様の結界によって守られています。恐れる必要はないのでは?」
「それなのだが、進軍の噂と時を同じくして、何者かに破壊されてしまった。恐らく、内通者がいたのだろう」
えー、魔法使いの結界、素人がちょっと弄ったくらいで消えちゃうもんなの? てゆーか防衛の要だって言うんなら、もっとフェンスで囲むとかして守っときなさいよ! 砂の上に魔法陣描いただけじゃ、誰かが踏んだら消えちゃうじゃない!
心の中で叫んだところで、この国の住民は皆人魚だから踏まないことに気づいた。
「つまり、現状の我が国は敵の攻撃に対して、無防備ということだ」
王様が玉座に座りながら、天を見上げる。うわぁお、まさかの戦争沙汰。海底大戦争だわ。大長編のアニメ映画みたい。
「しかも、陣頭指揮を取っているのはあのライアス王子との話だ。先の決闘でプライドを傷つけられ、怒らせてしまったらしい。どうしたものか」
言って、王様は頭を抱える。いやいや、その立派なトライデント持って、先頭に立って戦いなさいよ。見かけ倒しなの?
「えーっと、それじゃ、あたしはそろそろお暇します」
お国の危機っぽいけど、あたしの目的はあくまでスローライフ。悪いけど、危機が迫った国に長居は無用よ。
「……錬金術師メイ殿、そなたにお願いがある」
「うぐっ」
できるだけ自然を装って背を向けたところで、王様から声がかかった。
「先の魔法使い殿が施した結界、メイ殿が修復してはくれまいか」
「えー、魔法使いの尻ぬぐいー?」
思わず本音が漏れた。即座に訂正して、「あたしは錬金術師なので、魔法はわかりません」と伝えるも、「そこをなんとか」と、土下座された。王様、あんたプライドないの?
「報酬が必要というのなら、この危機を救ってくれた暁には、我が領土内に沈んだ沈没船を差し上げよう」
「浮いてる船ならともかく、沈んだ船なんかいらないんだけど」
これまた本音が漏れた。今のあたしは地上の家を修繕するだけで手一杯なんだから、船まで直してる余裕ないっつーの!
「そうか。沈没船の中には、金銀財宝がたくさん入っているのだが」
「この国のために頑張ります」
詳細を聞いて、あたしは反射的にOKを出してしまった。うぅ、報酬に弱い錬金術師、それがあたし……。
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