第三十九話『人魚の国にて・その②』



 セリーネ姫とともに王宮へ向かい、謁見の間へと足を進める。そこでは色鮮やかなサンゴで装飾された玉座に、神話のトリトーン王を絵に描いたような王様が座っていた。ご丁寧に、トライデントっぽい武器も持ってる。


「戻ったか、姫よ」


 そして姫の姿を見るや、その銀髪を揺らめかせながらため息交じりに言う。ちなみに、あたしは謁見の作法なんて知らないので、セリーネ姫の背後でぼーっと突っ立っていた。


「一度国の外に出たことで、現実を知ったか。まぁ、結婚する気になったのなら、それは良いことだ」


 うむうむと頷く王様に対し、セリーネ姫は「戻りはしましたが、私は結婚する気は微塵もありませんからね! 勝手に決められて、怒ってるんですから! ぷんすか!」


 ……ぷんすか。実際口に出してる人、初めて見たわー。


「わがままを言うでない。隣国の王子との結婚は、この国の平和のために必要なことなのだ。わかってくれ」


 うーわー、結婚がどうこう言って時点で察してたけど、これって間違いなく政略結婚じゃない。そりゃ嫌よねー。


「幸いなことに、相手方はお前を気に入っておる。今日も王宮に来ていて、お前が戻るのを待っていたのだぞ」


 それを聞いたセリーネ姫は、こめかみに手を当てながら、王様に負けないくらいの大きな溜息をついた。こりゃよっぽど会いたくないのねー。


「……して、隣の方は?」


 そんな事を考えていた矢先、ようやくあたしに話の矛先が向いた。さすがに声をかけられたわけだし、あたしは一歩前に出て、うやうやしく頭を下げる。


「お初にお目にかかります。旅する錬金術師メイと申します。以後、お見知りおきを」


「レンキンジュツシとな?」


 あたしの職業を聞いた王様は、首を傾げた。はいはい。知らないんでしょー。


「錬金術師とは、素敵な道具を作るお仕事です。お父様」


 気落ちしたあたしの代わりに、セリーネ姫が説明してくれる。続けて「この方が生身で海の中にいるのも、私が戻ってこれたのも、錬金術の賜物なのです」と付け加える。うれしーこと言ってくれるじゃない。


「つまり、そなたが娘を助けてくれたのだな。礼を言おう」


 話の内容から事の顛末を理解したのか、王様は玉座から立ち上がって頭を下げた。予想外の行動だったけど、これはチャンスと思ったあたしは、もう一歩前に出る。


「あのー、姫様からお話は伺いました。お言葉ですが、本人が望まない結婚を強制するのはいかがなものでしょうか」


 婚約問題を解決してあげると言ってここまで連れてきてもらった手前、一応そんな意見を述べてみる。この手の話し合い、苦手なんだけど。


「もちろん、娘の気持ちも理解している。だが、これは争いが絶えない両国のためでもあるのだ。親同士の話し合いも既に終わっているしな」


 王様は困った顔であたしを見た。その意見はまっとうだし、あたしも言葉に詰まった。そんな時。


「セリーネ。戻ってきてくれたんだね」


「げ」


 どこからともなく、鳥肌が立ちそうな甘い声が飛んできた。振り向くと、金髪の、いかにもな優男がセリーネ姫の肩に手を回していた。


「ラ、ライアス王子……その、お父様の前なので、やめてください」


 ああ、察するに、この人が例の王子様。フィアンセなのね……って今、セリーネ姫、『げ』って言った?


「いいじゃないか。ああ、その恥じらう顔は、まるでイソギンチャクの陰に恥ずかしげに隠れるクマノミのようだ」


 ……ちょっとやめて。今の、口説き文句? 海の住人は表現も独特なのね。ぷくくく……。


 あたしは必死に笑いを堪えつつ、なんとなく優男の全身を見やる。すると、その下半身はタコだった。


 ハンサムな顔に加え、逞しい上半身。でも、その下はタコ。そのギャップに、あたしの我慢は限界を超えた。


「ちょっと失礼」


 あたしは一言断って、謁見の間を脱出。偶然見つけた人気のない倉庫に飛び込む。そして叫んだ。


「フィアンセがタコー! あー、お腹痛い! あれは絶対結婚無理だわ--!」


 セリーネ姫たちみたいな、下半身が魚の種族がいるんだから、下半身がタコの種族もいるだろうと、頭では理解しているけど、あれと結婚はない。隣国の王子だろうがなんだろうが、あれは嫌。セリーネ姫、逃げ出したくなる気持ち、わかるわ。




「……ただいま戻りました」


 たっぷり胸の内を吐き出して、謁見の間に戻ってくる。すると、タコ王子があたしを睨んできた。あれ、もしかしてさっきの台詞、聞かれてたかしら。


「なるほど。この方が私の決闘相手というわけですね」


「はい?」


 あたしは素っ頓狂な声を上げてしまう。どゆこと? 話が見えない。


「私たちの国では、一度取り決めた婚約を新婦側から破棄する場合、婚約を交わした二人が一対一で決闘を行う習わしがあるんです。新婦側が勝てば、晴れて婚約は破棄されます」


 頭上にハテナマークを浮かべていると、セリーネ姫が説明してくれた。


 ……待って。なにその物騒な習わし。つまり、女より弱い男のところへは、お嫁にはいかないってこと?


「その決闘の際、新婦側はか弱いですので、代理を立てることができるんです。その代理を、ぜひメイさんにお願いしたくて」


「ほー」


 か弱いんだろうけど、この姫様相当な策士だわ。あたしのいない間にそんな話を進めてたのね。


「姫が人間を連れて戻ってくるとは不思議に思ってはいたが、そういう理由があったのだな」


「そうですお父様。このメイさんが私の代役です」


 なんか、とんとん拍子で話が進んでいく。あたし、代役引き受けた覚えない。姫様、さも当然のように何言ってんの。


「よろしい。メイとやら、表に出よ」


 タコ王子があたしの腕をそのタコ足で掴み、王宮の外へと引っ張っていく。


 あたし、確かに婚約問題を解決してあげるって言ったけど、まさかこんなことになるなんて……ちょっと、吸盤ついてる吸盤。痛い痛い。


 ○ ○ ○


「まったく、どーしてこんなことに……」


 王宮の外に出たあたしは、少しだけ時間をもらって調合に精を出していた。もう。あたしは戦いじゃなく、スローライフを楽しみたいのに。


 ため息をつきながら、がさごそと容量無限バッグを漁る。水の中だと手持ちの爆弾も火炎放射器も使えないし、何かないかしら。


「……お」


 その時見つけたのは、港で使ったかんしゃく玉。


 威力こそないけど、着火性能はべらぼうに高い代物。まるで水中花火のように粘り強く火がつく。


 これを応用して武器っぽいものが作れないかとレシピ本をめくると、これに酸素ドロップを混ぜることで威力を増した『水中ボム』なるものがあるらしい。


 いわゆる、機雷……というわけじゃないけど、海の住人相手には効くかもしれない。ダイナマイト漁みたいにさ。


「それでは、準備はよろしいか」


 どこからやってきたのか、見届け人みたいな格好をした人魚が声をかけてきた。


 あたしは「はいはい! 今行きます!」と返事をして、手早く調合を済ませると、数発の水中ボムを手にタコ王子と対峙する。その場には王様とセリーネ姫の姿もある。


 彼は三叉の黒い槍を手に、「ほう。そなたは武器を持たぬのか」と、余裕顔だ。


「この決闘にそなたが勝てば、婚約は破棄される。ただし万一敗れるようなことがあれば、姫様だけでなく、そなたも一緒に我が国に来てもらうことになる。よろしいな」


「望むところです!」


 いや姫様、望まないで。あたし、タコの国なんて行きたくない。


 心の中で全力拒否しつつ、あたしは見えない盾を展開しておく。そして念を入れて、新しい酸素ドロップを口に運んだ。戦いの途中で空気切れたら、それこそ死活問題だし。


 その様子を見たタコ王子は「決闘の前にものを食べる余裕があるとは」と、語気を強めた。いや、違うから。これ生命線だから!




「……そろそろ時間だ。では、始め!」


「メイさん、頑張ってください!」なーんて姫様の呑気な声が聞こえる中、戦いの火蓋が切って落とされた。あたしはふわりと後退して距離を取りつつ、懐から作りたての爆弾を取り出す。


「……我が一撃、海蛇の刃の如し!」


 直後、目にも留まらぬ速さでタコ王子が距離を詰めてきて、その槍で一撃。あたし自身は全く反応できなかったけど、先に展開しておいた見えない盾が守ってくれた。見えない盾、今日は仕事した!


 あれくらいの距離は関係ないのね。さすが、タコは泳ぎが速い……なんて感心してる場合じゃない! てゆーか、盾なかったら終わってた! この人、ガチだ!


「面妖な術を使うな。さては、そなたも魔法使いか」


「違う! 錬金術師!」


 反論しながら、水中ボムを投げ放つ。今度はあたしのターンよ!


「……なんだ、このハリセンボンのような物体は」


 初めて見るそれを、タコ王子は反射的に槍で突く。そして爆発した。


「がうっ!?」


 その爆風をまともに浴びて、口からスミを吹きながら吹っ飛んだ。結構離れたあたしの所まで水の振動が伝わってきたし、なかなかの威力だったみたい。


「勝負あり! 勝者、代理人!」


 直後、見届け人があたしの勝利を宣言した。タコ王子、さすがに気絶したっぽい。ふー、なんとかなったぁ。


 あたしが安堵の表情を浮かべると同時に、セリーネ姫があたしに抱きついてきた。めでたく婚約破棄が決まったわけだし、そりゃ嬉しいわよねぇ。


 一方で、まさか勝ってしまうとは……と、王様は腕組みをしながら、複雑な表情を浮かべていた。あたし、これ以上は知らないからね。



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