第三十八話『人魚の国にて・その①』



 あたしは旅する錬金術師メイ。ただ今絶賛……あぶぶぶぶ。


 ……セリーネ姫! ちょ、ちょっと待って! ストップ!


「はい?」


「息ができない! 一旦浮上して!お願い!」と、身振り手振りで懇願すると、海の底へとぐいぐい突き進んでいたお姫様は首を傾げた後、速やかに浮上してくれた。


「ぶはーー! 空気! おいしい!」


 海面に顔を出すと、あたしは新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。いやー、溺れるとこだった。人魚の国に行く前に、黄泉の国に行っちゃうかと思った。


「ごめんなさい。そういえばメイさん、水中では息できないんでしたね」


 えへへと笑いながら、あっけらかんと言う。ファンタジー世界のくせに、助けた亀に乗って、生身のまま竜宮城に向かった某漁師みたいにはいかない。これ、まずは酸素の供給源を作らないといけない流れだわ。


 ○ ○ ○


 ……というわけで、一旦岸まで引き返してもらい、あたしは錬金釜を設置。レシピ本を開いていた。


「まさか、普通に息できないなんて思わなかった。仮にも人魚姫と一緒なんだから、不思議な力が働いて、すんなり潜れてもいいはずなのに。ファンタジー世界のアホ!」


 あたしは一人、世界に文句を言いながらレシピを調べる。酸素ボンベみたいな道具、ないかしら。


「あ、これ良さそうねぇ」


 目についたのは『酸素ドロップ』という道具。もう、名前からして酸素含んでそう。


 説明を読むと、これを口に含んでいる間は水中でも息ができるらしい。どっかの青い狸が出しそうな道具だけど、単純に便利そう。


「素材も揃ってるし、作ってみよ」


 必要素材は砂糖と水あめ、それに液体酸素。液体酸素はどこで手に入れたのか忘れたけど、たぶん、浮島だと思う。あそこ、レア素材の宝庫だったし。


「よし、できたー!」


 素材を錬金釜に放り込んで、ものの数秒。青い飴玉がいくつも入った袋が飛び出してきた。おお、なかなかのボリューム。


 ついでにと、『超・防水スプレー』なる道具も作っておいた。名前からして気になるし、思いっきり水弾いてくれそうだし。


「……不思議です。お鍋の中から全然違うものが出てくるなんて」


 あたしの調合作業を見ていたセリーネ姫は、興味津々で錬金釜を覗き込んでいた。ふっふっふー。不思議でしょー。


 ○ ○ ○


 完成した二つの道具を手に、あたしは海に半身浸かる。試しに防水スプレーを全身に吹きかけてみると、ものすごい勢いで水を弾いていた。それこそ、服と海水の間に隙間ができるくらい。


 もしかして、このままいけるのでは……と飛び込んでみるも、口の中にしょっぱい水が広がった。うん。水は弾くけど、吸えるほどの空気は含まれていないっぽい。


「やっぱり、これ使うしかないか」


 あむ、と酸素ドロップを口に含む。直後に程よい甘さと、しゅわしゅわとした炭酸のような感触が舌の上に広がった。味の薄いサイダーみたい。おいしー。


「それでは、リトライ」


 酸素ドロップを舐めつつ、もう一度海に顔をつける。おお、水中でも息ができる! くるしゅうない! 不思議ー。


「上手くいきましたか?」


「うん。上々よー」


 あたしは返事をしてから一度岸に上がり、錬金釜とレシピ本をバッグにしまい込んで海に戻る。これで準備は万端よ。


「それじゃ、行きましょう。しっかり掴まっていてくださいね」


 再び腕を掴まれて、くいっ、と引っ張られる。次の瞬間には、あたしは青い海の中にいた。今度はちゃんと息ができる。


「おおおおお、すごい! てか、セリーネ姫速っ! 泳ぐの速っ!」


 文字通り、水を得た魚だった。さっきまで浜辺でのたうち回ってたのが嘘のよう。どんどん海の底へと突き進んでいく。


「たぶん、私の国はこっちです!」


「たぶんって、確証ないの!?」


「はい! 嵐ですっかり迷ってしまいましたから! そのうち知ってる風景に辿り着くかなって!」


「ちょっと待って! スピードダウン! あたしが調べてあげるから!」


 まさかの当てずっぽうで泳いでいたおてんば姫を制止して、あたしは容量無限バッグから万能地図を引っ張り出す。


 不思議なもので、水の中だというのに地図は全く濡れなかった。理由はわからないけど、そういうものなんだろう。


「えーっと、あの山脈がこれだから、国っぽいのは……ここかしら。アクアシア?」


「あ、そこです!」


 自動的に海図モードになっていた地図から、それっぽい場所を告げると、セリーネ姫の顔が輝いた。


「こっからだと、東ね。あっちよ」


「ありがとうございます! こっちですね!」


 方向転換して、再度スピードアップ。だから速いってば!


 ……素朴な疑問なんだけど、これだけのスピードで泳いで、胸を隠してる貝殻が外れたりしないのかしら。あくまで、素朴な疑問だけどさ。


 ○ ○ ○


「見えました! あれが私の国です!」


 引っ張られるがまま、次々と変わりゆく海底の景色を眺めていると、そんな声が飛んできた。


 視線を前に向けると、サンゴを加工して作られた建物がびっしりと並んでいるのが見えた。海上からの僅かな光に照らされて、キラキラと街全体が輝いている。そのずっと奥に一層大きな建物。たぶん、あれが王宮ね。


 そのまま一直線に王宮へ向かうのかと思いきや、セリーネ姫はスローダウン。街の入口近くで足を止める。


「え、どうしたの?」


 柔らかい砂地の上に着地しながら、あたしは尋ねる。すると、「この先に結界があるので、きちんと門を通らないと中には入れないんです。一応、王都ですから」と言われた。結界って、例の魔法使いが作ったやつ? この辺にあるの?


 言われて周囲を見渡すも、それっぽいものはない。白い砂がどこまでも続いているだけだった。


「私の後ろをついて来てください。触っちゃったら、電気が流れます」


「へっ、電気!?」


 侵入者用とはいえ、なんつーもん作ってんのよ魔法使い。


 そんなことを考えながら門に向かって歩いていると、街をぐるっと囲むように薄く魔法陣が描いてあることに気づいた。あー、もしかしてこれなのね。


 試しに小石を拾って投げてみたら、その魔法陣を超えるか超えないかというところでバチッと音がして、青い火花が散った。うん。確かに電気っぽい。


 あたしが「おおぅ……」とビビっていると、前を行くお姫様が「外からの侵入者に対しては鉄壁ですよ。中からなら、簡単に出られるんですけどね」と告げる。あー、そう言う仕組みなわけね。




 それから門をくぐり、街の中へ。


 逞しい肉体をした男性の人魚二人が門番をしていたけど、セリーネ姫の姿を見たとたん、すんなりと通してくれた。


 あたしに関しても、「姫様のご友人とあらば」と、手荷物検査さえせずに通してくれた。うーん、やっぱりお姫様の権力ってすごい。


「姫様、帰ってきた―!」


「本当だー!」


 青く煌めく街に足を踏み入れ、中央通りを歩いていると、まずは子どもたちが寄ってきた。その母親っぽい人魚も「国王陛下、心配されてたよ」と、身分を気にする素振りもなく話しかけていた。姫様、人気者なのねー。


 そう考えた矢先、どこか歩きにくさを感じた。じわりじわりと、セリーネ姫と距離を広げられている。


 不思議に思いながら足元を見ると、砂地だった。この街、なんで中央通りまで砂地なのかしら。歩きにくいったらありゃしない。


 住民は文句言わないのかしら……なんて思っていたら、その住民たちには関係ないことに気がついた。だって皆、人魚だから泳いでるし。


 それならと、あたしも軽くジャンプしてみる。浮力が働くのか、ふわりと体が浮く。おおー、これはこれで楽しい。力入れて跳んだら、飛竜の靴履いてるときよりも高くジャンプできる。


「メイさん、跳び過ぎて結界の外に出ないように気をつけてくださいね。外に出ちゃったら、また門から入り直しですよ?」


 セリーネ姫がクスクスと笑いながら言う。そうだった。魔法使いが施したという結界、内から外には簡単に出られるけど、外からは入れないんだった。危ない危ない。


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