第三十七話『浜辺にて、未知との遭遇』



「こらー! やめなさーい!」


 浜辺でいじめの現場を見てしまったあたしは、駆け寄りながら空中へ花火弾を投じた。


「ひゃーー!」


 これは爆竹やかんしゃく玉みたいなもので、音が凄いだけで攻撃力はない。それでも、初めて聞いた大きな音に驚いた子どもたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「はっはっはー。あたしの目の前でいじめとか、見逃してやんないんだから!」


 逃げていくいじめっ子たちの背を見ながら、わざとらしく手を叩く。そして、一人残された女の子に視線を移す。


「キミ、大丈夫ー?」


 できるだけ優しく声をかけながら、あたしは女の子に近づく。怖かったのか、顔を覆って泣いていた。


「うん?」


 さらに近づいた時、何か違和感を感じた。あたしは咄嗟にその違和感の正体を探してしまう。


 肩程まで伸びた水色の髪と、その髪の間から見える尖った耳。上半身は人間だけど、胸を大きな貝殻で隠している。顔を覆う手指の間には、水かきのようなものが見える。


 そしてなにより、足がない。その代わりに、魚の尾びれのようなものがついていた。これだけの特徴が当てはまる種族を、あたしは一つしか知らなかった。


「えーっと……もしかして、あなた、人魚?」


「そ、そうです、けど……」


「すごい、本物!?」


 思わず叫んで、あたしはしゃがみ込み、まじまじと見てしまう。へー、この世界、人魚までいるのねー。


 当初、その人魚の子はあたしの行動に面食らっていたけど、やがておずおずと「あの、私の姿を見ても怖がらないんですか」と聞いてきた。


「怖がるなんてとんでもない! むしろ、興味津々なんだけど!」


 あたしが思わずその手を取ると、人魚の女の子は驚いたように顔を上げ、目をぱちくりさせる。アクアマリンみたいな瞳。綺麗ねー。


 ○ ○ ○


 ……その後、あたしは改めて自己紹介をする。人魚の少女もセリーネと名を名乗ってくれ、この近くの海底にある人魚の国のお姫様だと教えてくれた。お姫様ぁ!?


「えーっと、つかぬ事をお伺いしますが、どうしてお姫様が浜辺で子供たちにいじめられていたんです?」


 浦島太郎じゃないんだから……と思いつつ、身分を知ったのもあって、今更ながら敬語で話しかけてみる。一方、セリーネ姫は「普通に話してください」と笑顔で言った後、一転表情を曇らせて、「これには海より深い事情がありまして」と続けた。


 海より深い理由? 一体何かしら。


「……実は、お父様が私に相談もせず、勝手に婚約の話を進めていまして」


「ほう」


「私は結婚するつもりなどないと伝えたのですが、お父様は強引で……数日後には式を挙げると言われ、堪忍袋の緒が切れた私は、たまらず家を飛び出して……」


「へえ」


 あたしは何とも言えない声を出す。頭の片隅になかったわけじゃないけど、どこの世界でもあるのねー。この手の婚約問題。いわゆるテンプレ展開。


 まぁ、セリーネ姫は可愛いし、お父さんが早くお嫁に出したい気持ちも分かるけどさ。


「それでその……家出をしたまでは良かったのですが、嵐に巻き込まれてしまい、泳ぎ疲れ、この浜辺に流れ着いてしまったんです。そして陸に上がった途端、どうにも動けなくなってしまいまして。のろまといじめられる始末」


 よよよ、と泣き崩れるセリーネ姫。そりゃあ、人魚が陸に上がったら移動力半減なんてもんじゃないでしょうよ。気持ちはわからんでもないけど、もっと後先考えて行動した方がよかったんじゃないかしら。


「とりあえずポーションあげるから、回復したら帰りなさい。お父さん、きっと心配してるわよー」


 言って、あたしは容量無限バッグからポーションを数本取り出して手渡す。これで体力は回復するはずだから。


「ありがとうございます。メイさんは商人さんなのですか?」


 お姫様らしい上品な仕草でポーションを呑みながら、セリーネ姫は尋ねる。


「違うわよ。あたしは錬金術師」


「レンキン……?」


 答えると、セリーネ姫はその細い首を傾げた。うーん、知らないって顔してるわねー。


「さっきのポーションみたいな、色々便利な道具を生み出せるのよ。マイナーな職業だけどね」


 自虐的に言うと、「魔法使い様みたいなものですよね」と笑顔で言う。本人に悪気はないんだろうけど、ここでも魔法使いかぁ。


「その魔法使いはセリーネ姫の国によく来るの?」


「はい。半年くらい前にもいらして、侵入者対策に結界を張ってくださいました」


 ほほう。結界。いかにも魔法使いらしい。これは、あたしも負けてらんない。


「あのー、セリーネ姫、できたらあたし、その国に行ってみたいんだけど」


「え、メイさんが私の国に?」


「そうそう。錬金術師として、魔法使いに後れを取るわけにはいかな……じゃない、見聞を広めたくて。それに、もしかしたら婚約問題を解決してあげれるかもしれないし」


 一応、それらしい理由を並べてみる。魔法使いに負けたくない気持ちが半分、好奇心が半分だった。だって人魚の国とか、おとぎ話の世界よ。めっちゃ気になるじゃない。好奇心に勝てない錬金術師。それがあたし。


「わかりました! ぜひ、私の国に来てください!」


 “婚約問題を解決”というのがキーワードになったのか、セリーネ姫はぱあっと笑顔の花を咲かせると、がっしとあたしの腕を掴んだ。


 そしてポーションで回復した体力を発揮して、あたしをもの凄い力で海へと引きずり込んだ。


 視界が青一色に染まる中、家の方、どうなってるかなー、なんて考えが浮かんだけど、もはや後の祭りだった。まぁ、自動人形たちに任せておけば大丈夫だと思う。たぶん。


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