第三十六話『錬金術師、家を買う・その②』




 家を購入した翌日、あたしはさっそく修繕作業に取りかかった。


 レンガを積み上げて作られているこの家は、元々のレンガの質が悪かったのか、何か強い衝撃を受けたのかわからないけど、あちこちの壁が崩れて穴だらけだ。


 その穴からさらに潮風が入ったりして、かなり風化が進んでいる感じ。築何年かわからないけど、どんだけ放置してたのよ。あのおじいちゃん。


「さーて、何からやろうかしらねー」


 家の前に錬金釜を設置し、レシピ本片手に悩む。道行く人が「何事?」みたいな視線を向けてくるけど、あたしは気にしない。


「内装は後回しにして、まずは壁と屋根よね。レンガ造りだから、どっちもレンガで補修するのが一番なんだろうけど」


 独り言を呟きながら、パラパラとレシピ本をめくる。そして目についたのが、『建材レンガ』。うん。あたしが探してたの、まさにこれ。


 必要素材は粘土とテンカ石。どちらも鉱山都市で大量に採集してあるし、素材の数は問題なさそう。


「そんじゃ、やるわよー!」


 少々作る量が多いということで、あたしは腕まくりをして気合を入れた。


 そして容量無限バッグから、素材を取り出して錬金釜に入れる。レンガが完成したら、また次の素材を。完成したら、また次を。こんな作業を何度も何度も繰り返した。


 ○ ○ ○


「はー、ちょっと休憩!」


 街に設置された鐘がお昼を告げた頃、あたしの集中力もさすがに切れた。単純作業の繰り返し、きっつい。


 一旦作業の手を止め、偶然近くに転がっていた丸太に腰かけて周囲を見渡すと、完成したたくさんのレンガが積み上げられていた。


「おお、気づかないうちに結構作ったわね」


 それを見ていると、ふーっと息が漏れる。修繕作業自体は何も進んでないけど、なんか達成感はある。


「とりあえず、続きはお昼食べてからにしよ」


 ぐーっと背伸びをして、立ち上がる。目指すは大通りの屋台。確か、今日はハンバーガー屋さんが開いていたはず。




 ……そんなこんなでお昼を食べてから、再び作業を再開。


 と言っても、やることは変わらない。ひたすらにレンガを作る。素材はいくらでもあるんだけど、この作業、なかなか精神的に来る。楽なんだけど、なんだか気が遠くなる感じ。工場勤務の人って、こんな気持ちなのかしら。


 ○ ○ ○


「……よし。今日はここまでにしよう」


 ……やがて太陽が水平線の向こうに入りかけた頃、あたしは今日の作業を終わらせた。


 集中して作業した分、レンガはかなりの数作れたのだけど、さすがに疲れた。腕が重い。


 お昼と同じ丸太に座り込み、大きく息を吐く。そして近くに転がっていたレンガを手に取る。


 ……本来、レンガは粘土を焼いて作る自然素材で、耐熱性や断熱性にも優れた、メンテナンスフリーの建材。


「童話でも有名なレンガの家。完成しちゃえば狼が来ても怖くないんだけど、うーん……」


 手に持ったレンガと、まだまだ手つかずの家を交互に見ながら、思わず声が漏れた。明日から本格的な修繕作業が始まるわけだけど、これ、全部一人でやってたらめちゃくちゃ時間かかるわよね。有名な童話の三男坊だって、大層な時間かけてたしさ。


 この家と宿を何度も往復する日々が続くのは勘弁してほしい。だって、宿代かかるしさ。


 あたしはレンガを地面に置いて、レシピ本を開く。


「そうなると、やっぱり人手はいるわよねー」


 なんだかんだで、あたし一人じゃ限界がある。腕は早くも筋肉痛になりつつあるし。絶賛運動不足の錬金術師。それがあたし。あたたた。


 かと言って、費用がかさむから人を雇うわけにもいかないし。どうせだったら錬金術で解決したい。手伝ってくれる人、作れないかしら。


 自分でも何言ってるの分からなかったけど、そんな考えが浮かんだ。つまりは機械人形みたいな、あたしの手伝いをしてくれるようなロボットが欲しい。


 そんな都合のいい道具があるのかしら……なんて思いながらレシピ本をめくっていると、『自律人形(液体)』と言うレシピを見つけた。


「自律人形(オートマータ)。良い響きねー」


 頭の中に、ちっこいメイドさんみたいなロボットが浮かんだ。『液体』ってのが気になるけど、今ある素材で作れそうだし、物は試しで作ってみよう。


「えーっと、必要素材は、液体金属、ハッピーハーブ、浮遊石の欠片ね。ハッピーハーブ、この前の半重力コアでも使ったわよね。ここぞという時に必要になってくるんだけど、どういうことかしら」


 ぽいぽい、と素材を錬金釜に放り込みながら、そんなことを考える。そろそろ所持数がやばいし、リティたちの村にまた採集に行かなきゃいけないかも。こういう時、地域限定素材は辛いわね。


「よーし、完成……げ」


 ……やがて錬金釜から飛び出してきた自律人形を見て、あたしは思わず後ずさる。


 全身銀色で、まるでスライムが無理矢理に人型になったような、丸っこい姿。大きさは1メートルくらいで、顔もなく、のっぺらぼうだった。イメージと全然違う。これじゃまるで、小さい頃に見たSF映画の敵キャラだ。


 伸びて縮んで、一生懸命に形を保とうとしてる。この辺が液体なわけね……あ、転んだ。


「ちょっとあんた、大丈夫?」


 反射的に手を伸ばすと、あたしの手を取って、恥ずかしそうに立ち上がった。金属らしい、ひんやりとした手だった。


「えーっと、あたしがあんたのマスター。わかる?」


 自分を指差しながら、そう聞いてみる。言葉は喋らないけど、こくこくと頷いた後、びしっと敬礼した。


 その間も形を保つためか、体の一部がうにょうにょと動いている。最初は不気味だったけど、見慣れてくると動きがコミカルで可愛いかも。




 ……それからあたしは、同じ自律人形を三体作った。これだけいれば、明日からの作業も楽になるはず。


「明日はよろしくねー」と声をかけると、揃ってびしっ、と敬礼した。直後、そのうちの二体がバランスを崩してひっくり返る。


 つい笑ってしまいながら、「ちょっと、大丈夫ー?」と声をかけた。明日からの作業、本当に楽になるかしら。


 ○ ○ ○


 ……翌日。自律人形四体を仲間に加えて、あたしは修繕作業の続きに取りかかる。


「それじゃ、外壁と屋根の作業は頼んだわよー?」


 そう伝えると、自律人形たちは敬礼をして、昨日作ったレンガを手に、家の方へうにょうにょと歩いていった。


 そんな人形たちより先に作業しているのは、例によって全自動シリーズ。


 壊れた外壁のレンガは全自動つるはしで砕いて取り除き、全自動スコップで運び出す。運び出した古いレンガは容量無限バッグに放り込んで、素材に分解して再利用。どんな世界でも、リサイクル大事。


「あんたたち、気をつけなさいよー!」


 外壁の修復に取りかかった自律人形たちに声をかけると、手を振り返してくれる。彼らはあんな見た目だけど、一度教えたことは完璧にこなす。液体なのでどんな狭い隙間にも潜り込んで作業できるし、へばりつくようにしながら壁もすいすい登り、途中に止まって作業もできる。屋根から落ちてもなんともない。よくよく考えたら、すごい子たちかも。


 彼らが黙々と作業するのを見ながら、あたしもレンガの調合を始める。まだまだ数が足りないだろうし、あたしも頑張らないと。




 ……やがてお昼になったので、「休憩しましょー」と声をかける。自律人形たちは一様に首を振った。えぇ……不眠不休で作業させるのはさすがに悪いわよ。ほら、労基とか色々引っかかりそうだし。


 レンガを作るあたしの作業は終わったし、もう一度声をかけたけど、働くことこそが我らの存在意義だと言わんばかりに、頑なに拒否していた。結構な意気地ね。


「しょーがないわねー。ちょっとお昼ご飯食べてくるから、あまり大きな音立てちゃ駄目よー。近所迷惑になるんだから」


 これ以上の押し問答は無意味と判断して、あたしは残りの工程を全て彼らに教えた後、昼食を食べに行くことにした。


 ○ ○ ○


「ん?」


 一人で海沿いを大通りに向かって歩いていたら、近くの浜辺で子どもたちが騒いでいた。


「やーいやーい!」


「のーろーまー! のーろーまー!」


 道から少し身を乗り出して、その会話に耳を傾ける。どうやら男の子たちが寄ってたかって、女の子をいじめているみたい。


「こーーらーー! やめなさーーい!」


 気づいた瞬間、あたしは駆けだしていた。いじめ駄目。絶対。



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