第三十五話『錬金術師、家を買う・その①』




「はー、疲れたー」


 あたしは旅する錬金術師メイ。どこか懐かしい潮の香りに誘われて、海沿いを歩くこと1時間超。ようやく街を発見した。


「移動用のほうき、ミサイル代わりに飛ばしちゃったの忘れてた……」


 なんか、久しぶりにたくさん歩いた気がする。足が痛い。ほうきに頼り切ってたせいで、明らかに体力落ちてるわ。


 いくら旅先でスローライフを楽しみたいと思っても、基礎体力が落ちてたら話にならないし。もっと体力つけよ。


 ため息と一緒にそんな思いを吐き出した後、あたしは顔を上げて、海辺の街の門を叩く。


「いらっしゃい。今の時期に旅人とは珍しいね」


 対応してくれた門番さんはそう言って、許可証に判を押してくれた。なんか久しぶりに大きな街に来たし、依頼探す前に羽伸ばそうかしらねー。


 ○ ○ ○


 適当に宿屋を決めた後、あたしは街へと繰り出す。時間はお昼時で、天気も快晴。まさに観光日和! なんだけど……。


「観光客っぽい人、全然いないわねぇ……」


 露店で買ったクレープを食べながら、中央通りを歩く。がっちりした石畳で、馬車すら通れそうな立派な道。お金かかってるのが分かる。


 そんな道を行く中で見かけるのは、明らかに住民っぽい人ばかり。食料品店はそれなりに賑わっているけど、それ以外の、いかにもお土産売ってそうな雑貨屋さんや、食べ物の屋台は閑古鳥が鳴いていた。もしかして、オフシーズンなのかしら。


 あむっ、とクレープをかじる。特産の塩をクリームに練り込んだ、ソルトバナナクレープ。ちょっと冒険するつもりで買ったけど、結構好きな味。


「閉まってるお店も多いし」


 大通りに並ぶお店の中には、お昼時だと言うのに閉まっている飲食店が目につく。どうしたのかしら。


 あたしは首を傾げながら大通りを抜け、街のはずれに設置された冒険者ギルドの依頼掲示板に目を通す。予想はしてたけど、依頼は全く出ていなかった。


 ギルドの受付で話を聞いてみても、「今はオフシーズンなので」と苦笑いを返されただけだった。




「むー、おのれ、オフシーズン」


 あたしは冒険者ギルドを後にし、細い路地を通って海沿いの道に出る。途端に潮の香りが強くなった。


「おお……この景色、最高かも」


 続けてあたしの目に飛び込んできたのは、陽の光を受けてキラキラと銀色に輝く海。以前、湖の街に滞在したけど、やっぱり海は違う。その広さに圧倒される。


「夕焼けとかめちゃくちゃ綺麗だろうし、この辺りに家持てたりしたら最高よねー。朝、目覚めたらオーシャンビュー。みたいな」


「……そこのお嬢さん、家をお探しかな」


「へっ?」


 思わず出た声を聞かれたらしく、背後から声をかけられた。振り向くと、人の良さそうなおじいさんが一人、杖をついて立っていた。


「いやー、別に探してるわけじゃ……」


「そう言いなさんな。今の時期、この街は安い物件で溢れておる。ささ、こっちじゃ」


 あたしはやんわりと否定するけど、おじいさんはがっしりとあたしの肩を掴み、ものすごい力で引っ張っていく。いやーー! 助けて――!


 ○ ○ ○


 そしておじいさんに連れてこられたのは、海沿いに建てられた大きな平屋。少し荒れてるけど、庭までついてる。


「この家じゃ。立派な門構えじゃろう?」


「いや、確かに立派だけど……ちなみに、おいくら?」


「今なら特別価格で、120万フォルじゃ」


「さようなら」


 あたしは片手をあげながら回れ右する。背後でおじいさんがなんか喚いていたけど、全力でスルーする。無理。高すぎ。


 現在のあたしの所持金は、色々あって15万フォルくらい。旅をする上では支障はないけど、家なんてとても買えない。


「この家が駄目じゃと言うのなら、別の家があるぞ。そこなら販売価格1万フォルじゃ」


「……それ、月の家賃とかじゃなくて?」


「うむ。販売価格じゃ」


 1万フォルで家が買えると聞いて、あたしは思わず足を止めて振り返る。


「こっちじゃ。まぁ、見るだけ見てみい」


 脈ありと思ったのか、杖の先で行く先を示しながら、おじいさんが歩きだした。


 あたしもその後に続く。どんな家か見当もつかないけど、1万フォルなら……見るだけ見てみようかしら。


 ○ ○ ○


「ほれ、この家じゃよ」


「え、これ?」


 おじいさんについていった先に現れたのは、半分崩れかけたレンガ造りの家。一応、海が目の前だし、オーシャンビューだけど……下手したらその海からの風で倒壊してしまいそうな、絶妙なバランスで立っている家だった。


「この家なら、土地代込みで10000フォルポッキリじゃ。もちろん、好きに修繕してもらって良い」


「ほう。自前でDIYしていいと?」


「でぃーあいわい?」


「あーいえ、修理していいんですね?」


「うむ。ただし、その費用はお前さん持ちじゃ。どうする? 買うかね?」


「うーん……」


 あたしは腕組みをして考える。


 庭はないけど、建物自体はさっきの家と同じくらいの大きさ。ということは軽く見積もって、5部屋くらいはあるかしら。


 四方の壁も、屋根も、大きな穴がいくつも開いている。どう見ても資産価値はない。普通に考えたら、1万フォルでも高いと思う。


 だけど、あたしには錬金術がある。錬金術で修繕作業を行えば、その費用は限りなくゼロに抑えられるはず。


「……わかりました。買いましょう」


「おお、そうか! まいどあり!」


 熟考の末、あたしが購入を申し出ると、おじいさんは心底嬉しそうに契約書を取り出した。そこにサインを一筆添えるだけで、契約成立。代金の1万フォルを支払って、晴れてこの家はあたしのものになった。

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