第三十四話『錬金術師、地上へ帰還する』



「うっひゃーー! すごい風圧! さーむーいー!」


 あたしは旅する錬金術師メイ。現在、怪鳥さんの背中に乗って、絶賛飛行中。


「うっさいわねー。もう少し静かにできないの?」


「む、無理――!」


 浮島周辺は不思議な結界に守られてたのをすっかり忘れていた。浮島から離れた瞬間、猛烈な風と寒さがあたしを襲う。


「これくらいの寒さで、人間はだらしないわね!」


「羽毛に包まれてる奴に言われたくなーーい! 高度! 高度下げて――!」


「はいはい。掴まってなさい!」


 言って、一気に急降下する。うあぁぁ、下手なジェットコースターより怖い――!


 ○ ○ ○


「はー、死ぬかと思ったぁ」


「アンタも錬金術師なら、防寒対策くらいしときなさい」


「うぐ、完全に忘れてたのよ」


 地上10メートルほどまで高度を下げてくれ、ばっさばさと翼を羽ばたかせる。眼下には一面の草原。陽射しも温かく、ようやく指先の感覚も戻ってきた。


 あたしは万能地図を開く。調べたところ、ここから東に5キロくらい飛んだところに村があるっぽい。


 伝えると、「そんなことまでわかるの? 錬金術ってすごいわね」なんて声が飛んできた。なんか久しぶりに褒められた気がする。嬉しい。


 怪鳥さんはすぐに進路を東に向けてくれたけど、あたしが乗ってる分、到着まで時間がかかるみたい。しばし空の旅を楽しみつつ、お話でもしようかしら。


「今更だけど、鳥が喋るなんて、やっぱり不思議よねー」


「うっさいわね。九官鳥やオウムだって喋るでしょ!」


 ファンタジーな話題を振ると、正論を返された。そりゃそうだけど。


「それよりアンタ、浮島にいた時と口調が違うじゃない。猫被ってたわけ?」


「そういうわけじゃないわよ。余所行きの口調ってやつ」


 どこか性格があたしと似ている怪鳥さんから、逆に質問された。世渡りする上で、こーいうのは大事なのよ。


「そういえば、なんて呼べばいい?」


「何が?」


「あんたの名前。いつまでも『怪鳥さん』じゃ悪いでしょ」


 そう尋ねると、「好きに呼べば」とのこと。確か皆からは『アルマゲオス』って呼ばれてたわよね


「ゲオちゃんとマゲちゃん、どっちがいい?」


「どっちも嫌」


「好きに呼べって言ったじゃない」


「嫌なのは嫌なの。特に後者とか、チョンマゲみたいじゃない」


 それっぽい紅いトサカある癖に、なんか言ってた。まぁ、前者はレンタルショップっぽいけどさ。


「じゃー、ルマちゃん。これでいいでしょ」


 返事はなかったけど、あたしはそれを肯定と見なして、その後も話を続けた。行ったことない北の街の話とか聞けたし、有意義な時間だった。


 ○ ○ ○


 やがて村に到着し、報酬をトリア鳥で支払う。村にいた商人さんに、「トリア鳥を20羽ください」なんて注文をしたら、目を丸くされたけど。


「それじゃあね。また縁があったら会いましょ」


「あ、ルマちゃん、ちょっと待って」


「……まだなんか用事?」


 飛び立とうと翼を広げたルマちゃんを呼び止めると、不機嫌そうな顔をした。


「ルマちゃん、あたしから仕事を受けるつもりない?」


「仕事?」


 まるで梟のように首を傾げた。翼をしまったところからして、話を聞くつもりはあるみたい。


「あたしが呼び出したら、あたし背中に乗せて、行きたい所につれて行ってくれるだけでいいんだけど」


「なかなか面倒ねぇ……報酬は?」


「一度の移動につき、トリア鳥20羽。移動距離によって追加報酬あり」


「……わかったわ。その条件でやったげる」


 考えるように、その大きく鋭い瞳をしばし閉じて、そう言って頷いた。よし、契約成立ね。


「だけどアンタ、どうやってアタシと連絡取りあうの? 伝書鳩でも飛ばすわけ?」


「そんな面倒な事しないわよ。それに必要な道具を、今から作るのよ」


 言って、あたしは地面に錬金釜を設置して、レシピ本を開く。


 良い感じな道具ないかしらねー……とか考えながらページをめくっていると、モンスターコントローラーなるものがあった。


 なにこれ。コマンド入力で相手モンスターを好きに動かせるとか? 面白そう。


「……ちょっとアンタ、変なこと考えてない?」


 気のせい気のせい、と返事をしつつ、あたしはモンスターコントローラーを作るのを諦め、レシピ本をめくる。


「あ、これいいかも」


 見つけたのは、リンクストーン。赤と青の二つの宝石がセットになった道具で、片方の石を強く握ると、反対側の石に向けて一直線に光が走る。元々は別の道具を作る時に使う素材の一つなんだけど、シンプルな連絡手段として使えそう。


「これに決めた。作ってみましょ」


 というわけで、さっそく必要素材をチェックする。ルビーとサファイアの原石、ハッピーハーブ、それに蛍火草。どれも容量無限バッグの中に揃っていた。


「それじゃ、レッツ調合!」


 ばしゃばしゃと素材を錬金釜に投入する。僅かな時間を経て、虹色の渦の中からリンクストーンが吐き出された。


「よーし、完成!」


「完成はいいけど、こんな石でどうやって連絡を取り合うのよ?」


 再び首を傾げながら、ルマちゃんがあたしの手元を覗き込む。


「こうすんのよ。ルマちゃん、この赤い石持って」


 言って、赤い宝石を差し出すと、その大きなくちばしで器用に咥えた。


 それを確認して、あたしは青い石をぎゅっと握る。直後、青い光が一直線にリマちゃんの持つ石へと伸びた。


「あたしが仕事を依頼したい時は、こうやって光を飛ばすから。この光を辿れば、あたしの居場所もわかるわよ」


「なるほど、考えたわねぇ」と感心しながら、ルマちゃんは咥えていたリンクストーンを体毛の中にしまった。あんなことできるの。便利ねー。


 あたしも石を容量無限バッグにしまう。それとほぼ同時に、ルマちゃんが翼を羽ばたかせて空へ飛び上がる。


「それじゃ、アタシは帰るから」


「またよろしくねー」と伝えると、僅かにこくりと頷いて、そのまま飛び去っていった。


 ビジネス上の関係とは言え、思わぬ形で空飛ぶ移動手段を手に入れてしまった。これは有効活用させてもらおう……なんて思いながら、その背を見送った。


「……それで、ここはどこ?」


 置き去りにされた後、開いた万能地図には見慣れない地名ばかりが並んでいた。


 そして、どこか懐かしい、潮の香りがした。


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