第三十三話『浮島の街にて・その⑤』



 住宅地に戻ると、子どもたちが一斉に駆け寄ってきた。


「あんなでっかい鳥、倒しちゃうなんて!」


「おねーちゃん、すごーい!」


 左右からもみくちゃにされながら、集会所へと足を運ぶ。ここは避難所に指定されているらしく、ほとんどの住民が集まっていた。


 そこで、「あの怪鳥はもう悪いことはしませんよ」と伝えると、全員が手を取り合って喜んでいた。まー、あの怪鳥さんも悪気はなかったみたいだし、安心よね。


「お祝いしよーぜー!」とか、「パーティーだー!」とか嬉しそうに話す子どもたちを尻目に、あたしは静かにその場を離れ、例の扉へと向かう。ずっと気になっていた『おとなのへや』に。


「……その部屋、この街の大人しか入っちゃいけないんですよ」


 こっそりとドアノブに手をかけた時、背後からララの声がした。


「あたしは外の世界から来た人間だし、いいのよ」と返すと、「そうですか」と呟いて、子どもたちの輪の中へ戻っていった。止めたりはしないのね。


 そんなララの対応に一抹の不安を感じたあたしは、一旦ドアノブから手を離し、装備を整える。飛竜の靴に見えない盾、爆弾の数々。たぶん、これで大丈夫だと思うけど。


「それでは……いざ」


 あたしは一度深呼吸をして、再びドアノブに手をかける。そして開けた。


「ひっ」


 意を決して足を踏み入れた部屋は、床が無かった。巨大な井戸のように深い穴が開いていて、危うく落下しそうになる。


「うわっ! とっ! とっ!」


 一瞬で状況判断をして、反射的に壁を蹴る。その勢いで体勢を立て直し、なんとかドアノブに掴まった。


「あっぶなぁぁ。飛竜の靴、履いててよかったぁぁ」


 冷や汗をかきながら見下ろすと、ずっと下に淡い光を放つ緑色の湖が見えた。


「……あれって、もしかして」


 その湖を見た時、あたしの脳裏に一つの憶測が浮かんだ。


 緑色のあれは、この浮島を浮かせるエネルギー源。つまり、燃料じゃないかしら。


 そして、この部屋に入った大人が戻ってこない理由は、何も知らずにこの部屋に入り、あの緑の湖に落ちて燃料の一部になっているから。


 ……子どもを産んで大人になったら、自分たちの子どもを他の皆に託して、この部屋に入る。そして、浮島の燃料になる。


 ……それがこの、子どもだけの楽園の正体ってわけ?


「うわぁ」


 そこまで考えて、あたしは背筋が寒くなった。


 この街は、そういうシステムで回っている、と言われればそれまでなんだろうけど、あたしは受け入れたくない。なんか、嫌。


「えい」


 ドアノブに掴まったまま、空いてる方の手でバラバラと爆弾を投下する。少しの間を置いて轟音が響き渡り、外壁が崩れ、いい感じに穴をふさいだ。


「……予想通り、トリモチボムが接着剤の役目をしてくれたみたいね」


 ひらりと、塞がれてできた床に着地する。うん。あたしが乗っても大丈夫。


「後は、保険をかけておかないと」


 あたしは錬金釜とレシピ本を取り出し、ページをめくる。これから作るのは『半重力コア』。


 この街で採取した、浮遊石の欠片。まずはこれを大量に錬金釜にぶちこんで、浮遊結晶を作る。そこに液体金属、太陽の素、竜の鱗を混ぜる。


「……よし、完成」


 間違いなく、これまで作ったものの中で最高ランクの道具。究極の錬金釜が無かったら、どれだけ時間がかかったことか。


 完成したそれを、あたしは部屋の中央に設置した。


 この道具の効果は、半重力を発生させて周辺の物質を浮かせる。効果範囲は、この浮島全体。


 でもその効果は永久ではなく、じわりじわりと高度は下がっていく。巨大な浮島を支えるのだから、それは仕方ないと思う。


 やがて燃料がなくなって落ちてしまうであろう浮島への、『保険』だ。


 設置した半重力コアがきちんと動作しているのを確認して、あたしは大人の部屋を後にした。


「ただいま戻りました」


「おかえりなさい。どうでした?」


「ええ、普通の部屋でしたよ。中に誰もいませんでした」


 何食わぬ顔で戻ってきたあたしを見て、リーダーの二人は不思議そうに首を傾げた。この二人、やっぱり何か知ってるのかしら。


 ○ ○ ○


 ……そして翌日。


 あたしはトリモチが取れて綺麗になった怪鳥さんの背に登り、子どもたちとお別れの挨拶を交わしていた。


「おねーちゃん、ありがとー」


「また来てねー」


 なんて、無邪気に手を振ってくれる子どもたちに手を振り返しながらも、やっぱり思うところがある。


 推測の域は出ないけど、燃料が供給されなくなった浮島は、半重力コアの影響を受けながら、ゆっくりと地上へ落ちていくと思う。平地に落ちるのか、山に落ちるのか、海に落ちるのか。それはわからないけど。


 あたしは『燃料』の供給路を断って、この浮島のシステムを壊した。大変なことをしたという思いも、もちろんある。


 だけど、成長したあの子たちが、これまでの大人たちと同じ運命を辿るのだけは嫌だった。それこそ大人のエゴと言われるかもだけど、行動せずにはいられなかった。


「お別れは済んだ? それじゃ、いくわよ」


「とりあえず、近くの村までよろしくお願いします」


「はいはい。それじゃ、しっかり掴まってなさいよー」


 怪鳥さんが羽ばたく。強い風が吹いて、子どもたちの姿が一気に見えなくなった。


 ……さようなら。どうか、あの子たちが幸せな大人になりますように。



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