第三十話『浮島の街にて・その②』



「メイさんのお部屋はここになります」


 双子のララとルルによる街の案内が終わり、住宅地にある建物の二階に通された。どうやら、ここがあたしの宿になるらしい。


 周囲は立派な建物だらけだけど、この建物も子どもたちだけで建てたのかしら。正直、信じられないんだけど。


「お食事は一日三回、鐘が鳴る頃にお持ちしますので」


「それでは、ごゆっくり」


 窓から街並みを眺めていたら、二人はそう言い残し、去っていった。ずいぶん大雑把な時間ねぇ、と首を傾げてから、この街には時計がないことに気がついた。


 せっかくだし、もう一度街の中を見てまわろうかしら……とも思ったけど、そこまで広くない街だし、案内されながら目ぼしい所は一通り見てしまった。


「山登りもしたし、少し休もうかしら」


 部屋を見渡すと、窓際にロッキングチェアが置かれていた。いわゆる安楽椅子。これは使わない手はないわねー。


 あたしは錬金術で手早くカフェオレを調合すると、それを片手に安楽椅子に腰かける。前後にゆっくりと揺れて、良い感じ。


 窓の外に目をやると、低い城壁の向こうに、めいっぱいの青空が広がっていた。浮島からの景色なんて、ファンタジー世界ならでは。これすごい。


 空からの暖かい日差しを受けながら視線を落とすと、仕事が終わったらしい子どもたちが表を賑やかに走り回っていた。そんな様子を見ながら、カフェオレを一口。うーん、まさにスローライフ。まったりしてる。カフェイン取ってるはずなのに、急激に眠気が……。



「……はっ」


 リラックスしすぎて、つい寝ちゃってた。慌てて時間を確認するけど、この街には時計がないんだった。


 太陽の位置を見た限り、そこまで長い時間寝た感じはない。多少は疲れも取れたみたいだし、あたしは椅子の上で背伸びをすると、勢いをつけて起き上がる。


 スローライフもいいんだけど、せっかく空飛ぶ街に来たんだし、珍しい素材とか探さなきゃ。採集しよ! 採集!


 というわけで、街を包み込む穏やかな空気に抗うように立ち上がったあたしは、リーダーの一人であるルルに許可をもらい、街の外へと繰り出した。


 ○ ○ ○


「特に珍しいものなんてないと思いますけど」と、同行したルルは謙遜していたけど、いざ周辺を探索してみると、変わった素材のオンパレードだった。


 空から降ってきたらしい星の砂に、夜になるとぼんやりと光る蛍火草、なんかめっちゃ熱い太陽の素に、まさかの液体金属まで入手できた。液体金属といえば、錬金術における超重要アイテム! これは自由に形を変える不死身のロボットを作る流れじゃない!? いつか作ってやる!


「私たちには何に使うのかよくわからないですけど、喜んでもらえたようで何よりです」と、ルルは笑う。採取しながら聞いた話によると、妹のララは小さな子たちを連れだって、畑仕事に精を出しているらしい。この街は大人がいない分、全員で仕事を分担しながら、完全に自給自足の生活をしているらしい。すごいわねぇ。



 ……そんな感じに数日間をこの街で過ごした。


 浮島という限られた土地の中で自給自足の生活をしているということは、客人のあたしが増えた分、食料の減りも早くなるということ。


 タダ飯食らいは流石に悪いので、あたしも得意の錬金術を使って、できるだけ皆にお返しをするようにした。


 持ってた素材を使って料理をしたり、玩具とか作ってあげた。勝手に動く犬の玩具は、ちっちゃい子たちに大人気だった。あれだけ喜んでくれると、作ったあたしも嬉しくなるわよねー。


 また、ちょうど誕生日の子がいたので、ホールケーキとか作ってみた。もちろん、錬金術で。


 誕生日を迎えたのは双子の男の子だったんだけど「おねーちゃん、ありがとう!」って、左右からキラッキラの笑顔で言われた。はうっ、かわいい……!



 もちろん錬金術だけじゃなく、子どもたちと一緒に家畜の世話の手伝いもした。


 街の隅にある鳥小屋では、見慣れたトリア鳥が飼育されていた。小屋の中を自由気ままに歩き回る鳥たちを見て、先日の山岳都市でのトリアチキンを思い出し、思わず、おいしそう……とか思ってしまった。


「……頑張って大きくなって、早く卵を産めるようになってね」


 お世話係なのか、腰ほどもある銀髪をポニーテールにした女の子がトリア鳥のヒナを抱きながら言う。「おねーちゃんも見て。かわいいよ」と、無垢な笑顔を向けてくれ、あたしは思わずにやけてしまう。やばい。鳥のヒナもかわいいけど、この子がかわいすぎ。抱きしめてあげたい。


 不思議そうに首を傾げる女の子に「なんでもないのよー」と誤魔化すように言い、あたしは親鳥のエサである野菜くずを豪快に床にばらまいた。


 ……それにしても、この街の子どもたちは本当にすごい。


 鳥の世話もそうだけど、そのエサの作り方から、元になる野菜の育て方、肥料の作り方……どれも詳しい。


 あらゆる仕事が当番制で、日ごとに担当が違うはずなのに、どの子が担当になっても、しっかりとした知識を持っている。それこそ、大人顔負け。


 この街、大人要らないなぁ……なんて考えが自然と浮かぶと同時に、どうしてこの街に大人がいないのか、という疑問が、あたしの頭に浮かんできた。


 ○ ○ ○


「あの、この街、どうして大人の人がいないんですか?」


 悩んだ挙句、その日の夕飯を運んできてくれたララとルルに尋ねてみた。この街の滞在中に見かけた住民の最高年齢はだいたい十五~十六才。それ以上の年齢の人は見かけなかった。


「この街の子どもは、大人になったら赤ちゃんを産んで、いなくなる決まりなんです」


 ララは当たり前の顔をして言った。どういう意味かしら。いなくなる? なんかちょっと怖い。


「その場合、残された赤ちゃんのお世話はどうするんです?」と問うと「私たち、子どもが見ます」と、当然のように答えた。「ミルクは外にある木から採れるし、皆でお世話するから、大丈夫です」とも。


 言われてみれば、採取した植物の中に『ミルクの木』ってのがあった。真っ白い樹液が出ていたけど、あれって本当にミルクだったのね。


 そして、住民が双子ばかりの理由も分かった。大人になって、一度子どもを産むと居なくなるのなら、生まれるのは必ず双子である必要がある。一人しか生まなかったら、住民は減る一方だし。


 どうして双子しか生まれないのかとか、遺伝子の問題とか色々気になることはあったけど、ここはファンタジーの世界。何か見えない力が働いているんだろうと、無理矢理に納得することにした。


「子どもを産んで大人になった人は、そのまま大人の部屋に入って、二度と出てこないんです」


「大人の部屋?」


「そうです。集会所の奥にある『大人の部屋』です」


 確かに、集会所の一番奥に『おとなのへや』と札が掛けられた部屋があった気がする。どんな部屋なのかしら。気になる。


「ララ、ルル! 大変だよ!」


 そんな事を考えていた矢先、いつぞやの門番の男の子二人が、同時に部屋に飛び込んできた。大変? 何か起こったのかしら。


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