第二十九話『浮島の街にて・その①』
あたしは旅する錬金術師メイ。山岳都市トリアで一週間程まったりと過ごしていた時、ふと、空飛ぶ街の話を思い出した。
アクエ曰く、そろそろこの近くを通過するとかなんとか。
多少の興味はあったし、せっかくなので行ってみようと思い、あたしは山岳都市に別れを告げ、この辺で一番高い山の頂へと足を運ぶ。
「えーっと、この近くだと思うんだけど……」
雲と同じ高さに浮かぶその浮島は、実はちょくちょく万能地図にも表示されてた。でも動いてるので、すぐに地図の表示範囲から外れていたし、まさか行ける方法があるなんて思わなかったから、これまでスルーしてた。
山頂特有の強風に耐えながら、あたしは万能地図を開く。表示された浮島は、アクエの言っていた通り、この場所を掠めるようなルートで進んできている。あと数分もすれば、その姿が見えてくると思う。
ちなみに剣と魔法のファンタジー世界のくせに、浮島へ行くために転移魔法陣があったりとか、凧のついた飛行船で雲の中に突っ込むとかいう胸躍る展開は一切ない。
……単純に、飛び移る。
「……見えた! って、でっかぁ!?」
やがて雲の切れ目から見えてきたそれは、巨大なコマのような形をしていた。上部に平地があり、被せたような草木が生えている。どことなく、人工物っぽい印象を受ける。
その平地の中央に、灰色の城壁が見える。きっとあの中に街があるのね。
どうやって作ったんだろうとか、なんでこんなところにとか思う以前に、そのサイズにあたしは圧倒されていた。前言撤回。ファンタジー世界すっごい。
「お、怖気づくなあたし! 一度は行くと決めたんだし!」
尻込みしそうになった自分を奮い立たせ、タイミングを見て飛竜の靴の出力全開。全力で駆け出す。
浮島の街がどんな感じなのかも気になるし、未知なる素材や、思わぬビジネスチャンスが転がっているかもしれない。商人とか、まず来ないだろうしさ。
「というわけで! 恐怖心は好奇心には勝てないわよ! ホップ、ステップ、からの、大ジャーンプ!」
突き出た岩を踏み台に、あたしは跳躍した。
今更ながら、無事飛び移れたとして、帰る時どうしよう……なんて不安が頭をよぎったけど、まー、きっとなんとかなるわよね!
○ ○ ○
「あっぶなぁぁ」
あたしは浮島の縁に上半身を預けるようにして、なんとか飛び移ることに成功した。
飛竜の靴の跳躍力をもってしても、ギリギリ。山も浮き島も大きすぎて、距離感覚がおかしくなってた。
「あー、なんとか乗れたぁ」
遠ざかっていく山を見ながら、あたしは胸をなで下ろす。
この浮島そのものに何か魔法がかかっているのか、あれほど吹いていた風も全く感じない。辺り一面を覆う背の低い草が微かな風にそよぐ程度。静かなもんだった。
「まるで別世界ねぇ」
思わず呟いて、遠くに見える門を見やる。あたしは服についていた草や土をはたき落として、巨大な門へと足を向けた。
「たのもー!」
勢いに任せて声を張り上げる。直後、重厚な門の向こうから「うわぁ!?」という声がした。
続けて大きな門がゆっくりと開き、そこから男の子二人が顔を出した。見た感じ、十歳前後。そして同じ顔。双子かしら。
「お姉ちゃん、どこから来たの?」
「もしかして、外の世界の人?」
呆気に取られていると、ほとんど同時に尋ねられた。なんとか聞き取れたけど、息ピッタリね。
「えーっと、私はですね」
「こーら、二人とも、いたずらに扉を開けちゃ駄目じゃない! 危ないのよ!」
余所行きの口調で答えようとした時、別の女の子が双子の上から顔を出した。顔立ちからして、二人より年上っぽい。だけど、子どもだった。
「わあぁ!?」
そんなことを考えていたら、その女の子があたしの存在に気づき、叫んだ。この島の性質上、来客が珍しいのはわかるけど、そこまで驚かなくても。
○ ○ ○
その後、門番だという三人に案内されて、街の集会所に連れてこられた。滅多に来ない旅人ということで、ここで街のリーダーと会う必要があるらしい。
だけど、普段は集会所にいるはずのリーダーは不在だった。先の三人が探してくるということで、あたしは一人でその場に残される。
すると、そこで遊んでいた沢山の子どもたちがあたしに気づいて、目を輝かせながら駆け寄ってきた。あたしは思わず身構える。
「おねーちゃん、大人なの!?」
「その格好、もしかして魔法使い!?」
……直後、飛んでくる質問の雨。「心は十七歳なので、大人というわけではないです。ちなみに、魔法使いでもないです。錬金術師……わぎゃ!?」
質問に答える間も、子どもたちの勢いは止まらず、前後左右からもみくちゃにされる。何この反応……と思いながら周囲を見渡すと、まるで神経衰弱みたいに同じ顔が並んでいた。もしかしてこの子たち、みんな双子?
門番の男の子たちも双子だったし、この街、双子が生まれやすい種族が住んでたりするのかしら。さすが異世界。
「はいはーい! 皆、ストップ! お客さんが困ってるでしょ!」
その時、入り口から声がした。見ると、二人の女の子が声をハモらせていた。これまた双子だった。
「旅の方、ようこそ浮島の街へ」
あたしに群がる子どもたちを一声で散らした後、双子の女の子は笑顔で言って、続けて自己紹介をする。どっちもクリーム色の髪をしていて、左のポニーテールの方がララで、右のツインテールの方がルルらしい。うん、覚えたわよ。
「もしかして、お二人がこの街のリーダーなんですか?」と尋ねると、「はい」と重なった声が返ってきた。見た感じ、十五、六歳ってところよね? その年でリーダーとかすごくない?
「それでは、私たちが街をご案内しましょう。こっちです」
二人は同じ笑顔で言うと、あたしの手を取って外へと誘う。困惑しながらも、それに従った。
……そんな二人と見てまわった街の中にも、大人の姿は無かった。
集会所を中心に広がる住宅地を抜けると、城壁に沿うように畑や鳥小屋がいくつも並んでいた。
そこで収穫の作業をしているのも、家畜の世話をしているのも、全員が子どもだった。
こんな場所に冒険者ギルドの支部なんてあるわけなく、当然、依頼掲示板もなかった。
これはお仕事、なさそうねぇ……と、一度は気落ちしたけど、一生懸命に畑を耕している双子の男の子とか見てると、ものすごく手伝ってあげたい気持ちが湧いてくる。こう見えて、あたしは大の子ども好き。可愛いわねぇ。癒やされる。
ここは、子どもだけが暮らす、天空の楽園だった。
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