第二十八話『山岳都市にて・その②』
夕飯の話をしていたその時、外が急に騒がしくなった。
何事? と思いながら窓の外を見ると、馬鹿でっかい鳥が空を横切っていった。なんじゃありゃあ!?
「あらら、アルマゲオスですね」
あたしに並んで窓から顔を出したアクエが平然と言う。
「アルマ……なに?」
「この街の近くを縄張りにしている怪鳥です。これは、また養殖場のトリア鳥たちが根こそぎ食べられてしまいますね」
そう言いながら、さっきまで座っていたイスとテーブルをどかし、敷かれていた絨毯をめくる。立派な扉が現れた。
「刺激しなければ大丈夫なので、私たちは地下室に隠れましょう。ささ、錬金術師さん、お先にどうぞ」
がちゃりと扉を開けて、先に入るよう促す。にしてもアクエ、冷静ねー。この街に暮らす人にとっては、これが日常なのかしら。
「……って、ちょっと待って。あの怪鳥、トリア鳥を食べるの?」
「ですです。アルマゲオスがこの街にやってくるのは、養殖場のトリア鳥を食べるのが目的ですから。彼女、肉食ですしね」
ニコニコ顔で言う。彼女ってことはあの鳥、メスなの? がっつり肉食系女子ってこと?
そんな下らないこと考えてる場合じゃない。このままだとトリア鳥が残らず食べられちゃう。つまり、あたしが楽しみにしていた晩ごはんが。それだけはさせない。
「アクエたち、あの怪鳥が暴れて、困ってるのよね?」
「え? まぁ、困っているような、そうでないような」
「困ってるのよね?」
「は、はい。困ってます」
あたしが語尾を強めると、アクエは困惑した表情で頷いた。うむ。よろしい。
「じゃあ、あたしが追っ払ってあげる。危ないから、ここに隠れててね」
そう伝えて、あたしは踵を返す。確かに大きかったけど、所詮は鳥。爆弾でちょちょいっと脅してやれば、きっと逃げるわよね。
「あ、あの」
……その時、背中に声が飛んできた。
「十分に気をつけてくださいね。門番をしていた兵士さんも、先日一人でアルマゲオスに挑んで、食べられてしまったので」
うわぁお。その情報、今聞きたくなかった。この街の門に見張りがいなかったの、そういうことだったのね。
一瞬だけ弱いあたしが顔を出したけど、すぐにひっこめた。ここまで啖呵を切ったんだし、やってやろうじゃない。食うか食われるかの勝負よ。
晩ごはんを守るために、あたしは戦う!
○ ○ ○
勢いよくアクエの家を飛び出すと、あたしは見えない盾と飛竜の靴を装備する。さらに持てるだけの爆弾を手に、魔女のほうきに乗って、空を駆けた。
遠くでは銀色の両翼を羽ばたかせながら、真っ赤な頭をした鳥がぎゃーぎゃー喚きながら飛んでる。この距離から見てもでっかいわねー。
それにしても最近、ドラゴンやら湖の主やら、何気にボス級のモンスターとばかり戦っている気がする。本当、あたしの恐怖心ってどこ行っちゃったのかしら。まあいいけど。
そんな事を考えるうちに、ぐんぐん怪鳥に近づいていく。射程圏内入った! 先手必勝! くらえ!
対ドラゴン用のビリドラボムを力いっぱい放り投げるけど、華麗にかわされた。動き、はっやっ!?
……その直後、カウンターの火炎放射がきた。見えない盾が直撃は防いでくれたけど、危うくあたしが上手に焼かれるところだった。
「ぎゃーーー! 鳥の癖に火吹くの、反則!」
叫びながら一旦距離を空けようとするも、攻撃されて怒った怪鳥が追いかけてくる。
このほうきじゃ飛べる高さに限界があるし、なによりスピードで負けてる。正直、普段から飛んでる奴の相手にするのは不利……とかなんとか考えてるうちに、また火炎放射来た! 緊急離脱!
乗ってたほうきを踏み台にして、飛竜の靴で全力ジャンプ。あたしも驚くくらい、高く跳べた。
「よっし、もらったぁ!」
完全に怪鳥の頭上を取ったあたしは、手持ちの爆弾を全弾投下する。奴……ううん。彼女もさすがの機動力を発揮するけど、頭の上からの攻撃を完全には避けきれなかった。
右翼の先に爆弾が命中し、一瞬バランスを崩す。致命傷にはならなかったみたいで、すぐさま体勢を立て直すと、遠くへと飛び去っていった。
あたしは飛竜の靴の力で滑空しつつそれを見届けると、離れた場所に浮かんでいたほうきを呼び寄せ、地上へと帰還する。はー、なんとかなったぁ。
「錬金術師さん、大丈夫ですか」
「あー、うん。大きさに少しビビったけど、なんとかなったわよー」
地上に降り立ったのを見て、アクエが一番に駆け寄ってくれた。
「彼女も翼を怪我したようですし、あの怪我が治るまでは街にもやってこないと思いますよ」
「そーなのねー。なら、しばらくは安全ね」
少なくとも、これで晩ごはんの安全は確保されただろうと、あたしは胸をなで下ろす。
「ところで、そのほうき……錬金術師というのは仮の姿で、実は高名な魔法使い様だったりするのでは?」
「へっ?」
唐突な問いかけに、素っ頓狂な声が出た。
し、しないしない。あたしは正真正銘、錬金術師のメイよ。てゆーかこのやりとり、以前も誰かとした気がするんだけど。
「あのねアクエ、あたしは……」
「いたぞ、あの娘さんだ!」
「あの怪鳥を追い払ったぞ。一体何者だ?」
慌てて弁解しようとした矢先、茜色に染まる街の方から、ぞろぞろと人がやってくる。
「さっきの戦い方、察するに、あんたは魔法使いか」
「違います。錬金術師」
「でもそのほうき、どう見ても魔法使いだろ」
「これはただの乗り物! それ以外の意図はないの!」
視線が注がれていたほうきをバッグにしまい込んで、あたしは声を張り上げて弁解する。
けれど、その後は言い訳をすればするほど泥沼だった。
「さすが魔法使い様だ」とか、「このような場所に魔法使いが来るなんて」みたいな会話で盛り上がって、誰もあたしの話を聞いちゃいなかった。
あたしは大きなため息をついて、がっくりと肩を落とす。一応この街でも名前が売れた気はするけど、それは錬金術師としてじゃない。ぐぬぬぅ。
……いくら便利だからって、そろそろほうきで空飛ぶのはやめようかしら。あらぬ誤解を生む原因になっている気がするしさ。
祝勝会を開くという街の人たちに引っ張られながら、あたしはそんなことを思うのだった。
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