第二十七話『山岳都市にて・その①』
「よーし、楽勝―!」
一気に城壁を駆け上がったあたしは、勢いそのままに街中へと飛び込む。
「おおー、なんかすごい」
滑空しながら見えた街並みは、門と同じ色の建物が規則正しく並び、統一感があった。街に入る前にも思ったけど、よくこんな場所にこんな街を作ったものよねー。
場所が場所だけに住民はあまり多くない感じだけど、向こうの方には商店街? みたいなのも見えるし、賑やかそう……。
「むぎゅ」
……なんて思っていた矢先、下半身に軽い衝撃。同時に、なんか声がした。
「あ、ヤバ」
景色に夢中になって、じわじわ高度が下がってることを頭に入れていなかった。どうやら歩いていた女性に背後から突っ込んでしまったらしく、女性は手にしたカゴの中身をぶちまけて、正面から地面に突っ伏していた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか」
あたしは一人華麗に着地すると、倒れた女性を抱き起こし、散らばった荷物を拾う。これ、パンかしら。
「あ、どうしましょう。せっかく買えた食料が……」
土埃にまみれてしまったパンを見て、女性はこの世の終わりのような顔をしていた。あ、この状況だし、やっぱり食料って貴重なのかしら。
……事故とはいえ、それを台無しにしてしまったあたし。これは、責任取らないといけないかも。
○ ○ ○
……というわけで、あたしは女性の家へ連れて行ってもらい、パンを弁償することにした。
一度地面に落ちてしまったパンを容量無限バッグに入れて、素材の小麦へと分解。そこから錬金釜で新しいパンを調合する。
究極の錬金釜で作っただけあって「こんなおいしいパン、食べたことないです」と、喜んでもらえて、あたしも胸をなで下ろす。
「美味しいパンにはハーブティーが合いますよね。どうぞ」
長い黒髪を大きく三つ編みにまとめた女性は、ニコニコ顔でハーブティーを出してくれた。どうやら庭にハーブを植えているらしく、全部自家製らしい。あたしが悪いはずなのに、恐縮してしまう。
「錬金術師さん、この山を登って来られたんですね。てっきり、空の街から人が降ってきたのかと思いました」
「はて、その空の街というのは?」
「今の時期、この街の近くを浮島が通りかかるんですが、そこに小さな街があるんです。この街は人里からも離れてますし、てっきりそこからのお客さんかと勘違いしました」
えへへ、と笑う。へー、そんな街があるのね。さすがファンタジーの世界。浮遊大陸とか憧れるし、ちょっと行ってみたいかも。
「できたらその話、詳しく。行き方とか知ってます?」
ずいっと顔を近づけて、女性に話しかける。もちろんタダとは言わない。交換条件を出されれば、応えるつもりだった。
「行くのは簡単ですよ。タイミングを見て、山頂から浮島に飛び移るだけです」
「えぇ、なにそれ。もっとこう、祠の中に転移用の魔法陣があるとか、ドラゴンで行くとかないの?」
女性は見返りを求めることもなく、あっけらかんと答えた。返答を聞いたあたしは思わず素になる。ファンタジー要素皆無の移動方法だった。
「言っていることの意味がよくわかりませんが、山頂ジャンプが一番簡単ですよ。失敗したら大怪我しちゃいますけどね」
山頂から飛び降りるのと変わんないから、そりゃ失敗したら怪我するわよねぇ。この人、天然なのかしら。
「……うん?」
この女性の雰囲気、やっぱりどこかで感じたことがある。それも、つい最近。
「あのー、間違っていたらごめんなさい。あなた、ふもとの村に妹さんがいませんか?」
思わず尋ねると、女性は驚きの表情を浮かべた。あたしが「もしかして、ミズリのお姉さん?」と続けると、「そうですそうです!」と嬉しそうに言った。
今になって思えば髪色も同じだし、仕草というか、雰囲気というか、姉妹って感じがする。
……でもミズリ、お姉ちゃんとあたしは似てる……みたいなこと言ってたけど、似てるかしら?
「あなた、ミズリに会ったことがあるのね? 元気だった?」
「は、はい。元気でしたよ」
明らかにテンションが上がった女性は、遅ればせながらアクエと名乗り、離れ離れになって久しい妹の近況について、あたしに根掘り葉掘り聞いてきた。
あたしもそこまで知ってるわけじゃないけど、食事中やお風呂の中で交わしたミズリとの会話を思い出しながら、なんとか質問に答えていった。
「今は温泉施設を経営していますよ」と話すと、「あの子が? 錬金術師さんは冗談がお上手ですね」と笑われた。ほんとのことなんだけどなぁ。
「……あの子は昔からそそっかしいし、お手伝いをしたがるくせによく失敗するの。でも、そこが可愛いの」
やがて、話の内容は質問から昔話へと変わり、アクエは事あるごとに「妹は可愛い」と連呼する。この時点であたしは、あー、これは触れてはいけない部分に触れてしまったかも、と後悔し始めた。後の祭りだけどさ。
……ちなみに、人柱にされかけていたことは最後まで黙っておいた。この人、ミズリを溺愛してるっぽいし、変な心配はかけないほうが良さそう。
○ ○ ○
「せっかくですし、今日は泊まっていってください。名物のトリアチキン、ごちそうしますから」
もはや5杯目となるハーブティーを片手に、ひたすら妹溺愛物語を聞かされているうち、だいぶ日が陰ってきていた。
山の日は落ちるのが早いと言うし、身も心も疲れている。ここはお言葉に甘えることにしよ。
「ところで、そのトリアチキンとは?」
「街のはずれに鳥小屋があって、そこで養殖されているトリア鳥を使った、この街の名物料理です。スパイスをたっぷり揉みこんで焼くんですよ」
聞いた感じ、タンドリーチキンみたいなものかしら。これは楽しみねー。
……なんて、あたしが晩ごはんに期待を膨らませていたその時。外が急に騒がしくなった。はて、どうしたのかしら。
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