第二十五話『雨の多い村にて・その④』



「へー、これがビニルの木なのねー」


「そうです。村の近くに自生しているのですが、男の人がどんなに斧を振り下ろしても切り倒せないとかで」


 シトシトと雨が降る中、あたしは案内役のミズリと一緒に村近くの林を訪れる。そこには異様な光景が広がっていた。


 まるで木を一本丸ごとラップで包み込んだような、奇妙な木。それがたくさん生えている。雨を受けてテカテカに光っているし、ぶっちゃけ、ちょっとキモい。


「メイさん、なんか腰が引けてますけど、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫よー。それじゃ、ぱぱっと採取してみるわねー」


 あたしは言って、容量無限バッグから全自動斧を取り出す。この手の全自動シリーズはあらかた作ってあるんだけど、木を切ることに関してはこの子が一番のはず。


「あ、あら?」


 ……適任のはずなんだけど、木が立派すぎて切れなかった。見たまんまビニールっぽいし、クッション性があるのかしら。斧が、ぼよんぼよん弾かれていた。


「やっぱり、男の人でも無理だって言ってましたし、そう簡単には切れないんですかね」


「ちょっと待ってミズリ。諦めたらそこで採取終了よ」


 どっかの漫画っぽい台詞を口走りながら、あたしはレシピ本を開く。全自動斧でダメなら、より強力な奴を作るまでよ。


 というわけで、あたしが選択したのは全自動のこぎり。いわゆる、チェーンソー。


 必要素材は大量の鉄。加えて、妖精石も結構な数必要だった。妖精石はそろそろストックが危うくなってきたかも。全自動シリーズにもれなく使うし、使用頻度が低い一部の道具を素材に戻して、ストック回復しておく必要があるかもねー。


「よーし、完成!」


 それでもなんとか素材をやりくりして、全自動のこぎりを作りだした。あたしの指示通りに動くとは言え、見た目の威圧感がすごいわねー。ミズリが物珍しそうに見ているけど、危ないから触っちゃ駄目よ。


「それじゃ、エンジン始動! 切り倒せ―――!」


 あたしが指示を飛ばすと、バリバリと豪快な音を立てながら、全自動のこぎりが猛烈な勢いでビニルの木を切り倒していく。横倒しになった木の切り口を見ると、それこそ芯がついたラップを連想させる。本当、変わった植物。


 あたしの伐採作業を見ながら、ミズリは目を丸くしていた。なんか喋ってた気もするけど、エンジン音が大きすぎて聞き取れなかった。


 一時間ほどで10本のビニルの木を切り倒し、片っ端から容量無限バッグへと収納していく。それこそ、大蛇が自分より大きな獲物を丸のみにするように、大木が小さなバッグに飲み込まれていくのを、ミズリはこれまた、目を丸くしながら見ていた。


 ○ ○ ○


 採取を終え、村へと引き返す。それから、あたしは調合作業に没頭した。材料は大量にあるので、今回はかなり大規模なものが作れそう。例えば、こんなのとか。


「メイ様、これはなんですか?」


「ビニールハウスよ!」


 あたしが畑に設置した巨大な半透明の物体を見て、村長が驚きの声をあげる。


 元の世界では、郊外でよく目にしていたビニールハウス。レシピ本通りに作ったら、あれとそっくりなものが完成した。天井もちゃんと半円形で、水が溜まらないようになってる。


「この中だと雨が防げるから、いくら雨が降ろうが作物を育てられるわよ。日光が少ないのはどうしようもないけど、肥料とか工夫すれば、何とかなると思うわ」


「すごいですな……これが錬金術ですか?」


「そう! これが錬金術!」


 ここぞとばかりに、猛プッシュしておいた。魔法じゃこんなことできないでしょー。以前会ったおじさん曰く、天気を操れる魔法使いはいるらしいけどさ。


 そんなビニールハウスを、合計10棟。村の各所の畑を覆うように設置しておいた。


 この手のハウスは風や雪に弱いのが基本だけど、村長さん曰く、この辺りは一年を通じて温暖な気候で、強い風が吹くこともまずないらしい。それなら、このビニールハウスでも十分役目をこなせるはず。


「あのビニルの木に、こんな活用法があったんですね」


 興味深そうにビニールハウスを眺めながら、ミズリが感嘆の声をあげる。そーよー。これでミズリが人柱になる必要はないからね。一宿一飯の恩は全力で返す錬金術師。それがあたし。


「これなら、村の者も農作業にやりがいを感じられることでしょう。錬金術師様、ありがとうございます」


 錬金術師『様』キター! とか、心の中で叫びつつ、あたしは「いえいえ」と、努めて冷静を装った。


「それで、もう一つ困っていることがありまして」


「……はい? もうひとつ?」


 何だろうと思っていると、「このように雨ばかりの土地なので、観光客も見込めないのです。錬金術師様のお力で、なんとか観光客を呼べないものでしょうか」


 あー、つまり、観光資源が欲しいってことねー。せっかくだし、余ってるビニルの木を使って、そっちも考えてあげようかしら。


 ……それにしても、スローライフのはずなのに、行く先々で忙しーわね。そろそろゆっくりしたい。


 ○ ○ ○


「できたわよー」


 それから数日後。あたしが村長に提供してもらった空き家を改修して作ったのは、入浴施設だった。


 さすがに本物の温泉を掘ることはできなかったけど、村おこしの定番といえば温泉……ということで、家の中に大きなバスタブをいくつも置き、その周囲にビニルの木から作ったシートを敷き詰めて、簡易的な銭湯を作ってみた。


 お湯は全て簡易ボイラーで沸かす。簡易と名はついているけど、余程無理な使い方をしない限り壊れることはないと思う。さすが、究極の錬金釜で作っただけある。


 でもって、この手の施設で一番のネックは水道代なんだけど、この村には絶え間なく降る雨がある。これを有効活用しない手はない。


 そんな入浴施設の管理者は、なんとミズリが引き受けてくれることになった。


「この施設、今日からメイさん温泉として、頑張って営業していこうと思います」なんて、冗談とも本気ともつかないことを言っていた。


 ボイラーの操作方法を説明している間も、錬金術について色々聞いてきたし。興味を持ってくれてなにより。


 ……そんな『メイさん温泉』の営業初日を見届けてから、あたしはその村を後にした。


 旅立ちの日も雨だったけど、どうかこの村が、雨にも負けず、風にも負けず、これから繁栄していきますように。あたしはそう願ってやまなかった。


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