第二十四話『雨の多い村にて・その③』



「お目覚めですかな、メイ様」


 翌日。目覚めると、茶色い杖を手にした、見たことのないおじいさんが目の前にいた。


 この人は誰だろうと、記憶を引っ張り出すのに数秒かかった。たぶん、この人がミズリのおじいちゃん。この村の村長さんね。


「聞きましたぞ。泥棒を追い返してくれたそうですな」


 体を左右に揺らしながら、嬉しそうに言う。どこから聞いたんだろ。昨日の騒動、別の家の住民が見てたのかしら。


 そんな風に、まだ寝ぼけた頭で考えて、窓の外を見やる。今日も変わらず雨だった。いわゆる、宿雨ってやつね。


「孫娘もお世話になったようで。メイ様、お手数おかけしました」


「いやー、お世話になったのはあたしの方ですー……って、あたし、自己紹介しましたっけ?」


 頭を掻きながら、思わず素になって答えると、「ほっほっほ。メイ様の噂は聞いておりますよ」との返答。


 これまたどこから? と首を傾げながら尋ねると、「湖の街からです」と言われた。あー、もう噂が広がってるのねー。


「湖の主を退治した、高名な魔法使い様だと」


「錬金術師です」


 あたしは語尾を強めて反論した。だから、魔法使いと一緒にしないでほしい。


「失礼。錬金術師でしたか。ふーむ」


 ……ちょっと、なにその冷めよう。しかも魔法使いは『様』付けで、錬金術師は呼び捨て? 朝になったら村を発とうと思っていたけど、これは最強の錬金術師として、この村でも名を売っておく必要がありそうね。


 ○ ○ ○


「おじいちゃん、昨日の会合で何か決まったの?」


 身支度を整えて、ミズリを交えた三人で朝ごはんを食べていると、黒パンをちぎりながらミズリが尋ねる。


「うむ。それなんじゃがな……」


 村長は食事の手を止め、こほん、と一度だけ咳払いをしてから、静かに語り始めた。


「隣村の者たちと話し合った結果、この長雨の原因は村人の行いが山の神の怒りに触れたという結論に至った。よって、慈雨の聖女であるミズリを人柱として、山の神に捧げることが決まった」


 ……は? 人柱? 鬼退治の集団じゃないんだから。朝ごはんの最中に、なんて重い話してんのよ!?


「ミズリよ。お前には辛い役目を押し付ける形になってしまうが……」


「ううん。それが村の皆の総意なら、私は喜んで……」


「スト-ップ! 待った! 朝からそんな展開望んでないから! あたしがなんとかしてみせるから! 鬱展開駄目!」


 あたしは食卓を叩きながら立ち上がり、思いつめた顔をする二人の間に割って入る。ミズリが人柱になったところで、雨は止まないから! 万能地図の週間天気、一週間は雨だったから!


「し、しかし、メイ様は錬金術師でしょう? 魔法使い様ならともかく……」


 そう提案するも、村長は訝しげな顔をしていた。本当、この世界での錬金術師の地位、どこまで低いのよ。


「とにかく! 困りごとがあるなら相談してみなさい! たぶん、大抵のことは何とかできるから!」


 口調を取り繕うこともせずに、あたしは言った。自分でも、どうしてここまで必死になっていたのかわからなかった。


 ○ ○ ○


 そんなあたしの様子を見てか、村長も考えを改めてくれたらしい。


「メイ様もお分かりとは思いますが」と前置きした上で、「この村周辺はずっと雨に降られていましてな。作物が全く育たないのです」と、村の現状を教えてくれた。


 ふむふむ。やっぱりこの村の問題点は雨なのね。万能地図で雨雲の流れを見た感じ、この村周辺の環境は確かに特殊だわ。


 ……なんか以前、似たようなミッションやった記憶がある。確か、山裾の村で。ティム君とリティちゃん、元気かなぁ。


「とにかく、雨を何とかして作物が育つようにすればいいんでしょ?」


「左様です」


「たぶん、あの山に雲がぶつかって停滞するせいで、雨がこの村一帯に延々と降るんでしょーね」


 あたしは窓の外に微かに見える山郭を指差しながら言う。高い山に雲がぶつかると麓に雨が降る。現代なら義務教育でも習う、一般的な知識だ。


「手っ取り早く、あの山を低くすれば解決しそうだけど」


「御冗談を」


 村長は笑うけど、冗談じゃないんだけどなー。ちょっと時間かかかるけど、採掘用の爆弾を大量に作れば確実に……まぁいっか。乗り気じゃないみたいだし。


 山頂を吹き飛ばして雲の通り道を確保する作戦は無理っぽいので、別の手段を考えることにする。


 考え方を変えれば、雨が降りっぱなしでも作物が育てばいいわけよね。こういう時、何が必要だっけ。


 あたしはレシピ本を開き、パラパラとめくる。栄養剤や肥料は雨に流されちゃうし、なかなかこれという道具が見つからない。


「ところでその面妖な服、ビニルの木から作ったのですかな?」


 ……その時、壁に掛けてあった雨ガッパを見ながら村長が言う。


「へっ、ビニルの木?」


「村の外に林があるのです。ビニルの木の皮は水を弾くことで有名で、村の若者がその皮をなめして雨具を作ろうとしたものの、皮が硬すぎて失敗したという話も聞いております」


 へぇー。聞いた感じ、前に雨ガッパや傘を作るのに使った防水布と同系統の素材みたい。あの素材が大量に手に入るとしたら……ちょっと光明が見えてきたかも。


「その場所、案内してください」


 半乾きの雨ガッパを着こみながら、あたしは村長にそうお願いしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る